17話 陰る心
木の葉の間から零れる光がチラチラと眩しく鬱陶しく思う。
上を見上げながら僕はそんなことを考えた。
あの後放心状態であった僕をアルマくんが迎えに来てくれた。
どれだけ動かずにいたのかは分からないが、その間他の悪魔に襲われなかったのは運が良かったのだろう。
屋敷に戻ってもベルと会うことはなかった。
レイ姉さんやリナさんに心配されたが、僕は顔を合わせることが出来なかった。
自分の心の奥底にある醜い感情を知ってしまったから。
特に何を話すでもなく、ただただ「ごめん」としか呟かない僕にアルマくんは「口を閉じろ。自己満足の謝罪ほど聞き苦しいものもない」と咎めた。
本当にその通りだ、自己満足でしかない。
今思い出しても情けなさ過ぎて乾いた笑いが零れる。
暫くは訓練も中止となった。当然だ、必要のないことに割く時間など向こうもないだろうから。
僕は…どうしたいのだろうな…。
「アカメ、おはよう」
いつの間にか後ろにいた陽さんが声をかけてきたため、表情を繕って振り向く。
「おはよう、陽さん」
「……。」
陽さんは無言でこちらをジッと見つめてくる。
「ど、どうしたの?」
「……別に、何でもないよ」
そう言って笑う表情は、何処か寂し気で優しかった。
授業の間の休み時間、僕は長谷川先生に呼び出しをされた。
指定された場所まで行くとそこには先生しかおらず、一対一で話す状況が出来上がっていた。
「よく来た、座ってくれ」
「失礼します」
促され、対面にある椅子に腰かける。
「次の授業もあるので、出来れば手短だとありがたいです」
「どうせ次の授業は私の担当だ。お前の後に私が教室に入れば何の問題もないだろう」
それもそうか、と先生の話を聞く体勢を整える。
「それで、何で呼び出されたのでしょう」
「相馬の件だ」
「…なるほど」
「葵には前の休み時間で話をしたが、やはり相馬は他の学校に転校することとなった」
姿を見ないので何となくそんな気はしていたが、やっぱりそうなのか。
「はっきり言って一条家の汚点だからな、聖職に属する家系から悪魔の拠り所となるものが現れるなんて。学校もこの辺りではなく、相馬の事を誰も知らないような場所に行くことになるだろう」
「そうですか、僕としては嬉しいですけど」
「はっきり言うな。それで、その件なんだが…」
先生は目元を抑えて悩ましく思っているような雰囲気を出す。
「今回の一件はどうしても口止めしたいらしくてな。お前と葵宛に金額の書かれていない小切手が届いているんだが…どうする?」
「えぇ…」
僕は露骨に嫌そうな顔をする。きっと葵くんも同じ表情をしたに違いない。
正直もう関わりたくないのだが…そしてそんなもの学校を介して送ってくるなよ…。
精霊教会のお偉いさんということなので、学校ではなく先生を通してということなのかもしれないが。
「お断りできますか?ここで変に関係を持つと後々不運が舞い込んできそうです。向こうは黙っていて欲しい、こちらはもう関わりを持ちたくない。ほら、誰も損しない」
「まぁ、そうするのが賢明だな。葵も同じ返答だったよ。お前たちは何も心配しなくていい、後はこちらでどうにかする。胃がキリキリするがな」
先生はお腹の辺りを抑えながら苦笑いをして今後に思いを馳せているようだ。
精霊教会の職務と学校の職務、二足の草鞋を履いている分苦労は人より多いことだろう。気の毒ではあるが、僕と葵くんの安全のために頑張って欲しい。
程なくして次の授業のチャイムが鳴った。
「こんな時間か、先に戻れ」
「分かりました、では」
立ち上がって部屋の扉を開け出て行こうとすると、先生から「アカメ」と呼び止められた。
「どうしました?」
「……いや、何でもない。先生は待っているとだけ伝えておく」
「?分かりました」
何とも歯切れの悪い物言いだが、何かおかしいところでもあったのだろうか?
