23話 業
このまま一緒に地面に激突するかと思われたが、僕だけ空中に引き留められた。
「お疲れ様アカメ。かっこ良かったよ」
「…殺しをかっこいいなんて言われちゃ、なんて言えばいいか分かんないよ」
僕を助けてくれた存在、レイ姉さんは僕と地面に降りると首を横に振る。
「そうじゃないよ。アカメの覚悟が伝わって来たって話」
レイ姉さんはそう言って僕を胸に抱いて頭を撫でた。
強張っていた身体から少しずつ力がが少しずつ抜け、仮面も霧散した。
…レイ姉さんも、皆も、初めはこんな気持ちだったのだろうか。
段々と冷静になって、人としての倫理の一線を越えてしまったと自覚してじわじわと涙が溢れてくる。
だけどもう引けない、もう迷わない、僕は…悪魔として生きる。
「……ベル、僕の事許してくれるかな」
「そこまで怒ってないよ、ベルもベルでバツが悪そうにしてたし。案外今も何処かで見てるかも」
「レイ姉さんみたいに?」
「むっ、弟を心配して悪いかこのぉ」
頭を撫でていた手が拳に変わってぐりぐりされるが、その力は弱い。
僕はそれを甘んじて受け入れる。
「ありがとうね、レイ姉さん」
「うん、お帰り」
僕はレイ姉さんから離れて涙を拭き、息を吐いて心を落ち着かせた。
「陽さんのところに行かなきゃ。だけど見ての通りヘロヘロで…レイ姉さん助けてくれない?」
「お姉ちゃんに任せなさい!」
ドンと胸を叩いてドヤ顔をする姉さん、何とも頼もしい限りだ。
おんぶされるような形で追ってきた道を戻る。自分の中の靄のようなものが晴れたからなのか、満月含めてこの夜の世界がやけに澄んだものに見えた。
陽さんが囚われている建物に入ると、陽さんが何とか檻から出ようと格子をガタガタ動かしていた。
「アカメっ!無事だったの!」
「何とか、少し離れてて」
「その後ろの人は?」
「この人はレイ姉さん。よくしてもらっていて、今も助けてもらったんだ」
僕が姉さんに檻を壊して欲しいと要求すると首を横に振られた。
「だめ、男の子なんだからここは自分で何とかしなさい」
「そんな無茶な…」
こういう時の姉さんはテコでも動かないというのは知っているので、仕方なく自分で壊すことにする。
なけなしの魔力を全身からかき集め、酷い頭痛と倦怠感に耐えながら何とかいつもより一回り小さいナイフを形成する。
そして陽さんが離れたのを確認してから格子を切断した。
「これで出れっ…」
「アカメっ!」
陽さんはナイフも解除していない僕の胸に飛び込んできた。
慌ててナイフを引っ込め抱きとめようとするが、手に付いた返り血を見て躊躇してしまう。
陽さんは暗くて良く見えないだろうが、僕の全身も地で汚れているだろう。
これまでの僕とは違う…明確な人殺しの業を背負った人間となってしまった。
この汚れた手で、陽さんに触れていいのだろうか…。
そんな僕の逡巡など気にしないかのように陽さんは僕の胸ですすり泣く。
「よかった…よかったぁ…!」
「はる、さん…」
きっと、ずっと怖かっただろう。
悪魔に攫われてこんなところに閉じ込められて、僕が何故か助けに来たと思ったら人間離れした光景を見せられて、何度も僕が鮮血を散らして…。
今すぐに抱きしめたい…少しでも不安を解いてあげたい…目の前にある大切をちゃんと守ったって確かめたい…。
だけど…怖くて触れられない。
こんなにも近くにいるのに、こんなにも遠いのかと顔を歪ませることしか出来ない。
そんな苦しい思いで胸がいっぱいになっていたが、不意に陽さんが意識を失って倒れてしまう。
「陽さんッ⁉」
あまりに突然の出来事で思わず倒れないよう反射で抱きかかえてしまう。
生きては…いるようだ。
あまりに衝撃的な出来事の連続で、今気が緩んだことで気絶してしまったのか。
そして僕も他人事ではなかった。
「ぅあっ…まず…ぃ…ッ」
魔力枯渇のツケがいよいよ回ってきた。
最早立ってすらいられない程の頭痛と倦怠感で意識が飛びそうになる。
何とか陽さんが地面に激突しないようにゆっくりと寝かせ、自分はぶっ倒れた。
「ねえ、さ…あと…は…」
「うん、大丈夫だから。ゆっくりおやすみ」
安心できる声に包まれ、僕は意識を手放した。
「……知ってる天井だ」
