10話 訓練
「なるほど、身体が男性で精神が女性か。ふむ…」
「何か知ってる?ベル」
夜、僕はベルに修行をつけてもらっている最中に葵くんのことを聞いてみた。
かなり長く生きているらしいし、もしかしたら何か葵くんの助けになれるようなことを聞けるかもしれない。
ベルは少し考える素振りを見せた後、そのまま下を向きながら僕に話しかける。
「知っているか知らないかで言えば、知っている」
「本当⁉」
「だが、あまり話したくはない話だな」
珍しくベルにしては歯切れが悪いな。
言いたくないなら知らない振りをすればいいのに、変に律儀なところあるよな。
だが、こちらとしても引くわけにはいかない。葵くんに関わる手掛かりが掴めそうなんだから。
「全部じゃなくても、少しでいいんだ。話せることはない?」
「まぁ…少なくとも何か問題があるとか、その者が狂っているというわけではない。前例はある。今すぐどうにかなる話でもないし、大事に思うなら傍にいてやれ」
「そっ…か」
ベルがそれ以上喋りたくなさそうにしていたので何だか聞きづらい。
だが、何も得られなかったというわけではない。
ベルの口から前例はあると聞くことが出来たし、少なくとも葵くん一人だけじゃないと分かっただけでも収穫だ。
葵くんの不安を直接取り除くことは出来なくても、僕や陽さんが傍にいればいい。
「それにだ、特におかしいところも当人が狂っているわけではないということも、直接見たお前が一番よく分かっているだろう」
「それは…そうだけど」
「そいつを見てお前はどう感じた?」
ベルにそう言われて僕は葵くんへの印象を思い起こす。
何と言うか、不思議ではあるけど違和感はない感じ?
葵くんを男の子と言われてもあんまりしっくりはこない。いや、実際には男の子なのだろうが…なんと言うか…上手く説明できないが女の子と言われた方が断然しっくりくる。
「そう、だね。違和感はない…かも?」
「お前は魔力を知覚するのと同時にこの世界に溢れるエネルギーを知覚できるようになった。そしてそのエネルギーの根源は人の感情や想い、人の心や精神に起因するものだ。よってそのエネルギーを抱えるものを見る時、我々の眼には見たそのままのものではなく本質的なものが映りやすい」
「…というと?」
「その葵という少年の本質、精神は紛れもなく女性のそれであるということだ」
ベルの言葉に僕は眼を丸くした。
「…なるほど、確かにそう言われるとしっくりくる」
「これ以上は話さん。後は自分で…いや、その葵とやらが自分で自分とは何者であるかを自覚できるのが望ましいな。…しかし、面白い人間と知り合ったものだな?」
「やめてよ、そういうのが理由じゃない」
少々ムッとしてベルの言葉に反論した後、僕は上を見上げた。
「…ところで、起こしてくれる?」
「自分で起き上がれ」
僕はずっと仰向けで地面にぶっ倒れていた。
理由は簡単、魔力の使い方と身体の使い方を本格的に学ぶためにベルに稽古をつけてもらっていたから。そして何度も敗れて起き上がる力も気力も尽きてしまったためそのまま休憩に入ったからだ。
「休憩は終わりだ、魔力を練り直せ」
「…厳しいな、もう」
僕は気合で起き上がって影が出来ている部分に手を当て、深呼吸をして魔力を練り直す。
少しずつ、少しずつ身体中から魔力を左手に集中させる。
ある程度集めることが出来たら今度は作りたい形をイメージし、魔力を徐々に体外に放出していく。
時間にして二~三十秒ほどであろうか。程なくして僕の左手には影から引き抜かれた闇を押し固めたような黒い短剣が握られていた。
「そこそこ早くなってきたな」
「お世辞はいいよ」
魔力の使い方を本格的に学ぶにあたって僕に教えられた技術は二つ。
一つは隠蔽以外の他の魔力操作。循環、収束、放射、拡散etc…戦闘やその他の面においても出来ることの幅が一気に広がる基礎中の基礎にして絶対的な主柱となる技術。
そしてもう一つは固有技能。悪魔は生まれた時点で素養と取り込んだエネルギーの量で格みたいなものが決まるらしい。そして一定以上の格になると悪魔は固有の力を持つようになる。
この悪魔としての素養が分かりやすく、圧倒的に高いという証明になるのが赤い眼である。
幸か不幸か、ここにきて赤い眼の存在価値が僕の中で上がることになるとは…。
というわけで、赤い眼を持っている僕も一定の格が保証されるということになり、僕にも固有能力が存在している。