教室に戻る間考えてみたが、特に何も思いつかなかった。
次の日の昼休み、僕は陽さんと葵くんと一緒にお昼を食べようと準備をしていた。
今日も寝付けなかったため朝早く起きていたので、昼食の買い物はコンビニで済ませてある。割高ではあるがこっちの方が楽ではある。
二人を待ちつつ準備をしていると、購買から帰って来た湊くんが近くに来る。
「アカメ、一人か?」
「ううん、二人を待ってるところ」
湊くんは少し考えるようにした後、空席となっている僕の前の席にドカッと腰かけた。
「どうしたの?」
「アカメ、旨いものって元気出るよな?」
意図の分からない発言に困惑しつつも肯定で返す。
「う、うん?元気出ると思うけど」
「だよな、お前お菓子持ち歩いているぐらいだしな」
「そうだね?」
湊くんは購買で買ってきたものを広げ、そのうちの一つを僕に差し出す。
「これ、やるよ」
「え、それ!」
それは購買で一日数個しか売られていない激レアカツサンドだった。
僕も一度食べてみたくて何度か本気で購買に並びに行ったことがあるが、辿り着いたときには既に売り場から消えているためそもそも無いものだと思っていた。
ということは今までもあったということであり…凄まじい購買ガチ勢がいるということが分かってそこに戦慄する。
「湊ぉ、それ俺らにもくれよぉ」
「うるせぇ!お前らはこれでも食っとけ!」
そう言って湊くんは他の購買の購入品を友達に投げ渡した。今回のじゃんけんの敗者は湊くんだったらしい。
それにしても、目の前に置かれたカツサンドには大変興味があるが…何でまた急に?
「何で僕に?これ湊くんのご飯でしょ?」
「いいだろ別に。食えよ」
ぶっきらぼうにそう言うが視線はカツサンドから動いていない。食べたいのに何で無理してるんだよ。
理由は分からないが、僕と食べたいってことでいいのかな。
僕は嬉しくて軽い笑みを浮かべる。
「湊くん食べたいのに何で我慢してるのさ」
「い、いいんだよ!早く食えよ!」
「二個あるし、片方食べる?何なら僕のパンもお礼に分けるよ」
「………もらう」
カッコつかなかったことでバツが悪いのかおずおずと手を伸ばす湊くんを見て笑ってしまう。
陽さん達には悪いけど、先に湊くんと食べようとして
「はむっ」
横から葵くんが湊くんのカツサンドを齧った。
「お前っ!何してくれてんだ⁉」
「君がアカメくんとイチャイチャしてるのが悪い」
悲痛な声を出す湊くんに悪びれるでもなく寧ろ葵くんは咎めるような態度を取る。
「うん、美味しいねこれ」
「だろうな、ちくしょうめ…」
「落ち込まないでよ、僕のお弁当も分けるから」
葵くんは僕の方に向き直る。
「アカメくん、これ」
「え、僕に?」
葵くんから差し出された包みを開けると綺麗に焼かれたアップルパイが入っていた。
室温だが香りはちゃんと残っており、作られてから時間があまり経っていないことが分かる。
「美味しそう…どうしたのこれ?」
「へへっ、アカメくんのために焼いてきたんだ」
葵くんは笑顔を湛えてそう言ってくる。
何だが今日はみんなが食べ物をくれるな、何でだろう?
「何でまた急に」
「急でもないよ、僕なりに何か返していきたいなって思ってたから。これはその一つ」
食べてみて食べてみて、と促されるので早速と口に運ぼうとしたところ
「んがっ」
湊くんにがぶっといかれた。
「あぁッ⁉」
「おう、旨いじゃねぇか」
むしゃむしゃ食べながらそう宣う湊くんと崩れ落ちる葵くん、立場が逆転した…。
遅れて食べると香ばしい香りと優しい甘さが口いっぱいに広がって本当に美味しかった。
だけど葵くんは崩れ落ちたままである。
「あ、葵くん落ち込まないで…。アップルパイ美味しいよ」
「…アカメくんのために一生懸命作ったのに。それをあろうことかお前に最初に食べられるなんて…」
「先に仕掛けてきたのはお前だ、文句あるか?」
「あぁ、あるね。泥棒猫め!」
「け、喧嘩しないで!」
どうしていいのか分からず、とりあえず食べ物の恨みは食べ物でということで二人にチョコレートを差し出すと後ろから二つとも掻っ攫われた。
「アカメのチョコは全部私のって言ったはず…」
「は、陽さん⁉今それどころじゃないから!」
取り返そうとすると「むー…」と嫌そうな顔をするので大変手が出しにくく、仕方なく手を引っ込めた。
僕は周囲を見て、何故かよく喧嘩する湊くんと葵くん、我を貫く陽さんに挟まれている収拾のつかない状況を認識し、ため息をつくのだった。




