11話 罪悪感
「……酷かった、本当に…」
次の日、僕は学校の体力測定の五十メートル走の順番待ちをしている間、昨日のことをボーっと思い返していた。
あの後のアルマくんとの訓練は本当に地獄だった。ベルの時よりも圧倒的にテンポが早いし、収束で守ったとしてもその上から関係ないとばかりに強烈な一撃を叩きこんでくる。
悪魔の身体なので回復できるからまだよかったが、これが普通の人なら身体の至る所が鈍い色に変色していてもおかしくない。
これからもあれが続くとなるとかなり気が滅入るが…
「アカメくんー!頑張れー!」
離れたところから僕の記録用紙を持った葵くんが手を振ってくれる。
守りたいものを守るためと考えるならば、気落ちしていられないよな…。
そんなことを考えていると自分の順番が回ってくる。
「負けないぞ、アカメ」
横から湊くんが声をかけてくる。
ごめんね湊くん、僕はこれから手を抜くんだ…。
先生の合図とともに僕と湊くんは走り出す。
狙うタイムは僕の中学最後の測定から少し速くなった程度。
僕は調整をしながら湊くんに最後まで抜かされずにゴールをした。
「アカメくーん!六秒五二!凄いよ!速い!」
葵くんが少し離れたところから大声でタイムを教えてくれる。
少々気恥ずかしいのと、思っているよりも速くなってしまったので少し反省するが、概ね合っているので及第点ではある。
昔から運動は何故か出来たのだ。まぁ今となっては最高級の悪魔の器になれるということが分かっているので、素養という意味ではチートだったのかと少々申し訳なくなるが。
「速すぎだろお前…」
湊くんは全力を振り絞ったのか校庭で大の字になって息を吐いている。
昨日アルマくんに散々ボコボコにされたからか、人に勝つとちょっと気分が良い。
「湊くんも速かったよ」
「嫌味だぜそれは…。何で運動部入ってないのか不思議なくらいだ」
湊くんに手を貸して身体を起こさせる。
そして湊くんは記録用紙にタイムを書いている葵くんを見ながら僕に話しかける。
「…最近、あの葵って子と仲良くしてるよな」
「うん、そうだね」
「…悪いことは言わない。止めておいた方がいい」
湊くんは真剣な表情でそう言ってくる。
「なんで、とは聞かないでおくよ」
「知ってて関わってんだな…。ならなおさら止めるべきだろ。お前まで標的にされるぞ」
湊くんが語る表情は真剣に訴えかけているのと同時にどこか苦しそうだ。
この子も、優しいのだろうな。
「ありがとうね湊くん。僕を心配してくれてるんでしょ」
「……だったら」
「でも、ごめんね。もう決めちゃったんだ」
僕は苦笑交じりで湊くんに笑いかけた。
それを見て揺るがないと悟ったのか、湊くんは顔を背け、先に歩いて行ってしまう。
「…そうかよ。じゃあ頑張れ」
「うん、ありがとう」
暗に葵くんのことを見捨てろだなんて、言いたいわけなかっただろうに。それでも言ってくれたのは僕の事を考えてのことだろう。
僕は湊くんへ逆に申し訳ない気持ちになりながら葵くんの元に向かう。
葵くんは無垢そうな表情で僕の顔を覗き込んでくる。
「何話してたの?」
「…いや何も。お前速いなって褒めて貰っちゃった」
「…先に褒めたのは僕だからね!」
「褒めるのに順番とかあるの?」
「あるの!」
あるんだ。
何故かちょっとプンプンして先に歩いて行ってしまう葵くんの背中を僕は追いかけたのだった。
身体測定が終わり、退屈な授業を一限分受けると時刻は正午を回った。
「アカメー、お腹減ったぁ…。チョコぉ…」
「これからご飯でしょ。だめです」
「うぅ…葵くんアカメがいじめる…」
「陽ちゃんお菓子じゃなくてご飯食べようねぇ」
陽さんはお腹が減ると何故ポンコツになるのだろうか、普段は頼りになるのに。
「アカメくんは購買?」
「うん、行ってくるけど何か欲しいものある?」
「チョコぉ…」
「ご飯のあとにあげるから大人しくしてなさい」
「ぶー…」
「僕も特にないかな。早く行った方がいいよ、なくなっちゃうかも」
「…あ!」
二人と喋ることに夢中になって購買の込み具合を失念していて、慌てふためく僕を見て二人が笑う。そんなゆったりとした時間を過ごしている時だった。
「よー葵。ちょっといいか」
「っ!」
葵くんの顔が怯えたように歪む。
相馬くんが何故か僕らのクラスに入ってきて葵くんに話しかけてきたのだ。
クラスの雰囲気が若干ピりつく。この様子だと全員相馬くんが葵くんに何をしているのかは少なくとも薄っすらは知っているようだ。
陽さんは葵くんに身を寄せ、少し前に出て庇うようにし、僕は二人と相馬くんの間に入って壁になるように立った。
「どうしたの相馬くん?」
「お前には用はないんだけど?葵に会いに来たんだけどなぁ」
「ごめんね、葵くんはこれから僕らと用事があるから」
どういうことだ?何で急に話しかけに来た?
