16話 理不尽
カクヨムの方で『独白』という短編を書いてみました。なろうの方でもなろうだけの短編とか書いてみようかと考えてみます。ユーザー名とか全く一緒なので興味のある人は是非。
次の日の夜、僕はベルと廃れた建物の間を歩いていた。
ここはベル達の屋敷を出て少し移動したところにある場所だ。
ベル達のせいで感覚がおかしくなりそうになるが、屋敷のある場所は世界全体として立ち入り禁止区域にしている危険な場所。つまり治外法権であるということだ。
実際どんな場所あるかはここに来るまで知らなかったが、管理が行き届いている様子はなく、ボロボロになった建物が立ち並ぶ荒廃した街となってしまっている。
「……ベル、どこに行くの?」
「もう少し歩く」
ベルは先程からほとんど話さない。いい加減この不気味な場所から退散したい。
不気味と言っているのは何も化けて出そうとかそういった類の理由ではない。
一見誰も居ないように見えるが、嫌な気配はずっと纏わりついている。
居るのだ。どこに居るのか、どれ程居るのかは分からないが、こちらを観察する悪魔達が。
先程も述べたが、ここは国の干渉が為されていない暗部。つまるところ悪魔の巣窟と化しているということだ。
いつどこから、どのように狙われるのかが分からないこの状況、いくらベルが居るからといって心はずっと張り詰め続けている。
「……ねぇベル、もうかえッ⁉」
帰ろう…そう口にしようとした時、僕目掛けて斜め後ろから何かが突っ込んできた。
僕は何とかギリギリで反応し、周囲の闇からナイフを生成して迎撃しようとした。
だが、その前にベルがその飛来してきた何かを弾き飛ばし、廃れた建物の一つに叩きつける。
「行くぞ」
「え、ま、待って!」
こちらの状況など気にしないとばかりに崩れた壁から建物内に入っていくベルを慌てて追いかけると、頭から血を流した人間、いや悪魔がこちらを睨んでいた。
「………てめぇ、よくもやってくれやがったな⁉」
その悪魔は僕たちに怒号を浴びせるも、ベルはそんなもの聞こえていないとばかりに僕の方を向く。
「訓練だ、奴と戦え」
「え…いきなりそんなこと言われても…」
「やれ、やらなきゃ死ぬのは貴様だ」
何時にも増して冷たい口調のベル、気にはなるがそちらにばかり気を割いているとあの悪魔が動き出しかねない。
現に今にも飛び掛かってきそうだ。
「てめぇ…舐めてんじゃねぇ‼」
そう言ってその悪魔が飛び掛かっていったのはベルの方。だが、ベルは指一つ動かすことなく闇を操ってまた弾き返してしまう。
「ぐおッ…!」
「実力差も分からないか…馬鹿め…」
だから攻撃してこれたのだろうがな…と独り言のように呟くと、ベルは悪魔の方に悠然と歩き出す。
「おい、貴様」
「ひっ…な、なんだ⁉」
すっかり怯えてしまっているのか震えた声で話す悪魔。
「私への無礼、本来ならば即刻殺してしまうところだが…チャンスをやろう」
「っ!…ちゃ、チャンスってなんだよ⁉」
殺されることへの恐怖から悪魔は提示される機会へと縋っていく。
「何、簡単だ。あそこで間抜けな顔を晒している餓鬼、あいつを殺せれば見逃してやる」
「………へ?」
ベルの言う通り随分間抜けな声をあげてしまう。驚きすぎてきっと顔も間抜けだったろう。
何で…僕を、殺させる?
「ど、どういうこと⁉ベル⁉」
突然の宣言に声を荒げるが全く意に介していないベルは僕に向き直る。
「言葉通りの意味だ。こいつは今から死ぬ気でお前を殺しに行く。だからお前も本気で応戦しろ」
「だ、だから何で⁉」
「疑問を抱いている暇があるのか?そら、始まるぞ」
ベルの予告通り、悪魔は僕に向かって手に持った刃物で切り掛かってくる。
「死ね!死ねッ!」
「ぐっ!」
自身の命が掛かっているため、この悪魔の必死だ。このままだと殺されるのは僕の方になる。
僕は大きく後方に飛んで距離を稼ぎ、落ち着く時間を取る。
(落ち着け…大丈夫…散々ベルやアルマくんに手ほどきを受けてきたじゃないか)
僕は深呼吸をして闇から創り出したナイフを構える。
「…こいっ!」
「うおぉぉぉぉぉお‼」
悪魔はなりふり構わず愚直な突進で最短距離でこちらに向かってくる。
僕はそれを捌いて次の手への対処が出来るよう…に…あれ?
