9話 帰る場所
「と、とりあえず移動しようか!時間も惜しいしね!」
この場を包む、主に僕の気恥ずかしさから二人を立つように促して次に行く場所も決めず歩き出そうとした、が…。
葵くんの表情が一転して青ざめたものに変わってしまった。
「葵くん、どうし…!」
「…お、お願い。このまま…!」
葵くんは僕の胸に身体を預けるように隠れて縮こまってしまった。
本来であれば先ほどの陽さんの時同様たどたどしくなってしまうところではあるが、葵くんの様子からそんな気は微塵も起きない。
様子が急に変わったためとりあえず落ち着かせようと葵くんの手を握る。
その手は相馬くん達の前に居た時と同じく冷たかった。僕も冷え性であるためかなり冷たいのだが、同じかそれ以上に凍えている。
何があったのかと葵くんの視線を追うと、一つの集団が目に留まった。
「あの人たちは…友達?」
「………前同じ学校だった」
それだけ聞けばもう十分だ。この様子だといい思い出はなさそうだし。
「反対方向から外に出ようか。歩けそう?」
「だ、大丈夫…」
「そっか。僕と陽さんで隠すように歩くから安心して」
そのまま僕と陽さんは葵くんの歩調に合わせるようにしてゆっくりと建物の外に出た。
そして少し歩いたところにある公園のベンチに葵くんを腰かけさせる。
「……ごめんね、僕のせいで。台無しにしちゃって」
「どこが台無しになったのよ、葵くんは何も悪くないでしょ」
「そうだよ、葵くんがいるから僕らも楽しいんだから」
葵くんは小さい声で「ありがとう…」と口にはするがその表情は暗い。
そのまま公園のベンチに三人で座り、無言のまま少し経った辺りで葵くんがポツポツと話し出した。
「……あの子達の中にね、中学校まで同じ学校だった人たちが居たんだ」
「…そうだったんだ」
「うん、そう。相馬くんもずっと同じ学校でね。僕がおかしいってことは小学校から同じ学校だった人たちは皆知ってるんじゃないかな」
「おかしいなんて…」
「いいんだよ、たとえおかしくないって主張しても周りと違うことには変わらないから」
葵くんはそう言って自嘲気味に笑う。
「自覚した最初の頃はね、これが僕なんだって周りに理解して欲しかった。だけど…そう上手くはいかないものだね。同じ学校の人達からは相馬くんを筆頭にからかわれたりいじめられたり、先生は表ではいじめの仲裁こそはするけれど相談にもまともに乗ってもらえなかった。家族からも…大事にはしてもらってはいるけれど、それは自分を押し殺すようになってからで、本当の僕は煙たがられた」
葵くんの語りに僕らは何も言えずに耳を傾けていた。
一体どれだけ辛かったのだろうか。明確に自分というものを自覚しながら、それでも押し殺さなければならない負担はきっと計り知れない。
「そうしていくうちにね、もう誰にも本当の僕は見て貰えないんだって…疲れちゃったんだ。そこからは周りに流されることを選んだ。ヘラヘラしていればひとまず悪化することはないからね。高校に入る時はやっと誰も僕を知らないところに行けるって思ったけど、相馬と同じって知った時は膝から崩れ落ちたなぁ」
そこまで言って葵くんは立ち上がると座っている僕たちの方に向き直る。
「またヘラヘラしながら過ごすんだなぁって思ってた時に、アカメくんや陽ちゃんに会えた。初めてだったんだよ、おかしい人としてじゃなく対等に目線を合わせて話してくれる人は。僕でももしかしたら変われるかもしれないって思えたんだ。だけど…やっぱり上手くはいかないね。知ってる顔を少し見るだけでこうなっちゃうなんて…」
葵くんはまた自嘲気味に笑い、俯いてしまった。
この子のトラウマは根深いものだ。そしてそれは自分で乗り越えなければいつまでも心の傷として残り続ける。周りがどうこう言って解消されるものではない。
なら、僕がするべきことは…。
僕は立ち上がって俯いたままの葵くんの手を握った。
「葵くん、これから時間ある?」
「…ある、けど」
「少し歩くけど、ついて来て欲しいところがあるんだ」
僕らは二十分ほど歩いたところにある少し大きめの建物の前まで来た。
僕はその建物のインターホンを鳴らし、少し待つと
「アカメだぁ!どうしたのー!」
「はるちゃんもいるー!」
「知らないおねぇちゃんもいるー?なんだなんだー!」
玄関から元気な子どもたちが一斉に飛び出してきた。
葵くんは予想外だったのか少し固まってしまっている。
「あらアカメくん、今日はどうしたの?」
「皆に会いたくなっちゃって、少し遊んで行ってもいいです?」
「嬉しいわぁ。けど、綺麗な女の子二人も引き連れちゃって。隅に置けないねぇアカメくんも」
「い、いや、あはは…」
僕が連れてきた場所、それは孤児院だ。
