2話 突きつけられた現実
「……知らない天井だ」
どこかで聞いたことのある台詞を呟いてしまった。そのぐらい知らない天井過ぎた。
どこだ、ここ?
僕は身体を起こして周囲を見渡す。このフカフカな地面はベッドだったらしい。
その一室は庶民にはとても高そうだなという感想しか出てこないほど豪華だった。
そもそも今寝ていたベッドも凄く広くて大きいし高そう。高そうなイスとテーブルにこれまた高そうなカーペットも敷いてある。明かりも電気屋で買ってきた電球をペッとくっつけたものではなく綺麗な装飾が施されている。
本当にどこだ…?
あのまま殺されると思ったのだが、もしや気が変わって主人とやらのところに連れてこられたのだろうか。
もしかしたら、たまたま近くにいた精霊教会の騎士が僕を助けてくれたとか?
いやいや、それならこんな場所ではなく病院に連れて行ってほしいもの…だ…。
「…何で怪我が治ってるんだ」
頭からは大量に出血していたし右腕はおそらく折れていた。細かいところでは全身の至る所の骨にヒビが入っていてもおかしくないほどの状態だったはず。
その全てが、まるで何事もなかったかのように綺麗さっぱり元の状態だ。
唯一着ていた服だけがボロボロで血もついており、あれが現実に起こったことだということを示してくれている。
やはり一番考えられる線は誘拐だろう。
死なれては都合が悪いから何らかの方法で治したのか、理由は分からないがこんな場所からは一刻も早く出なくては。
僕はベッドから降り、音を立てないように扉をゆっくりと開閉し、慎重に廊下を歩き始めた。
それにしても本当に豪華な家だな、いや屋敷と言った方が適切なのか?
そのまま廊下を進むと開けた空間あり、下の階へ降りる階段もあった。
さっきの部屋で外の景色なんて見ている余裕なんてなかったため分からなかったが、どやら二階にいたらしい。
チャンスだ、このまま外に…
「なんだ、もう目覚めたのか。部屋を貸してやったのに何も言わずに出て行くのは些か礼儀に欠けるのではないか?」
階段を降りている途中突然上から声がかかってきて思わずギョッとする。
逃げられないことを確信し覚悟を持って上を向くと、そこには悪魔と呼ぶにふさわしい様相の人物?が立っていた。
全身をピシっとタキシードのような格好で整えており、ところどころ見える肌の部分は漆黒であり指先は人のそれより長いように見える。頬杖をついてこちらを見下ろしているがスっと立てば身長が高いことは見て取れる。
何より一番目につくのは山羊を模したかのような異形の仮面である。山羊はかつてその角や目から悪魔のような扱いを受けていたと聞くが…。
そしてその仮面の奥から覗く眼は…赤い。
「……貴方が、主人と呼ばれていた方ですか」
「違う。あんな奴らと一緒にされては困る、と言いたいところだが、お前からすれば分からんだろう。ついてこい、疑問に答えてやろう」
そう言って山羊の悪魔は廊下の奥へ歩いて行ってしまう。
正直怖いし追いたくはないのだが、流せる雰囲気でもない。
聞きたいことがあるのは事実ではあるし、大人しくついていくことにしよう。
山羊の悪魔についていくと僕が元々寝かせられていた部屋に戻って来た。
そこにあった椅子にテーブルを挟んで対面に腰かけると山羊の悪魔は軽く息を吐く。
「さて、まずはそちらの疑問に答えようか」
「では…ここはどこですか?」
「ふむ…どこまで記憶がある?」
「え、えっと、あの悪魔に殺されかけたところまでですかね」
「ここはその場所から東に進んだところにある立入禁止区域、スローンだ」
「なっ⁉」
山羊の悪魔の言葉に思わず立ち上がってしまう。
僕たちの住む国、ユートリピア聖王国にはいくつかの足を踏み入れてはいけない場所が存在する。
東のスローン、西のパンデモン、南のラグナ、北のエーテリア。
理由としては主に悪魔の巣窟であることと、環境的に人が立ち入れる場所ではないというのが主だ。
中には強力な磁場で入った瞬間に体調不良を起こして死に至るなんて噂や精霊教会ですら手出しの出来ない化け物が住み着いているなんて噂もあるが…その通りであろうが悪魔の巣窟であろうが関わることなんてないと思っていたのに…。
因みに精霊教会とは、その昔に勇者とともに悪魔を打倒せんと立ち上がったとされている組織だ。勇者無き今、代わりに悪魔に対抗する組織としてユートリピア聖王国内でもかなりの力を持っている。
僕が精霊教会に頼るのに気が進まなかったのは、悪魔との関係があるというのが世の通説になっている赤い眼を持っているからだ。
悪魔対抗のための一大勢力だ、僕みたいな奴が頼ったところで碌な結果にならないのは目に見えている。
少々取り乱したが心を落ち着けて座り直し、山羊の悪魔に質問を続ける。
「どうして僕はここに?」
「その方が色々都合が良かったからだ。御覧のように、私の屋敷もあるしな」
「都合?」
「あの場所に居続ければお前は今頃蜂の巣にされているだろうからな」
蜂の巣って…あの悪魔に殺されていたということか?
「えっと…、あぁ、まずは遅れてしまい申し訳ありません。確かにあのままだったら僕はあの悪魔に殺されてしまっていたでしょう。ありがとうございます」
いまいち言っていることの要領が掴めなかったが、お礼を言っていなかったことに気づいた僕はとりあえず感謝を口にした。
だが、その言葉に山羊の悪魔は首を振る。
「そうだな、確かに私はお前を助けた。だがそれはこの場所に連れてきたことだけだ。あの三下もその身体にあった傷も、全てお前自身で何とかした」
「え…?」
三下、とは言ってはいるがあの悪魔のことだよな?
