18話 支え
ここ最近みんなの様子がおかしい。
学校からの帰路の途中、そんなことを考える。
いや、別におかしいと声を大にして言える程おかしいわけでもないのだが、いつもはあんな感じではなかったはずなのだ。
休み時間に入るごとに僕の前に湊くんがやってきて欲しい服の話とかスマホゲームの話とか旅行に行きたい場所の話とか、別にこれまでもすることはあったがこんなに頻度は高くなかったはずだ。
それを見た葵くんが乱入してきて湊くんと喧嘩紛いのことになるという…これは通常運転か。
葵くんが僕に話しかけにきている時に湊くんは来ないので葵くんから吹っ掛けている節があるが、毎回小競り合い程度のもので本気の喧嘩はしていないので放っておいても問題はないだろう。
先生からの視線も時折感じるし、何なのだ本当に。もしかして僕がおかしいのか?
おかげで気を病まないで済んでいるためありがたいが……。
何か皆に酷いことをしてしまったのかと思考を巡らせていると、いつの間にか家の前まで来ていた。
「ただいまぁ」
「おかえりアカメ。おやつにゼリー作ったんだ、食べるかい?」
「うん食べる。何味?」
「キウイと、旬だから苺だね。陽ちゃんも好きだろう?」
「はい、どっちにするか迷いますね」
「何なら両方食べるかい?作り過ぎちゃってね」
「いいんですか!ありがとうございます!」
「陽さんは本当に甘いもの好きだねぇ……は?」
そこで違和感に気づいて後ろをブンッと振り向く。
いつの間に着いてきたのか、陽さんが僕の後ろにいて何なら家の中に入っている。
え、怖い…陽さんだけは同じ調子だったのに…。
固まる僕などいざ知らず、陽さんはおばさんから苺のゼリー二つとキウイのゼリーを貰って僕の部屋がある二階に上がっていってしまう。
「ち、ちょっと待って!」
陽さんの姿が見えなくなる辺りで硬直が解け、慌てて階段を駆け上がる。
陽さんはもう既に僕の部屋に侵入しており、ミニテーブルに勝手にゼリーを広げている。
「アカメもっと部屋汚くしておきなよ。当然訪問した意味がないじゃん」
「意味って何さ⁉それよりも何で家に来たの」
「きちゃだめ?」
「だめ、じゃないけど何でまた急に…」
「はい、いいからいいから」
困惑は続いているが陽さんが自分の横のクッションをポンポンと叩いて座れと指示してくるのでおずおずと従う。
そのままおやつを口にし出したので僕もそれに倣って苺のゼリーを口に運ぶ。
苺の甘みと酸味で優しい爽やかさを感じてとても美味しい。じゃなくて。
「ね、ねぇ陽さん」
「そんなに欲しそうな眼で見られてもあげないよ?」
「そうじゃないよ!」
「食べ終わったんならゲームでもしてて待ってて」
陽さんが指を指す先には、先日護兄さんに借りてそのままになってしまっていたテレビゲームがあった。
美味しそうにゼリーを食べており、今のところ何も話す気はなさそうなので渋々ゲーム機を起動する。
陽さんと一緒にやる時はレースゲームが基本なので今のうちに指を温めておこう。
そうして二人でやるかどちらかが見ているかのいつものパターンに入っていった。
「あ、アイテム取れてないよ」
「今のはしょうがないでしょ」
「ふへっ、アイテム取れなかったから攻撃食らっちゃった」
「…見てるだけの人は黙っててくださいな」
「はーい、でもこれ最終ラップだよ?逆転できる?」
「ここでいいアイテムを…おぉ出た!これなら!」
「おぉホント⁉いけいけー!」
僕が最後三位に入って陽さんに自慢すると「一位以外は全員敗者なんだよ」と言ってきたので選手交代で陽さんにコントローラーを持たせる。
続いて陽さんの番で二位に入賞され誇られたので「一位以外は敗北者なんだよね」と返してやる。
お互いに笑顔ではあるがピりつき、結局対戦でお互いを分からせ合う羽目になった。
そこから先は長かった。
陽さんが勝てば「もう一回!」と僕が叫び、僕が勝てば陽さんが叫ぶ。
お互いに勝ち逃げなんてコスい真似はしない、どちらかが負けを認めるまでこのやり取りは続くのだ。
「そ、そろそろ疲れてきたんじゃない?」
「それは自分の感想ですか?私はまだまだいけるけど?」
「気を遣ってあげたんだけどな。そんなに負けたいならいくらでもどうぞ!」
「そっくりそのまま返してあげるよ!」
そのやり取りは日が傾くまで続いた。
「も、もういいでしょ…流石に私の勝ちで…」
「いやいや…まだ引き分けですけど…?何なら実質僕の勝ちだけど…?」
「勝ちに実質の何もないんですけど…?」
お互いに疲れているが、僕は久しぶりに満足感を覚えていた。
思えば、高校に入ってから放課後に陽さんと二人で過ごすのはこれが初めてか。
間に葵くんが居て、その時はその時で勿論楽しいが、この時間が僕にとってはかけがえがなくて…。
「……やっとちゃんと笑ったね」
陽さんの突然の言葉に僕は目を丸くする。
「…ちゃんとってどういうこと?」
「分かるに決まってるでしょ、ここ数日ずっと張り付けたような表情して」
流石にバレるか…よく見てるよ。
僕は開き直ったように苦笑しながら陽さんに向き直る。
「そんなに分かりやすいかな、僕?」
「今回は特にね、私だけじゃなくて皆気づいてたよ。お礼しなきゃね」
「そう、だったんだ…」
ここ数日皆の様子がおかしかったのはそうだったのか。
葵くんや湊くん、先生にまでバレて気を遣わせてしまうなんて…不甲斐ないな本当に。
陽さんが僕の思考を見透かしたように頬を抓ってくる。
「いひゃい…」
「申し訳ないとか思ってる?」
「…うん」
僕の返事に陽さんはため息をつく。
「私だけじゃない。皆アカメを大事に思ってそうしてくれてるんだよ。申し訳ないじゃなくて、他に思うことや言うことがあるでしょ」
「うん…ありがとうね、陽さん」
僕の言葉に、今度は満足そうに頷く。
「それ、明日皆にも言ってあげなね」
「そうするよ」
「ま、葵くんや湊はアカメのこういうところに慣れてないから結構空回りしちゃってためどね。私やおばさんたちはいつも通りよ」
「陽さんも結構強引だったけどね。…そっか、おばさんたちにもバレてたか」
個人的には隠しているつもりだったので少し恥ずかしく思う。家族って恐ろしい。
陽さんはドヤ顔を止めて、僕の顔を覗き込んで優しく問う。
「…まだ、言えないこと?」
「うん、ごめんね。これは僕の問題なんだ」
陽さんが少々気落ちした雰囲気を出すが、話すことはできない。
まさか人を殺すか否かで迷っているなんて言えるわけがない。
いや、それもあるが僕が本気で情けなく思っているのは…ベルが言っていたように…。
『お前のような腑抜けは要らん。覚悟も示せぬ餓鬼が』
「っ!」
「アカメ?大丈夫?」
ベルの言葉を思い出し、思わず顔をしかめてしまった。
心配そうにこちらを見る陽さんに軽く笑みを浮かべて応じる。
「大丈夫。…今は無理でも、いつか話せる時が来たらいいなって。そう思ってる」
「…そう」
まだ心配そうではあるが、これでひとまずは納得してもらうしかない。
僕はそんな未来は来ることはないのだろうなと少し窮屈な思いをしながら窓の外を見る。
空が、紅く悲しそうに濡れていくように見えた。




