29話 実践
次の日、早速僕はリヒトさんと外に出ていた。
屋敷を抜け、スローンを出て、僕たちの住む街中へと繰り出す。
自分の家とベル達の屋敷を往復するのにも大分慣れてきた方ではあるが、リヒトさんの移動速度に合わせるのは中々骨が折れる。
息を荒げながら必死に魔力操作を駆使して追いすがっていると、目的の場所辺りに来たのかリヒトさんは止まって振り返った。
「やるね、ちゃんと着いてこられるとは思わなかった。本当は途中で速度を落とすつもりだったんだが。ベル様やアルマが厳しくしてしまうのも少し分かる気がするよ」
物騒なことを言わないで欲しい…貴方まで僕にこれ以上厳しくし始めるなら泣いてしまう。
息を整えながらリヒトさんについていくと、程なくして手で制される。
「慎重に、落ち着いて。出来る限り隠蔽に力を回すんだ」
言われた通りに魔力隠蔽を全力で行使すると、満足できる水準に達したのかリヒトさんは静かに頷く。
建物の屋上から下を覗くように促されたので覗いてみると
「…!悪魔と精霊教会の騎士、三対三の状況ですね」
「そうだね。我々悪魔と騎士の使う力の違いはベル様に教わったか?」
「はい、簡易的ではありますが」
僕らが使う悪魔の力が負のエネルギーだとするなら、精霊教会の騎士が使う力は正のエネルギーとも言えるだろう。
悪魔の使う力は魔力、騎士達のようなものが使う力を霊力と言うそうだ。
精霊、そう呼ばれるその存在は様々な道具に宿り、主と認めた人間に力を授ける。
だから精霊の力を行使する人間は死んだ人間ではない。
精霊使いは外付けのエンジンで自身のエネルギーを変換してもらって力を行使する傍ら、我々悪魔は死んでるから大丈夫だろうという理由で身体を作り替えられて自身内で完結されるように設計されていると言っていい。
精霊使いと比べた悪魔の待遇の悪さに悪魔達は泣いていいと思う
彼らの力の源は人の希望や願いといったものから生み出された力だ。
その性質故に悪魔よりも存在数自体は少ないが一個体一個体が強力なものとなっている場合が多い。
だが精霊教会はその数が少ないというネックを解消するために日夜研究した結果、今目の前にいるような教会の一兵士が持っているような簡易型精霊装備が開発された。
力は使えるが出力は弱い。そんな感じのものだ。
本物の精霊が宿る道具には自我があるらしいのだが…本当のところは分からない。
因みに、悪魔の成り損ないである邪霊がいるように精霊側にも幼霊と呼ばれる存在がいる。
だが、幼霊は個体数が少ないということと邪霊を恐れるという理由で滅多に人里には姿を現さない。
秘境のような場所にでも行けば会えるらしいのだが…こちらも本当かどうかは分からない。本当にいるなら一度は見てみたいものだ。
僕は知っている知識をリヒトさんに話すと肯定するように頷いてくれる。
「よく勉強している。その理解で大丈夫だ」
「よかったです」
「今日はどの程度魔力操作が出来るのかを見るついでに、精霊教会の騎士たちの力も学んで貰おうと思っている」
「だからここまで…」
「いずれ戦うことになるかもしれないから学んでおいて損はない。あと、魔力操作に関しては中々だった。次から厳しくできそうだよ」
リヒトさんはサムズアップしてくるが全く返す気にならない。厳しくするって言われて喜べるわけがないだろう。
そんなやり取りをしている内に眼下で戦闘が始まった。
悪魔どもはそれぞれ魔力操作で身体を強化して一斉に騎士達へ襲い掛かる。
対する騎士達もそれぞれの武器を抜き、精霊の力を行使して身体を強化する。
悪魔達が追い詰められて仕方なく戦闘に発展した形に思われたが、腐っても悪魔ということか。各々がそこそこの戦闘能力を発揮して騎士を押している。
だが騎士側だって黙ってやられるわけではない。統率の取れた連携を発揮し、悪魔達をジリジリと追い詰めていく。
「なるほど…」
集団戦を見るのは初めてだが、思ったよりも大分奥が深いらしい。
考え方は戦略ゲームで見たものと似通っている部分もあるが、細かい部分や緊張感、気迫、判断速度が段違いである。
始めは三対三の状況であったが、一人の悪魔が打ち取られ、また一人と倒され、最後の一人は尻尾を巻いてまた逃げてしまった。
完全に二人目に倒された悪魔をおとりにした形となったので騎士側は不意を突かれ、逃走を許してしまう。
「うん、行こう」
「え…分かりました」
あの悪魔を追うということだろうか。
リヒトさんが向かう方向についていくと、そこには傷を癒すために物陰に隠れている悪魔に遭遇した。
「ひっ…なんだ、悪魔かよ」
「調子はどうだい?」
リヒトさんは悪魔にそんなことを尋ねる。目は笑っていない。
「最悪だよ…。なぁ、手伝ってくれよ。あの騎士どもをぶっ殺して大衆の面前に晒してやろうぜ。きっと愉快だ…キヒヒヒ」