それを僕が自分でどうにかした?どうやって?
あのままだったら確実に殺されていた、それを切り抜けたのなら…僕が倒したって言っているのかこの山羊頭。
あまりに当然で荒唐無稽だ。それに傷も自分で治したと?あの土壇場で急に力に目覚めてスーパーヒーローにでもなったと?
驚きを通り越して若干呆れ顔の僕に山羊の悪魔は短く息を吐く。
「まぁ、信じないだろうとは思っていた。実際に目の当たりにさせるのが早いだろう」
徐に山羊の悪魔は立ち上がると部屋の扉の近くまで行き明かりを消す。
「何やって…」
「手加減はする、避けてみろ」
そう言いながら山羊の悪魔は右手を広げて僕の方に向けた。
なんだ急に?ていうか正面で対峙して改めて認識したけどやっぱり身長高いなぁ。
スラッとして見えるからフォーマルな恰好とも相性いい…し…あれ?
明かり消されて暗いんだよな、なんでこんなに認識できて…
次の瞬間、そんな思考を吹き飛ばす程の測度で漆黒の刃のようなものが僕の腕を切り飛ばさんと迫って来た。
「ッ⁉~~~ッ‼」
「反応はできたみたいだな」
山羊の悪魔はそう言っているが出来てないみたいなものだ。切り飛ばされはしなかったものの右腕の関節近くからばっさり切り裂かれており、やろうと思えばプラプラ出来てしまう程の状態だ。
突然の激痛と大量の出血によって半狂乱の状態になっている僕に山羊の悪魔は歩み寄る。
「落ち着け、治してみろ。お前なら出来る」
「なんッ…で、きるって、どうやっ、何で⁉」
「ふむ、無意識の内に少しは出来るようだな。腕を見てみろ、少しずつだが塞がり始めている」
何言ってんだこいつ⁉と半ばキレながらも視線を落とすと、そこには凡そ人間とは思えない光景があった。
確かにほんの少しずつではあるが、傷口が塞がり始めている。
「………は?」
「今は治すことだけを考えろ。それに知覚しやすくなっただろう、魔力が微かに傷口に集中している。それをもっと集めるように意識しろ」
僕は呆然としつつも言葉には従った。言われた通りに微かに感じるエネルギーのようなものを身体から集めるようにするとより治りは加速し、最後には塞がってしまった。
人の身であるならば、致命傷となってもおかしくない程の傷がだ。
「………どういうこと」
「お前は悪魔になった、お前を襲った三下はお前が屠ったのだ。あのままだったら蜂の巣にされると言ったのは集まって来た精霊教会の騎士どもに悪魔となったお前が標的にされるからだ」
僕は思わず山羊の悪魔の胸倉を掴んでしまう。無礼だとか恐ろしいとか、そんなことを考えている余裕はなかった。
「な、なんっ、なん、で…!」
「運が悪く、そして良かったからだ。お前は世界の意志によって呪いという名の祝福を授けられたんだ」
「い、いや!だって悪魔は地の底から…!人がなるものじゃ…‼」
「どう教わったのかは知らないが、悪魔と呼ばれる存在は一度死んだ人間がなるものだ。決して地の底だの天から降ってくるものではない」
突きつけられた事実が揺るがないものであると理解させられ、僕は膝から崩れ落ちる。
つまり…もう既に僕は一度死んでいて、これからは人ではなく悪魔として生きろと…。
だが妙に納得してしまう部分もある。そもそも人の身であの状態から生き残れるわけはなかったのだ。
この山羊の悪魔の言う通り、絶望的に運が悪く…そしてある意味良かった。
不意に家族や陽さんの顔が思い浮かぶ。
もう帰れないのか…もう…会えないのか…。
「絶望するにはまだ早いと思うがな」
打ちひしがれている僕に山羊の悪魔はそう言い放つ。
「十分だよ、僕は、もう…悪魔なんだから…化け物なんだろう…」
「そうかもしれんがな、これまでの生活を捨てる必要はない。この国にも悪魔はお前らが思っているよりいるぞ」
「……え?」
「生き残るのはある程度力や術を身に着けた悪魔に限るがな。言っただろう、一度死んだ人間がなると。世界のどこにいてもおかしくはない」
山羊の悪魔は僕に目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「それに、捉えようによってはこれはチャンスとも取れるぞ。お前は運命に振り回される代わりに運命を変える力を手に入れた。守りたいと願うものがあるなら得た力を振るうのも悪くはあるまい」
「…僕の、守りたいもの」
「お前にこの理不尽な世界での生き方を教えてやろう。今後夜になったらこの屋敷にてその力を使い方を教えてやる」
「な、なんでそこまで…」
「勿論理由はある。だが、まぁ安心しろ、悪いようにはしない。私は目的のために、お前は運命に抗うために。ギブアンドテイクだ」
そう言って山羊の悪魔は手を差し出してきた。
この手を取った方がいいのか、取らない方がいいのかは正直分からない。
目的があると言っていたがそれがどんなものか分からない以上危険は拭い切れない。
だけど…
「………分かりました、よろしくお願いします」
「今更敬語に戻さなくていい。私はベルという」
「じゃあ…僕はアカメ、よろしくベル」
この他に悪魔の伝手なんてあるわけがない。結局のところ選択肢なんてあって無いようなものだ。
それに、僕にだって守りたいものはある。
それが叶うなら…文字通り悪魔とだって手を結んでやる。
僕は少しの怯えと、それでもやるしかないという覚悟を持ってベルの漆黒の手を握りしめた。




