24話 失ったものと、残ったもの
お互いに黙ったまま少し時間が流れた。
何を言われるのかが怖くて僕から口を開くことが出来なかった。
何があったのか、どう思ってるのか、聞かなきゃいけないとは思いつつも口から零れるのは空気だけだった。
先に口を開いたのは陽さんだった。
「…色々聞きたいことはあるけど」
陽さんがベッドを立ち、僕の方のベッドの端に腰かける。
「怪我は?何ともない?…無事なんだよね?」
そこでようやく僕は顔をあげ、やっと陽さんの顔をまともに見たことに気づいた。
その表情は不安でいっぱいのような、泣き出しそうな、何処か安堵していそうな、そんな表情だった。
「…うん、何ともないよ。大丈夫」
「そう、よかった…」
陽さんは先刻と同様、僕の胸に飛び込んでくる。
だけど僕も先刻と同様、抱きしめることは出来なかった。
「…陽さんは?何処かおかしいところとかない?」
「私は捕まってただけだから。特に何ともないよ」
「そっか、無事でよかったよ」
となると本当にあのスーツの悪魔は僕のみを標的にしてかかってきた訳だ。
悪魔になる前に襲われた件といい、何故僕は狙われているのだろうか。
ベルなら何か…悪魔関係になるとベルしか情報筋がないのが悔やまれるな。
少々思考を巡らせていると、不満そうな声を陽さんが漏らす。
そして僕の腕を寄せるように動かし、暗に抱きしめてもいいんじゃないかという意志を伝えてくる。
「…えっと、実はちょっと抵抗があって…」
「汚いってこと⁉確かに汚れてたけどそんなに⁉」
「ち、違う!そうじゃなくて!…これは僕自身の問題というか…」
何とも歯切れの悪い返答をする僕に何かを察したのか、陽さんは僕から離れて真っすぐな目を向けてくる。
「それは、話せること?」
そう聞かれ、僕一瞬迷った。
きっとこのまま話さずにいても陽さんは一緒に居てくれる。
だけど、それは…。
「…聞いて欲しい。僕が何をやってきたのか」
意を決してそう言うと、陽さんは優しく微笑んだ。
「うん、聞かせて」
僕は話した。初めて悪魔となった日のこと、ベル達に助けて貰ったこと、何故あの日から元気がなかったのか、そして…今日、人を殺めたこと。
ずっと怖かったが話を始めたら止まらなかった。きっと僕も心のどこかで誰かに話して楽になりたかったのかもしれない。
陽さんは終始無言で聞いていた。たまに相槌を打つくらいで基本的には僕が話すままに受け身でいてくれた。
僕が話し終えると沈黙の時間が流れる。
少し経った頃、陽さんが深く息を吐いて僕の手を握ろうとする。
僕は思わず引っ込めてしまった。話すことは出来たけどそれとこれとは別の話。
もう僕は人間とは呼べない、この汚れた手で触れていいわけがない。そんな思いが大切に触れることを拒ませた。
陽さんはその反応を見て少し辛そうな表情を見せた後、無理やり僕の手を握って来た。
「あっ…」
「アカメ、聞いて」
そう切り出す陽さんの目は真剣で真摯なものであった。
陽さんはゆっくりと紡ぐように言葉を伝える。
「凄く、大変だったと思う。私や皆の知らないところでアカメは辛いことをたくさん乗り越えてきたんだね。ごめんね、気づいてあげられなくて」
「…謝らないでよ。気づけるわけないし、そんな顔をさせたい訳じゃないんだ」
陽さんは僕の手をぎゅっと握りながら「うん、そうだよね」と肯定する。
「これからも、きっとアカメは大変な出来事に巻き込まれていくかもしれない。今日みたいに…誰かを殺めてしまう日もくるかもしれない」
「……そうかもね」
「でも私は、アカメを嫌いになんてならないよ」
僕は眼を見張って陽さんを見た。
「今日そんな重い決断をしたのも私を助けるためなんでしょ。これからもアカメは誰かの為だったり大切なものを守るためにたくさん無茶をすると思う。私は、それは悲しいことでもあるけれど、とても優しくて強いことだと思う」
「……でも、その結果僕がやっていることは人殺しだ。陽さんに肯定される資格なんて僕には…」
「誰を肯定するかは私の自由だよ。それに、アカメの手が汚れているなんて私は思わない。これは私を守ってくれて、そしてこれから誰かを守っていく手だと思うから」
眼から涙が零れる。
こんなことがあっていいのか…。
「これからは辛いことや大変なことがあったら話してくれると嬉しいな。私は、アカメを支えたい」
「何で…そこまで…」
「アカメと一緒だよ。アカメが私を大切に思ってくれているように、私もアカメを大切に思ってるんだ。私のアカメは誰よりも優しくて強い、そんな自慢の大切な人なんだ」
陽さんはそう言ってニッと笑った。
僕の眼から知らず知らずのうちに大粒の涙が次々に零れていた。
もう日常には戻れないと思っていた。
それでも、全力で助けると誓った。
そんな覚悟の末…僕の眼の前には大切な人が僕を肯定してくれる今がある。
僕なんかが…こんな幸せを手に入れて、いいのだろうか…。
「おいで、アカメ」
陽さんは両手を広げて僕を招く。
僕は少し怯えながら、それでも抱きしめることが出来た。
今度は、ちゃんと触れることが出来た。
「……つら…かった…。僕は…ずっと…今日だって…」
「うん」
「でもっ、陽さんを助けたくて…失いたくなくて…足掻いて…人を…」
「ありがとう、アカメ」
「ぅあ…あぁ…ッ!」
溢れ出した感情は止まることを知らず、決壊したダムのように流れ出る。
陽さんはそんな僕を、ただ優しく受け入れてくれた。
誰もいない二人だけの時間、空には雲一つない満月が優しく見守るようにぽっかりと浮かんでいた。




