13話 邪霊の脅威
僕、柊アカメは怒りのあまり毒づきながらも自分の軽率な行動を後悔していた。
何故一緒に図書室に行かなかった。予測できる範囲内だったはずだろ。
昨日の今日でもう一度接触してくることはないだろうと、あまりに浅い思考で気を抜いていたばかりに…葵くんに辛い思いをさせてしまった。
僕は座り込む葵くんの前にしゃがみ込み、謝罪を口にした。
「ごめん、僕のせいで…怖い思いをさせてしまった」
「そ、そんなことないよ!謝らないで!」
そう言う葵くんの頬は赤く腫れている。
今一度自分の甘い思考を呪う。これで守るだなんて片腹痛い。
僕は葵くんの頬に無意識に手が伸びていた。
「…あっ、ご、ごめん」
「ううん、大丈夫。…アカメくんの手、冷たいから痛みもちょっと引くし」
葵くんは僕の手を両手で持って自分の頬に当てる。
状況が状況なだけに少し複雑な面持ちでそれを見ていると相馬が起き上がった。
「アカメぇ…お前はいつも俺の邪魔をするなぁ…」
「見解の相違だね。さっきも言ったけど僕からすればお前が邪魔だよ」
僕は相馬と正面切って対峙する。
油断はできない、何故なら…
(邪霊が完全に憑りついているなんて…)
相馬の肩辺りには少し大きめの邪霊が憑りついていた。
邪霊はこちらを見ながら相馬と似たような下卑た笑いを浮かべている。
邪霊は通常、人を転々としながらマイナス感情によるエネルギーを収集していき、それで自身の強化を行っていくものだ。
だが、例外的に同じ対象に憑き続ける場合がある。
それが、相馬のような奴に出会った時だ。
邪霊にあそこまで好かれ、憑りつかれるということは、相馬の場合はよっぽど魂の在り方が汚く醜いのだろうな。
相馬のような奴や他よりも劣等感や罪悪感のような感情が強い人間は、通常よりも濃いマイナス感情を吐き出しやすく、下手な人間を転々とするよりよほど効率がいい。
そして邪霊に憑かれたことにより、相馬自身も感情や思考のタガが外れているように思える。
何をしてくるか分からない…それこそ、犯罪的なことだって…。
相馬はイライラしたように頭を掻きむしる。
「いやだからさぁ…お前がいなけりゃ変わらず今も上手く行ってたんだよぉ…。お前さえいなければさぁ…」
「そんな訳ないだろ。お前みたいな奴と関わって誰が幸せになるんだ」
「本当にうぜぇなぁ…お前さえなぁ…」
うわ言のように僕が居なければと唱え続けている。
僕の声も届いていないようだし、どこか不気味だ…。
やがて晴れたような表情をして僕を見据える。
「…そうだよ!お前が消えれば解決じゃねぇか。そうすれば葵は俺のところへ戻ってくるし俺に歯向かう奴だっていなくなる。全部お前が…」
「……何言ってるんだ…」
あまりに飛躍した論理に聞こえるが、本人の中では整合性がとれているのだろう。
どこか晴れた表情で僕を見つめる相馬はブツブツと呟きながらポケットから、ナイフを取り出してきた。
「お前ッ」
「お前がいなくなればぁッッ‼」
相馬は血走った目で僕にナイフを向けて突撃してくる。
「アカメくんッ‼」
「ッぐ!」
あまりに突然の出来事、そしてこんなところで悪魔の力は使う必要がないと油断していたばかりに左頬を切りつけられてしまう。
治そうと思えば治せるが、そんな人間技ではないことをすればどうなるかは明白なので魔力の循環を出来るだけ抑えて回復力を最低レベルにまで落とす。
ただ、そのせいで人間の時とあまり変わらない力になってしまったため、相馬の腕を抑えるも膠着状態になってしまった。
魔力操作を鍛えればその辺りも別で運用できるっぽいのだが…己の鍛錬不足を恨むばかりだ。
反対に、邪霊に憑りつかれているからか相馬の力は通常の高校生のそれより強い力となって僕にのしかかる。
まずい…このままではジリ貧だ…。
「葵くん!先生呼んできて!」
「え、でも…!」
「いいから!頼む!」
一つは葵くんをこの場から逃がすため、もう一つは本当に助けが来ないと押し負けそうだからだ。
葵くんは僕の意図を汲み取ってくれたか知らずか、涙を目元に湛えながらもこの場から離れていってくれた。
良かった…とりあえず葵くんが傷つくことはなくなった。
だが、こちらのピンチが変わることはない。
「どうすんだよこのままぶっ殺されていいのか⁉あぁ⁉」
「いいわけッないだろ!」
そう言いながらも力を振り絞るが、やはり押し返せずじりじり追い詰められる。
まずいどうする!どうする!
焦りで思考が段々回らなくなり、このまま押し負けてしまうかと一瞬諦めかけた時、相馬が後ろからカラーコーンで殴られて体制が崩れた。
そのおかげで僕は何とか相馬を押し切り、投げ飛ばすことに成功する。
「っらぁ!」
「ぐぅッ!」
一体誰が…と目を向けると、息を荒げた葵くんが立っていた。
「あ、葵くん⁉何で⁉」
「逃げられるわけないでしょ⁉あのままだったらアカメくんがっ‼」
そう僕へ訴える葵くんの目は強いものだった。
戻ってきてくれたことへの嬉しさと予想外の勇気への驚き半分、逃げて欲しかったという気持ち半分で葵くんを見つめてしまう。
そうしている間にも相馬は立ち上がる。
「葵ぃ…!てめぇ‼」
敵意を向けられた葵くんは一瞬怯むもすぐに持ち直し、涙の残る目で相馬を睨みながら僕の前に盾になるように立つ。
「…もうやめてよ!僕からこれ以上奪わないで!僕は僕だ!お前のものなんかじゃない‼」
「葵ぃぃぃぃい‼」
この土壇場で吹っ切れたのか、短い時間ではあったが積み重ねた時間がそうさせたのか、葵くんは相馬への恐怖よりも己の大切なものを守り抜くということを選ぶに至っていた。
それは葵くんの強さであり優しさであった。とても勇気のいる選択だったであろうが、それでも打ち勝ち選んだのだ。
僕は葵くんをとても誇らしく思う。
だが、今その発言をするのは間が悪い。こんなことを言ってはせっかくの葵くんの決断と勇気が薄れてしまうが、結果として相馬が激昂してしまっている。
相馬は従順あったはずの玩具が反抗の意志を見せたことで余計に火が付き、なりふり構わずこちらを害してこようとナイフを振り回す。
「葵くんッ‼」
僕は葵くんの肩を抱いて盾になるように身体を回す。
もう知ったことか、一撃で鎮めてやる。
葵くんの勇気にあてられてか僕の中でも色々吹っ切れた。
葵くんの視界は塞がれているし、たまたま蹴り上げた足が相馬のあごにでも直撃して気を失わせたとでも言い訳すればギリギリ通るかもしれない。
傷口は多少塞がってしまうかもしれないが、完全に塞がらなければ思ったよりも浅かったとかいくらでも誤魔化せる。
僕は覚悟を決め、襲い来る相馬にカウンターを叩きこもうと思ったその時、
上空から人が降って来た。