似たようで違う台詞を呟いてしまった。そのぐらい知ってる天井だった。
ここはつい最近までよく通っていた場所、ベル達の屋敷だ。
何の気なしに横を見ると陽さんが寝息を立ててベッドに寝ていた。
姉さんはどうやら倒れた僕たちをここまで運んでくれたようだ。
戻ってきたんだな、ここに。
今回の件は何とかやり切れたという安堵と共に深く息を吐くと、カチャっという音が聞こえる。
身体を起こして正面を見ると、ティーセットで紅茶を飲みながら本を開いているベルがいた。
「…ベル」
「起きたか」
僕の様子を見て取ったベルは本を閉じ、足を組み替えて僕を見据える。
「レイから聞いた。悪魔を一人葬ったらしいな」
「……うん、そうだよ」
僕は自分の手のひらに目を落とした。
その手には、血はついていない。誰かが綺麗に拭ってくれたのだろうか。
恰好も血の付いた制服ではなく、簡易的な服に着替えさせられていた。
だけど、鮮明に思い出すことが出来る。
僕があの悪魔を殺した、その事実を。
「僕はさ、ベル。怖かったんだ」
ベルは何も言わずに僕の言葉に耳を傾ける。
「悪魔としての明確な一歩を踏み出してしまえばもう人間と呼べる存在じゃなくなるような気がしたんだ。僕はまだ、皆と同じでありたかった。…だけど、そうはいかないんだよね。僕が悪魔である以上、いずれは殺し殺されるなんて壁には当たることになる」
今回の事でよく分かった。僕が大切に思っているものを守るためには、僕は変わらなきゃいけない。
じゃないといつか取りこぼすことになる。それだけは嫌だ。
「だから決めたんだ。自分の大切なものを守るために、ちゃんと選び取っていこうって。…本当に自分勝手だよね。自分の都合のためだったら、命すら奪うって言うんだから…」
「それでいいと、私は思う」
ベルは立ち上がり、僕の座るベッドに近づく。
「この世界は理不尽や不条理で溢れ返っている。我々は所詮、奪い奪われることでしか生きることが出来ない」
「…そうかもね」
「この世界で、それでも奪われたくないというのなら奪うしかない。醜く抗え、辛くとも己の信念に従って選択をし続けろ。お前の生き様を私に見せてみろ」
ベルは僕を見下ろすように立ち、頭に手を置いた。
「よく乗り越えた」
「…うん」
あのベルが掛け値なしに褒めてくれた、それだけで十分だった。
「じゃあほい」
「むぐっ」
いつの間にか部屋に入ってきていたレイ姉さんにクッキーを口にねじ込まれた。
まだ温かく、香ばしい香りが広がる。
「何の用だ、レイ」
頭が痛そうにベルが額を抑える。
「用って、入ってきちゃ悪いの?それに奪う奪われるじゃなくて私は与える側に回ろっかなって」
「聞いてたのか…」
「チラッとね。ほら、ベルも私からの施しを受けるがよい」
「断る」
レイ姉さんがぐいぐい行ってベルが頑なに拒む、こんな光景も懐かしい。
めんどくさそうにレイ姉さんをあしらっていたベルが逃げ道を作るようにこちらを向く。
「そう言えば」
ベルの顔が意地の悪そうに歪む、そんな気がした。
「スローンまで自力で来たそうじゃないか、立派立派。この様子なら送迎など必要なかったようだな」
「え⁉いや、それは大変というかなんと言うか…割と危険だからやめて欲しいというか…」
「これも修行の一環だ。諦めろ」
「理不尽だ⁉」
こいつぅ…さっきは褒めてくれたのにもうこの調子か…。
忌々しい眼でベルを見ていると視界の端に動くものを捉えて視線を動かす。
さっきまで寝ていたはずの陽さんが起きていた。
「…え、アカメ…えっと…見るからに人外そうなその人は…?この豪華な家は何…?私の制服は…?ここどこ…?え、あ、アカメぇ…」
今にも泣きだしそうな…いや既に半泣きの陽さんを前にしてどうしたものかとおどおどしてしまう。
「あぁえぇっと、と、とりあえず落ち着いて!」
ベルが面倒そうにため息をつく。
「…お前からちゃんと説明しておけ、行くぞレイ」
「はぁい、陽ちゃんまたお話しようねぇ」
「え、あ…え?はい?」
「混乱を広げるな」
「えー、いいじゃんこれぐらい」
ブーブー文句を言うレイ姉さんをベルが無理やり押して共に部屋から出て行った。
残された僕ら二人、静かな時間が流れる。
…陽さんとも、向き合わなきゃいけないね。