次の手、それが感じられない程の隙の大きさに一瞬虚を突かれてしまうも、自分の知らない対処法があるのかと後退して様子を見ようとする。
だが、僕の感じた通りに次の手などなく、捌かれ崩された態勢のまま悪魔は倒れてしまう。
「ぐっ…てめぇ!」
「………。」
まさか…弱い?
訝しんで次の攻撃も様子見をするもやはり工夫の欠片も感じられない。
三度目の突進攻撃、試しにカウンターを叩きこんで見るとものの見事にクリーンヒットする。
「が、ガハっ…!」
ひょっとしなくても、弱かったみたいだ。
良かった…殺されるかと思ってひやひやしたじゃないか…。
ベルの今回の目的は実践の経験を積ませることだったのだろうか…だとしたら何でこんなやり方にしたんだろう?
僕は思考に余裕が出てきてそんなことを考えてしまう。
悪魔の攻撃は飛んでくるがもう既に見切っているため何の危険もない。
僕はカウンターで数発撃ち込むと悪魔は倒れ伏し、こちらを殺せる状態ではなくなってしまった。
良かった終わった…と思い、ベルの方を向くと…変わらず厳しい目をしているベルが壁に寄りかかり、腕を組んで立っていた。
「ベル…終わったよ」
「終わった?どこがだ」
ベルは顎を動かし倒れ伏した悪魔に視線を促す。
「本気で応戦しろと言ったはずだ。そいつはお前を殺しにかかった。なら、お前もそいつを殺す気でかからなければならないはずだ」
「………………え?」
先程までの軽い安堵感など始めからなかったように、心は恐怖に支配され目の前がチカチカと暗くなる。
……殺す?僕が……この人を……?
僕はベルにヘラヘラとした引き攣った笑いを向ける。
「い、いやいや、冗談でしょ?ベル…ねぇ……」
そう問うも、ベルは無言でこちらを見続けるだけ。
それは、眼を背けていた事実の一つ。
戦闘のやり方を学ぶということは殺しのやり方を学ぶということ。殺しのやり方を学ぶということは……未来、いつか誰かを手にかけることになるということを。
余裕があった思考は黒く塗りつぶされ、ナイフを持つ手は酷く震える。
呼吸も荒く、何とか落ち着こうとするも興奮状態が解けない。
悠長にそんなことをしていたがために、悪魔は起き上がれるだけの体力を戻してしまう。
「…う、うおぉぉぉぉお!」
そう叫びながら向かってくるも…やはり弱い。
何で弱いんだよ…僕より強かったらこんなことには……。
先程の余裕が出てきた時といい、あまりにも傲慢過ぎる思考が頭を駆け巡るが、人としての業を気にしている余裕はアカメにはない。
殺せる…殺せてしまう……。
もうカウンターをすることも恐ろしく、避けるだけに徹していたが、やがて悪魔はなけなしの体力すら使い果たして地面に手をついて荒く息をしてしまう。
止めてくれよ…なんで…もっとやれるだろう‼…止めてくれよ……。
悪魔はこちらに縋るような目を向けてくる。
「た、頼むよ…殺さないでくれぇ…」
「っ!」
僕はどんな顔をしているのだろうか、きっと酷くぐしゃぐしゃで見ていられない程の表情を浮かべているに違いない。
反射的にナイフを構えるも、そこから僕の手は動くことはない。
「た、頼むよぉ…お、俺にも家族が居るんだ!」
「…家族?」
それはアカメにとってある種の甘言であった。殺さない理由に成り得るかもしれないから。
僕の様子に好機を見たのか、悪魔は意気揚々と続ける。
「そ、そうだ家族だ!嫁と子供がいる!俺が居なくなったら路頭に迷ってしまう!だからどうか命だけは!」
「そ、そう、だよね。そう、だよ…」
僕は完全にその殺さなくてもいい理由に縋ってしまい、遂にはナイフに流していた魔力すら切ってしまい武装すら解除してしまう。
そうして情けない顔を浮かべたままベルの方へ向く。
同時に…悪魔の方は隙だらけのアカメの頭に刃物を振りぬく。
「べ、ベル…この人はやっぱり…」
