21話 取り戻すための戦い
いつもはベルに送ってもらっていたが、自分で移動するとなるとかなり距離があって中々に大変だった。ベルタクシーの有難さを実感する。
葵くんと別れた頃は空に赤みが掛かった程度であったが、すっかり日も落ちてしまった。
また家族に心配をかけることになるとは思いつつ、心配しないでという旨をメッセージとして送信しておく。
おそらく、長丁場になりそうな予感がするから。
陽さんのお母さんも心配しているはずだ、絶対に連れて帰る。
スローンの近くまで来ると精霊教会の騎士がまばらに警備にあたっていた。
いつもは空を飛んで移動してくれていたため意識していなかったが、悪魔の巣窟であることを考えたら警備が無い方がおかしい。
緊張はするが怖気づいてもいられない。気づかれないよう気配を消しながら警備をすり抜けようとする。
魔力隠蔽はこういう時にも便利だ。
力の根源は人間の想いや感情、つまり普通の人も意識はしていないだけでエネルギー自体は持っているのだ。
その発露を出来るだけ抑え、周囲に溶け込んで移動することでこんな芸当も出来る。
もう少し…そう考えていた矢先、背筋に悪寒のようなものが走る。
身を低くしながら悪寒を感じる方向にバッと振り向くと、特に何の変哲もなかった。
気のせいか…?
何かは分からないが、今は陽さんが優先だ。先に進むしかない。
精霊教会の警備を何とかすり抜け、約束の場所へとたどり着く。
廃れた工場群、悪魔になる前に逃げ込んだ場所といい最近よくお世話になるな…とため息が出てくる。
警戒しつつ周囲を探索していると、居た。
一番奥、正面に構えるように建物の入り口がある建物にスーツの悪魔は待ち構えていた。
「よく来てくれました。このまま現れなかったらどうしようかと」
「人質を取っておいてよく言う。イラつくな」
「あまり怒らないでくださいよ、怖いですねぇもう」
スーツの悪魔は余裕そうな態度を崩さず、こちらを見下ろしている。
「アカメッ!どうして来たの⁉」
陽さんの声が聞こえ、その場所を瞬時に特定する。
檻に入った姿を捉え、最短ルートで距離を詰めて何とか奪取しようとするが
「いけませんよ、ズルは感心しません」
「ちッ!」
手が届くタイミングで割って入られ、後退を余儀なくされる。
やっぱりあいつをどうにかしないと陽さんを連れ出すことは不可能か。
「あ、アカメ…なん…で、どういうこと?」
陽さんは今の僕の動きを見て普通ではないことを悟ったのか困惑の表情を向けてくる。
嫌われたらどうしよう、もう受け入れては貰えないかもしれない、日常には帰れないかも…色々な不安が頭をよぎるがその全てを覚悟として乗せた表情を以って応えた。
「待ってて陽さん、今助けるから」
「出来たらいいですね、出来たら」
先に攻撃を仕掛けてきたのはスーツの悪魔、一直線に最短で距離を詰めて挨拶代わりとでも言うかのような直球の右ストレートが飛んでくる。
対して僕も挨拶代わりだと返すように左右の手を重ね合わせて受け止めた。
明確にやり合える実力を持っていることを確信したのか、スーツの悪魔はより一層笑みを強めた。
「目的は最初から貴方です。なのであちらの女性には誓って何もしておりません。貴方が勝てば、勿論解放です。勝てればですが」
「それはご親切に…どうもッ!」
僕が握った拳を払うとその力を利用して回し蹴りを放ってくる。
すぐさま後退してそれを大きく避け、出来た空白の時間で闇からナイフを生成しようとするが…
「…クソっ!」
この期に及んでまだ抵抗があるのか上手く魔力を練ることが出来なかった。
「実力はいい感じですが、中身がまだまだ追いついていませんねぇ!」
「ッ!」
そんなまごついている隙を見逃してくれるわけもなく、距離を詰められインファイトに持ち込まれる。
