32話 アルマの怒り
リヒトは訓練場までの道を内心機嫌よく歩いていた。
今日は自分がアカメの訓練担当だからである・
あの少年の成長は目覚しい、これならすぐにでも…。
主であるベルの望みが思っているよりも早く遂げられそうだと考えれば、気分もよくなるというものだ。
「おい、リヒト」
途中、こちらを睨みながら腕を組んで寄りかかっているアルマがいた。
「どうしたアルマ。そんなに不機嫌そうにして」
何か自分がしてしまったのだろうか?
特に何も思い当る節がないし割とどうでもいいと思ったリヒトは、そこまで気にも留めずその場を通り過ぎようとする。
「悪いが、これからアカメの修行をしないといけない。その後ならいくらでも聞こう」
「その話だよ」
通り過ぎようとするリヒトの腕をアルマが掴む。
万力を思わせるようなその握力にリヒトの腕が軋みをあげる。
「…本当にどうした?いつも冷静なお前らしくないじゃないか」
アルマの目は一種の敵意に満ちていた。
久しく見ていない本気で怒っている目だ。
「昨日アカメにお前の修行内容をなぞらせた」
「ほう、見てくれたのか。どうだった、とても実践的だろう?」
何ならアルマも真似してみてくれ、そう言外に含めたのだが、その言葉を受けて腕を掴む力がさらに上がった。
「実践的?馬鹿かお前は。あれじゃ先にアカメが壊れるぞ」
リヒトはアルマの手を振り払う。
「そうかもな、だがアカメは甘すぎる。それを矯正するにはあれが一番手っ取り早い」
「その結果なら壊れても良いと?アカメを何だと思ってる」
「お前にしては随分と甘いことを抜かすじゃないか。師事をしていく間に情でも移ったのか?」
「なんだと?」
今度はリヒトがアルマを睨んだ。
「我々の第一目的を忘れたのか?ベル様が望む未来へと進む手伝いをすることだ。そのためにはあの少年には一刻も早く強くなって貰わなければならない」
「…だからって、アカメの心配をしない理由にはならないだろう」
「本当に甘くなったな。あの程度で挫けるようでは端からベル様の望む器ではなかったということだ」
「そもそもベル様、そしてレイ様もアカメのことは仲間として、家族として受け入れているはずだ。それを仕える身の分際で無茶に扱ったとなってはそれこそ背く行いではないのか?」
「だから言ったはずだ。目的はベル様の望みを遂げることであると。ベル様もレイ様もアカメを家族とは言っているがそこは変わらないだろう。いい加減その甘さを捨てろ。所詮飼っている動物に情が移った程度のものだろう?」
アルマの周囲に黒い稲妻が走り始める。
「……魔力の制御が出来ていないぞ。感情の昂りで魔力を溢れさせるとはまだまだだな」
「意図的なのも分からないか?言って聞かないようじゃ分からせるしかないだろ」
無言でリヒトも黒い稲妻を走らせる。
魔力操作によって一定以上の強化を行い、かつ隠蔽を機能させなかった場合、魔力は黒い稲妻を帯び全身を駆け巡る。
通常の戦闘では隠蔽によって自身の手の内を明かさないようにするため、この行為は明確な敵意を向け威嚇していることを伝える意味もある。
因みに精霊使いにも同じ現象が起こるが、あちらは白い稲妻である。
兎にも角にも、お互いが本気で敵意を向け合っているということには変わりない。
「いいのか?お前は僕に勝ったことはなかったはずだが?」
「何百年前の話をしているんだ?とっくに超えていることも分からないのか」
一触即発、ともすればこの屋敷ごと一瞬で粉々に吹き飛ぼうとしている雰囲気の中
「これはどういう状況だ?」
「「ッ‼」」
お互い瞬時に魔力を解き、目の前に現れた主に片膝をついて頭を下げる。
「「申し訳ありません!」」
「謝罪が欲しいわけではない。私は説明を求めている」
ベルは至って冷静である。
それは二人への信頼でもある。理由もなくこんなことは起こらない。
それ相応の理由があると踏んでベルは二人に問いかけた。
リヒトが先に口を開いた。
「アルマが私の修行内容に不満があるらしく、それであのような状況になりました」
「ほう、アルマ。リヒトのアカメへの修行に何の不満があるのだ?」
ベルにとってそれは新鮮であった。
アルマは特に何かを主張してくるわけではない。言われたことは粛々とこなすタイプである。
そのアルマがここまで感情的になって荒ぶったということにベルは興味を示した。
「…はっ、恐れながらベル様。リヒトの修行を続けていては、アカメはいずれ心を壊してしまうでしょう」
ベルは無言で続きを促す。
「アカメは甘い餓鬼です。ですがベル様の叱責もあってようやく覚悟を持ち始めた。あいつにはあいつのペースがあります。外から強制してはあいつの意志は腐ってしまう」
「……リヒト、アカメにはどんな修行をつけている?」
「はっ、修行内容としましては…」
リヒトはアカメへの修行の内容をベルに伝えた。
その内容を聞き、ベルは少々表情を暗くしたように見えた。
「…以上の内容で、ベル様の望みを遂げるための礎となるようにアカメを鍛えていました。それをアルマは…」
「ベル様、無礼を承知でお願い申し上げます。アカメは今自分の意志で強くなろうとしている。そこに無粋な干渉をしてしまえば、あいつはあいつの道を歩けなくなってしまう。どうかお願いします。私にあいつの教育を一任してもらえないでしょうか」
「アルマ、お前という奴は」
「黙れリヒト」
ベルにそう言われ、リヒトはすぐさま口を閉ざし頭を下げる。
しばし考えるようにベルは顎辺りに手を置き、視線を下に落とす。
アルマとリヒトからしてみれば気が気ではなかった。
特にアルマ。ベルにとっては今回の件はかなり大事なものだ。もし不興をかったようなら殺されても文句は言えないと覚悟を固める。
やがてベルは顔をあげると、リヒトの方を向いた。
「リヒトよ、お前は私の望みを知っているか?」
「はっ、勿論でございます」
何を今更そのような事を…とでも言うかのように、リヒトは返答する。
「そうか。もし知っていてそのような方法を取ったのなら、お前は間違っていると言っておこう」
「なッ…」
リヒトが驚愕の声をあげて固まり、アルマはそこでやっと顔をあげることができた。
ベルがアルマの方を向く。
「アルマ、私の采配が悪かった。どうか許して欲しい。改めてアカメの指導をお前に一任したいのだが、頼まれてくれるか?」
「…はッ!仰せのままに‼」
アルマはそこで居ても立っても居られず、「失礼しますっ!」と言い残してこれから来るであろうアカメを迎えようと玄関に走って行く。
ベルは短く息を吐いてそれを見送った。
中々いい巡り合わせだったな、とアルマとアカメの成長に薄い笑みを浮かべる。
後ろを向くとリヒトが頭を下げて項垂れていた。
「ベル様…申し訳ありませんでした…」
「いい、私を考えてのことであろう」
ベルはしゃがみ、うなだれるリヒトの肩に手を置く。
「私を案じてくれるのは嬉しいがな、アカメにはアカメのまま成長して貰わなければならない。私はそれが見たいのだ」
「ベル様…」
「それに、あいつはわざわざ矯正などせずとも自ら進んでいく。お前はあいつを舐め過ぎだ。少し見守っているといい」
「はっ…了解致しました…」
リヒトが下がり、誰も居なくなった廊下で一人思案に耽る。
その思案の中に、今をもって成長しようとしているアルマのこともあった。
…さて、どうなるだろうか。
1巻の終わりにキャラクター紹介を追加しました
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