悲しいことだが、身寄りのない子どもというのは一定数存在する。僕も昔の記憶がなく、身寄りもなかったためおばさんが引き取ってくれた。だから他人ごとのように思えなくてたまに通って遊び相手になっていたりするのだ。
ここなら或いは、葵くんの心を少し軽くすることが出来るかもしれない。そう考えて連れてきた。
「アカメこっちこっち!今庭に秘密基地に作ってるんだ!手伝ってよ!」
「わ、分かった!じゃあ陽さん葵くんを任せた!」
「え、あ、アカメくん!」
「任されたよ」
「はるちゃんたちはこっちきて!おままごとしよぉ!」
僕たちはあっという間に子どもたちの渦に飲み込まれていった。
僕の方は…まぁ大変だった。秘密基地とはいっても段ボールでつぎはぎにした所々折り紙で装飾してある家というかデカい入れ物のようなものが庭に出来上がっていた。
これを木の上に上げることが目標とか言い始めたので流石に止めて妥協案を何とか押し通した。
まず透明なガムテープで家を補強して、このままでは雨が降ったら即おじゃんなので乗せる予定だった木の下に移動させた。
そうして木を支柱にして物干し竿なんかを使って上にブルーシートを張って外でも使えるようにした。
出来上がってから物干し竿を勝手に使ったのがバレて、小言を言われ萎縮している所をチビたちに見られて笑われたのはちょっと悔しかったり。
途中陽さんと葵くんの方を見たが固かった葵くんの表情が段々柔らかくなっていくのを見てとても安心した。
楽しそうにする二人の方を見つめていたら木の上から僕の方にダイブしてきたがきんちょがいたが…普段保母さんたちにこんなことしてないよな…と心配になった部分もある。
なんだかんだで楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、帰る時間が迫って来た。
「よーしチビたち集合!アカメにいちゃん達からお菓子を進呈します!」
「お菓子⁉」
「やったぁ!」
「おいチビって呼び方やめろぉ!」
やっぱりお菓子はいい、美味しいものは皆笑顔になる。
「アカメくんいつもありがとねぇ」
「いえいえ、保母さん達も貰って下さい」
「あらあら嬉しいねぇ」
僕は鞄を広げて陽さんにはチョコのアソートの袋、葵くんには塩レモン味のアメの袋を渡す。
「え、僕も?」
「もちろん。ほら、皆待ってるよ」
葵くんは子どもたちの方を向くとキラキラした目を向けられていることが分かったのかおずおずと配り出す。
「は、はい。どうぞ」
「ありがとう!あおいちゃん!」
貰った女の子はパアっと花が咲くような笑顔を見せ、葵くんにお礼を言う。
「…ふふっ、こちらこそ」
「あおいちゃん僕にも!」
「私が先でしょ!」
「ま、まって喧嘩しないで!」
慌てて皆に配り出す葵くんを見ていると自然に笑顔が浮かんだ。
陽さんは何度か来ているので手慣れたもので、サクサク配っている。
少しだけ「私のチョコ…」という表情をしている気がしなくもないが、流石に子どもからは取らないらしい。
僕は僕で保母さんたちにクッキーを配る。
「どうぞ」
「ありがとう…それで、どっちなの?」
「どっち?」
「アカメくんはどっちが本命なの?まさか二人とも⁉」
「変なこと言うの止めてください?」
普段から出会いがないと何故か僕にもぼやいてくる保母さん達はこういった話題がどうもお好きらしい。
全員に配り終えたところでいよいよ時間となり、僕たちは孤児院を出た。
「またなぁアカメ!今度は電車と路線作ろうなぁ!」
「はるちゃんまたねぇ!」
「あおいちゃんもまた来てね!」
少し名残惜しさもありつつ、僕たちは帰路につく。
「どうだった?葵くん」
「……楽しかった。いいね、ああいうのも」
葵くんは多少憑き物が落ちたような表情を浮かべていた。
「…葵くんが心に抱えているものはさ、きっと葵くんじゃなきゃ解決できないものなんだと思う」
「…うん」
「今までずっと一人で頑張ってきて、その結果が今だからさ。変わりたいけど変われないっていうのは辛いかもだけど恥じることではないよ。それは君が今まで戦ってきた証だと思うから。僕は君を尊敬している」
僕は一歩先に踏み出し、葵くんの方を向く。
「だから君が笑えるように、君が好きな自分に変われるように、君が胸を張って自分を主張できるようになるその日まで、僕たちは君の居場所であり続けるよ」
葵くんは虚を突かれたように固まって、そしてすぐに泣きだしてしまった。
「あー、泣かせた」
「いや、ちっ違うでしょ!え、違わない⁉いや違…」
「堂々としてなよ、カッコつかないよ」
陽さんは葵くんを抱きしめて頭を撫でた。
「私も、アカメと同じ。葵くんの帰れるところになるから」
「うんっ…ありがとう、二人とも…!」
こうして、僕たちの初めての遊ぶ約束は終わった。
まだ問題は山積みだ。まずは僕にできること…理不尽に抗う力を手に入れなくては、と心に決めた。