葵くんを助けることを選んだその日に僕は相馬くんに脅しをかけた。
脅しと言ってもそんな大それたことではない。少なくともあの時教師に目をつけられたこと、相馬くんが精霊教会の騎士を目指しているということは素行の面も重視されるであろうということ、あの時の会話の録音を持っているということ、という三つの面からこれ以上好き勝手することはお勧めしないということを伝えただけだ。
録音に関しては僕が乱入してからのものしか録れていないためそこまで決定的ではないが、それでも疑いの目を向けられるには十分な証拠になる。
これだけ将来を無駄にしかねない要素が揃っていてもやってくるならかなり面倒だったが、思った通りの小心の小物。あれ以降僕や陽さんへのものも含めた嫌がらせの頻度は増えたが、直接手を出してくることはなかった。
それがここにきて…どういう風の吹き回しだ?
「嘘をつくなよ、葵はこれから俺たちと約束があるんだから」
「え…ぼ、ぼくは…」
「聞いてないけど?本当に約束なんてしたのかな」
「おいおい俺が噓ついたってのかよ、なぁ葵ぃ」
葵くんは声を出そうとするも恐怖で縮こまってしまっている。
「覚えはないみたいだよ。これ以上用がないなら帰ってもらえないかな?」
「随分嫌われたな?俺が何かしたのかよ?」
「言ってもいいんだよ」
「言ったところで信じるかな?なぁお前ら」
クラス全員黙りこくってしまっている。怖いのかもしれないが少しくらいは味方して欲しかったと歯噛みする。
葵くんも否定したくてもこれまでの積み重ねた恐怖から動けなくなってしまっている。
本当にふざけやがって、どうにかしてこいつを追い返さないと…。
「あー、おい。相馬」
そこで、不意に後ろから声がかかる。
驚いて振り返ると、湊くんが手招きしていた。
「悪いんだけど、その三人これから俺とスマホゲームで遊ぶ約束してんだわ。曖昧な約束なら譲ってくれねぇか?」
予想外のところから助け船があって僕は固まってしまった。
予想外なのは相馬くんも同じらしく、一瞬固まっていたがすぐに敵意を込めた目を湊くんに向ける。
「……湊、お前はもっと賢い奴だと思っていたんだがな」
「…よく分かんねぇけど、ゲームやるってだけで馬鹿扱いは酷くねぇか」
お互いに引かず、相馬くんと湊くんが少し睨み合った末…相馬くんが折れた。
「………後悔するなよ」
「譲ってくれてありがとよ」
相馬くんはイラついたように教室から出て行き、残された空間は少しの間沈黙が続いた。
やがて少しずつ喧騒が戻ってくると、そこでようやく葵くんの緊張の糸が解けたのか深く息をする。
「……はぁ、はぁ…」
「大丈夫、葵くん。大丈夫だから」
葵くんは陽さん任せて良さそうだな。
僕は窓の方に目を向ける湊くんの席の端に顔を寄せ、感謝を伝えようとする。
「湊くん湊くん」
「…なんだ、よって気持ちわりいな!なんでニマニマしてんだよ⁉」
気持ち悪いだなんて失礼な、こっちは感謝の念で溢れているというのに。
「何で味方してくれたの?さっきは止めてくれたのに」
「……いいだろ別に。あの野郎は俺含めて皆気に食わねぇって思ってんだよ」
湊くんらしい返答に僕は笑顔を強める。
「湊くんってかっこいいね!」
「男に言われても嬉しかねぇよ!てかニマニマやめろ‼」
「じゃあ私が言ってあげようか?かっこよかったよ湊」
「…へ?」
いつの間にかこっちに来ていた陽さんと葵くんに会話を聞かれていたようだ。
陽さんからの感謝に不意を突かれたのか湊は固まってしまう。
「え、いや…えっと…ま、まぁそうだろうなって感じだよな!かっこいいことしてしまってというかなんと言うか!」
「湊くん」
湊くんの謎テンションには触れずに葵くんは湊くんの方をまっすぐ見て話しかける。
「ありがとう、助けてくれて」
「…別に、お前のためってわけじゃねぇよ。こっちにもざいあ…あぁもう色々あんだよ」
湊くんはばつが悪そうに頭を掻きむしると改めて葵くんに向き直る。
「お前、アカメは好きか」
「え、えっと…うん、好き」
僕も予想外の告白に不意を突かれ固まってしまうも、そんなことは無視して話は進む。
「そうか…お前の方からも大事にしてやれよ。こんな馬鹿は中々いないからな」
「も、勿論当たり前でしょ!あと先に褒めたのは僕だからね!」
「なんの話だよ…」
勝手に因縁をつける葵くんとなんの話だかまるで分かっていない湊くん、固まる僕にそれをデコピンして「むー…」と少し拗ねている陽さんとカオスな状況のままお昼の時間は過ぎていった。
ちなみに購買はとっくに売り切れており、陽さんと葵くんから少しずつもらったおかずと携帯食料で過ごすことになった。