そしてここでも驚きだったのが、能力がベルと全く同じものであったのだ。
ベルは「残念だったな、いやおめでとうと言うべきか?」と言っていたが、先達がいるのは教えて貰えるということなのでそこは素直によかったというべきだろうか。
『闇影の理』とベルは呼んでいた。この世に存在する闇や影を使役する力であるとのことだ。
漠然とし過ぎてよく分からない部分もあるが、その内理解できると流された。
今の僕は基本的に暗い場所や影が出来ている部分でしかこの力を使うことができない。現時点で出来ることは闇や影から任意の形で抽出して物体を形成できること。
ベルは自身の影から一瞬で短剣を生成していたので自身の影に手を当てて真似をしてみたが、うんともすんとも言わなかった。
どうやるのかと聞いたところ、こちらに関してもそのうち出来るようになると流された。
まだまだ出来ないことも多く、分からないことだらけではあるが、本格的に悪魔としての戦い方を教えられているといった感じだ。
「いくよ、ベル」
「宣言してから向かってこようとするとは、まだまだ余裕があるな」
僕は魔力循環によって強化した身体でベルとの間合いを一瞬で詰め、収束によって強化した一撃でベルの胸元に一撃を入れようとし、
「先ほどよりは速いが遅すぎる。それと何度も言うが、馬鹿正直に突っ込んでくるのは止めるんだな」
あっさりと手首を掴まれた。そして足払いで宙に浮かせられ、そのまま腹に蹴りを入れられて地面に転がされる。
「ぐっ、ゲホっゲホっ…」
「ほう、攻撃を受ける前に腹に魔力を集中させたか。返り討ちにしている甲斐があるというものだ」
よく言うよほんと…やっぱり性格悪いなこいつ。
何とかベルをぎゃふんと言わせたいものだが…どうしたものか…。
「何寝っ転がっているんだ、早く起きろ」
「…へっ?」
ベル相手にどう戦えばいいかと思案を巡らせているところ、突然影が差し込み、目の前には見知らぬ執事服を着た少年が見下ろしていた。
「何間抜けな声を出しているんだ、早く起きろ」
「は、はい…」
何がなんだか分からないが、とりあえずその言葉に従って身体を起こす。
誰なんだ、いきなり現れたぞ…。
「そいつはアルマ、この屋敷で仕事をしてもらっている使用人の一人だ」
「え…ベルとレイ姉さん以外に住んでいる人いたの⁉」
驚きの言葉を発すると同時に僕はアルマと呼ばれた少年に胸倉を掴まれた。
「おい、ベル様とレイ様に向かってなんだその口の利き方は…」
「なっ、ぐっ…」
「やめろアルマ。そいつは正式に仲間として迎え入れた。レイも家族と呼んでそいつにお姉ちゃん呼びとやらを強要している。何も無礼などない」
「そうでしたか、失礼致しました」
ベルの言葉に素直に従い、アルマくんはすぐに僕から手を離して一礼した。
なんだこいつ…と混乱していると聞き馴染みのある声が飛んでくる。
「アカメー、お姉ちゃんが来たよー」
「れ、レイ姉さ…ん?」
声に反応してそちらを向くと案の定レイ姉さんがいたが、その後ろにまたもや知らないメイド服を着た少女が立っていた。
「えっと…」
「ん?あぁこの子?この子はリナ、この屋敷で家事とか色々してくれているの。そっかそっか初めましてだったけ」
「初めまして、アカメくん?だったよね。私はリナ、よろしくね」
「あ、アカメです…よろしくお願いします」
初めての人が急に二人も現れた突然の状況に困惑していると、ベルは突然出て行こうとする。
「え、ベルどこに…?」
「これでも多忙でな。私がいる時は私が師事するが、そうでないならアルマにお前を鍛えてもらう。闇影魔法は教えられないだろうが、魔力操作と戦闘に関する技術は保証する。精々励め」
「そんないきなり…」
「お、何?アルマが教えるの?アカメのために頑張ってね」
「ご期待に沿える様、全力で指南させて頂きます」
ベルは僕の言葉に耳を貸さずさっさと出て行ってしまうし、レイ姉さんとアルマくんは何か勝手に話進めてるし…。
状況についていけない僕にアルマくんが目を据えてくる。
「何を戸惑っている。俺が目の前にいるのに随分と余裕だな。言っておくが、俺はベル様ほど優しくはないぞ。生き残りたかったら死ぬ気で強くなれ」
「……物騒だね、本当にッ!」
僕はアルマくんが放つ迫力に思考を捨てて切り替え、強くなるために向かっていくのであった。