早く、鋭く、重い一撃が次々と迫り、防戦一方を強いられる。
何とか致命打になりそうなものを受け流しつつ防ぎ続けるが、こんな状態ではいずれ限界はくる。
相手の収束によって威力が上がった拳で腕の骨が叩き折られ、ガードを崩される。
「ッがぁ…!」
「甘いんですよ!」
ベルやアルマくんとの訓練を積んだとはいえ、痛みに早々慣れることが出来るはずもなく。
骨折の痛みによって怯んだ隙を縫って腹部に強烈な一撃を叩きこまれ、そのまま宙に打ち上げられる。
「ごほ…!」
口から大量の血が溢れる。おそらく内臓も破裂したのだろう。
受け身なんて取る余裕もなく、頭から地面に落下する。
こんな状態になっても再生が始まっているのだから悪魔の身体は恐ろしい。
「アカメッ‼」
陽さんの絶叫にも似た声が響く。
だがそれに応えることは出来ず、視線は目の前の悪魔に注がれる。
スーツの悪魔は僕の回復を待っているようで、少々蔑んだような目で僕のことを見下ろしていた。
「殺生に忌避感を持っているのは想定していましたが…これほどとは…」
スーツの悪魔は再生の終わらぬ僕に近づいてしゃがみ込んで見下ろす。
「これでは主の命を遂行出来ないではないですか。しっかりしてくださいよ。できるかどうかは置いておいて、貴方はここで私を殺す義務があるのですよ?」
「な、何言って…」
「貴方如きが知る必要はありません。しかし困りましたねぇ、どうすれば貴方は本気になれますか?……あの女性を殺すと言えば本気を出さざるを得ませんか?」
「ッ‼」
全身の血が湧きたつような怒りに襲われる。
それに呼応するように再生も一気に早まり、骨折から回復した腕でスーツの悪魔の顔を鷲掴みにする。
そのまま反対側の壁まで投げ飛ばし激突させる。
スーツの悪魔は愉快そうに声をあげて嗤う。
「…あっはっはっは!そうですかそうですか、分かりました!そんなに大事ですかそうですよねぇ大事ですよね!なら、貴方が無念にも負けてしまった場合、そこの女性は殺しましょう!さぁ!本気でかかってきなさい‼」
スーツの悪魔はハイになっているようで、込める魔力の量をあげて突撃してくる。
僕も今までよりも引き出した魔力で応戦する。
突撃をいなすように後退しながら捌き、気を見て足払いで態勢を崩す。
が、スーツの悪魔は片手で着地し、そのまま僕の顔面を蹴り抜く。
歯が何本か飛んでいくが痛みに怯んでいたら勝てない。
その激痛を感情の燃料に変えて何とか耐え、こちらも負けじと回し蹴りで後方に吹き飛ばす。
僕たちが使っている魔力、その根幹は人の想いや感情。昂ったりすれば自身の力を引き出す結果にも繋がる。
だがこのままではジリ貧であることは明白。
何とか状況の打開を試みようと焦りが見える思考の中で必死に模索し、一度後退する。
作戦を変え、スーツの悪魔の周囲を移動・攪乱して攻撃のタイミングを計らせないように動く。
「なるほど。ですが、見えてますよぉ!」
「なっ⁉」
現状の自分で出来る最も早い動きで攪乱し、後ろを取ったと思い攻撃に移ったが逆に利用される展開となる。
突如として振り返られ、突撃に合わせられて蹴りを置かれる。
焦る思考の中その程度の予測も立てられていなかった僕は、その置かれた蹴りを避け切れずに右肩辺りに直撃を貰う。
たまらず転がってしまうがその勢いを利用して何とか跳ね起きる。
「はぁ…はぁ…!」
「いいですねぇ!もっと!私のためにもっとぉ!」
右肩が外れており亀裂も入っているだろうが修復は始まっている。
痛みに耐えながら何とか肩を戻し、次の相手の出方を観察し迎撃の態勢を取る。
怯むな…ここで引けば死んでも死にきれない程後悔することになるのだから。
そんな戦いの最中、戦いとは別に僕の頭の中に巡り続ける思考があった。