「見ていられんな」
背後でドッという音が複数、液体の滴る音、そして悪魔の「かひゅっ」という音が聞こえた。
「……へ?」
振り向くと…ベルの創り出した複数の黒い槍に貫かれた悪魔が大量の血を流しながら絶命していた。
「っ、うッ…げぇッ…!」
目の前の光景に耐え切れず思わず嘔吐してしまう。
繰り返し胃の中から逆流し、ものがなくなっても胃液を吐き続ける。
やがて吐くものもなくなり、荒い呼吸だけが残った状態になった辺りで、ベルが胸倉を掴み上げて僕を吊るし上げる。
「いつでも殺せたはずだ。何故殺さなかった」
僕を睨みつけながらそんなことを言い放つ。
「こ、殺せだなんて…無理に決まってるだろう⁉」
「お前は既に悪魔を殺しているはずだ。あれは違うとでも?」
「ほ、本当かどうかも分からないこと引き合いに出されても分かんないよ!」
あの時は殺されると思った直前で僕の意識は途絶えている。
実感はなかった。命を奪ったという感覚もそもそもその話が本当かどうかも分からない。
「ほう、記憶がなければ何をしてもいいのか?そこまで拒否反応を起こす殺しをしても覚えていなければ問題はないと?」
「い、言ってない!大体何なんだよさっきっから!殺しが怖いことがそんなに悪いかよ!」
「あぁ、悪いな。この上なく」
ベルの締め上げる力が強くなる。
「お前には選択肢があった。相手を殺すか、自分が殺されるかだ。その選択を前にして、お前は最悪の行動を取った」
「な、なにが…」
「お前はどちらも選べる立場にありながら選ばなかった。自身は相手を殺す勇気も出せず、かといって相手に命を差し出す気概もない。今しがた殺した悪魔は馬鹿だったが多少の覚悟は感じたぞ。そういう意味ではお前はあの悪魔以下だ」
「………。」
「そして最終的にどちらも選べず、受動的に生き、選択を放棄したな?私が手を出さなければ死んでいたのはお前であり、お前を殺した悪魔は意気揚々と逃げていくだろう。どうだ?これは望んでいた結末か?」
ベルはこちらを覗き込むようにして問う。
「この世界で生きていくには殺す殺されるなど日常茶飯事だ。それに対する耐性をつけなければならないと考えていたが…それ以前の問題だ。選び取る覚悟も示さずあまつさえ選択を明け渡すなど、とんだ腑抜けだ」
「もう…いいよ……」
「どうすればお前はその軟弱な考えを捨てて決断できるようになるのだ?大事なものでも賭ければいいのか?例えば私がここにお前の家族や友人を連れてきて殺すと脅せば、お前は決断することが出来るのか?そこまでしなければお前は自分の命の使い方も満足に決めることが出来ないのか?」
「……るさい」
「あ?」
僕は……もう限界だった。
「うるさいんだよ!知ったような口利きやがって‼…僕はッお前ら悪魔とは違う!お前らみたいな人を殺しても何とも思わないような化け物と一緒にするな‼」
それは思ってもいなかったこと、だが無意識の内に心の奥に抱え込んでいたもの。
あ……僕、そんな風に思っていたのか……。
レイ姉さんやアルマくん、リナさんの顔が浮かぶが、ベルに地面に叩きつけられ吹き飛ぶ。
「…では聞くがお前は何なのだ?」
ベルはこちらを蔑むように見下す。
「悪魔となるほどの度胸もなければ人とも呼べぬ存在、本当に中途半端だ。お前の言う通り我々は化け物なのかもしれん。だが、それは各々の判断に従った結果、そうなっただけだ。お前はどうだ?何も選び取ることもなくただ現状への不満をダラダラと並べ当たり散らすことしか出来ない。人によってはお前の方を化け物と呼ぶぞ」
ベルはそう言い放つと崩れた壁の方へ向き、歩き出してしまう。
「お前のような腑抜けは要らん。覚悟も示せぬ餓鬼が、興醒めもいいところだ」
僕は……追うことは出来なかった。
ただ一人、呆然と座っていることしか…出来なかった。