顔を歪めて下劣に嗤うその姿に、その悪魔とは別の意味で顔を歪めてしまった。
「アカメ、オーダーだ。あいつと戦って殺せ」
リヒトさんは僕の方を向くと、そう命令してくる。
殺せ…そう言われて少々血の気が引く感覚がある。
「…理由を聞いても?」
「見て分かる通りだ。あの悪魔は生かしておけば罪のない人々を殺して回るだろう。悪魔側としても、ああいう輩が居ることによって精霊教会との溝は深まるばかりだ。殺すのが最善だ」
リヒトさんは冷徹に言い放つ。
相手の悪魔もこちらの敵意を感じたのかよろよろと立ち上がって戦闘態勢をとり始める。
「………」
「アカメ、君が殺しを忌避しているのは分かっている。それは正常な感覚と言えるだろう。だが、この世には消した方がいい存在というのが確かに存在しているのも事実だ」
「…そうかもしれませんね」
「私が殺してしまうのは簡単だ。だが、君はもう覚悟を決めたのだろう?なら、己の信念に照らし合わせた時、目の前の悪魔の存在は許容できるだろうか」
僕は改めて悪魔と対峙する。
「な、なんだよ!お前らも悪魔なんだろ⁉なら分かるはずだろ…自分の自由に、感情の赴くままに衝動を開放するこの快感をよぉ‼」
そう言ってまたキヒキヒと嗤うその悪魔はとてもおぞましいものに見えた。
とても、元人間とは思えないその様子に僕は心を固くする。
「…あいつを生かしておくことで、罪のないものの血が流れるかもしれない…もしかしたらそれは僕に近しいものの誰かかもしれない」
リヒトさんは無言で僕の言葉を受け止める。
「悪く思うな。お前の信念と僕の信念がぶつかった結果だ」
「ッ!くそがぁぁぁあ‼」
僕が構えるのと同時に悪魔は突撃してきた。
今までのやり取りの時間で相手の怪我は全快している。
二回目の実践。不利は僕のように思えるが、現在は夜。
周囲は闇が支配している。
「いッ⁉」
悪魔の足元から闇を押し固めたような無骨な槍が出現する。
避けきれず刺されてしまった悪魔は体制を立て直すため後退を余儀なくされるが、そんな隙を見逃す今の僕ではない。
ナイフを投げて相手の迎撃を誘発した後、新しく創り出したナイフでがら空きとなった胸の辺りを突き刺し捻じ切る。
「かはっ…」
悪魔は吐血した後、再生もままならず息絶えた。
「……っは、はぁはぁ」
緊張の糸が解け、いつの間にか浅くなっていた呼吸が戻る。
まだ恐怖はある。だが、一度目のような醜態は晒さなかった。
今はそれだけでも成果だ。
「よくやった、中々だったよ」
リヒトさんが静かに賞賛をくれた。
「…直すところは?」
「今はこれと言ってない。死角からの初見殺しの不意打ちにその後の詰めも申し分なかった」
「そうですか…」
「上位の悪魔と戦う時はまた違う理屈を持つべきだが、これも今は必要ない。よく出来ている」
殺しを行った後だからか素直に喜べないのが辛いところだ。
僕は自らの手で殺めた屍を見つめ、ここ最近で疑問に思っていたことをリヒトさんに投げた。
「…リヒトさん、悪魔はどうしてこうなのでしょう」
「こう、とは?」
「僕は、悪魔となってから悪魔は通常の人とそこまで変わらないということを知りました。そりゃ、力とかは違いますけど、もっと根本の在り方みたいなのは変わらないって思ってます。ですが時折、今殺した悪魔みたいに何かに憑りつかれているような理性を感じない悪魔に出会います。…何故ですか?悪魔となる際の変化には個体差があるのですか?」
そうじゃないと説明がつかない。
どれだけ悪かろうと元は人だ、それがこうなってしまうというのはどうにもおかしく思えてしまう。
リヒトさんは「ふむ」と少し考えるようにしてから、僕の方を見る。
「勿論、この状態への成りやすさに個体差はある。だが、それは耐性の程度ついてだけだ。皆一様に、私も君もこの状態になってしまう可能性はあるよ」
「…僕も?どうして?」
「少しずつ、近づいてくるんだよ。本能のままに、全てを壊させようとする意志みたいなものがね」
抽象的でよく分からず、頭に疑問符を浮かべてしまう。
意志?どういうことだ?心に化け物を飼っているとでも言うつもりか?
「どういう…」
「その内分かるさ。ただ、分かった頃にどうなるかは君次第だ。精進したまえ、このような獣になってくれるなよ」
「は、はぁ…」
まだまだ聞きたいことはあるが、遠くから足音が聞こえてきてしまう。
「騎士達が来たようだ。そろそろ退散するとしよう」
「…わかりました」
リヒトさんと僕は闇へと消えていった。
悪魔の死体だけを残して。
「………これはどういうことだ」
後から駆け付けた騎士は、自分の追っていた悪魔が死んでいる事態に困惑することしか出来なかった。




