第8話 母になった王妃
1778年12月、ヴェルサイユで長女が生まれた時、わたしは初めて王妃であることを一瞬だけ忘れた。
出産の部屋には人が多すぎた。王家の子の誕生は公の出来事で、誰もが見届ける権利を持っているような顔をする。息が苦しい。布の匂い、蝋燭の熱、人の気配。痛みの波が来るたび、わたしは自分の身体さえ自分のものではないように感じた。
けれど、泣き声が聞こえた瞬間、世界が切れた。
女の子だった。
マリー=テレーズ。
王朝が待ち望んでいたのは、もちろん男の子だった。誰かの顔に、ほんのわずかな落胆が浮かんだことも分かった。けれどわたしには、その子が生きて泣いていることだけで十分だった。
「女の子でございます」
そう告げられて、わたしは笑った。
「では、わたしの味方がひとり増えたのね」
声はかすれていた。
それでも、その言葉だけは自分のものだった。
初めて腕に抱いた時、小さな体は驚くほど軽く、温かかった。王女。王家の血。政治の意味。そんな言葉が周りにいくつもあるのに、わたしの腕の中ではただの赤子だった。
母になるとは、世界が急に小さくなることなのだと思った。
この子の息。この子の指。この子の泣き声。
その小ささが、何より大きかった。
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長女が生まれたあとのヴェルサイユで、わたしは祝いの言葉の中に混じる小さな落胆を聞き分けていた。
誰も露骨には言わない。王女の誕生は喜ばしい。そういう顔をする。けれど、王朝が待っていたのは男の子だった。祝福の中に、次こそは、という空気がある。赤子を抱いたばかりの母の前でさえ、未来の世継ぎの話は遠慮なく近づいてくる。
「かわいらしい姫君でございます」
「ええ、本当に」
わたしは答えた。
この子は、次へのつなぎではない。
そう言いたかった。
けれど言えば、王妃として感情的だと思われるだろう。わたしは腕の中の娘を見た。小さなまつげが震えている。この子はまだ、祝福の温度差など知らない。ただ生きている。その事実だけで十分なのに、宮廷はすぐに意味を足す。
母であることは、喜びだった。
同時に、子どもが生まれた瞬間から評価される痛みを知ることでもあった。
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1781年10月、ヴェルサイユで王太子が生まれた時、宮殿の空気は明らかに変わった。
男の子。
ルイ=ジョゼフ。
その知らせは、喜びというより、長く張っていた弓の弦がようやく緩んだように広がった。世継ぎが生まれた。王朝は続く。人々はそういう顔をした。祝福は大きく、笑顔は明るく、わたしを見る目は以前より少し柔らかい。
不思議だった。
わたし自身は急に変わったわけではない。けれど男の子を産んだというだけで、周囲の態度が変わる。王妃としての価値が、子どもの性別で測られていたことを、わたしは喜びの中で改めて知った。
「おめでとうございます、陛下」
何度も言われた。
「ありがとう」
何度も返した。
けれど胸の奥には、少しだけ冷たいものもあった。
この子は、生まれた瞬間から期待されている。
わたしがかつて、家の中で数えられていたように。
腕の中の息子は、そんなことを何も知らずに眠っていた。柔らかい頬、小さな口、弱い手。王太子という言葉は、あまりに大きすぎて、この小さな体には似合わなかった。
「あなたは、まだただの赤ちゃんでいていいのよ」
わたしは小さく言った。
誰にも聞かせるつもりはなかった。
けれど、そう言わずにはいられなかった。
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子どもたちがいる部屋では、わたしは王妃ではなく母でいたかった。
マリー=テレーズはまっすぐな目でこちらを見る。ルイ=ジョゼフは小さな手を伸ばす。後に生まれたルイ=シャルルはよく動き、ソフィーは短い時間しかこの世に留まれなかった。子どもが増えるたび、部屋の空気は変わる。泣き声、笑い声、布のこすれる音、乳母たちの足音。そこには宮廷とは違う忙しさがあった。
その忙しさが、わたしには愛おしかった。
母としての時間には、役目とは別の重さがある。眠れない夜、熱を測る手、泣き止まない声に焦る胸。王妃の務めよりもずっと小さく、ずっと直接的で、逃げ場がない。
けれど、その逃げ場のなさは嫌ではなかった。
わたしは必要とされていた。
王妃としてではなく、母として。
「陛下、お支度の時間でございます」
女官が告げる。
わたしは眠っている子どもの手をそっと離した。
「もう少しだけ」
「お時間が」
「分かっているわ」
分かっている。王妃の時間は待ってくれない。母でいる時間も、王妃の予定表の中へ押し込まれる。子どもを抱く手と、宮廷へ出る手が同じであることを、わたしは何度も思い知らされた。
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1780年代の初め、わたしは母であることによって少し救われ、同時にさらに縛られていた。
子どもたちは、わたしを人間に戻してくれる。プチ・トリアノンでの風や音楽と同じように、彼らの存在は、わたしに王妃ではない呼吸を思い出させた。けれど王家の子どもは、ただの子どもではいられない。彼らの健康、性格、泣き声、成長、すべてが王朝の未来として見られる。
わたしは母として守りたい。
でも、王妃であるわたしの周りには、いつも人の目がある。
子どもの部屋へ向かう廊下で、わたしは時々足を止めた。
この子たちは、わたしより自由に生きられるだろうか。
そんな問いが浮かぶ。
答えはすぐには出ない。
ただ、胸の奥で不安が小さく動いた。
わたしはかつて、母に送り出された娘だった。今度はわたしが母になった。母になれば、娘であった頃の痛みをすべて理解できると思っていた。けれど違った。理解できるほど、怖くなる。
子どもを愛することは、弱点を持つことでもある。
その弱点を、時代がいつか掴みに来るのではないか。
わたしは眠る子どもの額に触れた。
まだ温かい。
この温かさを守りたい。
王妃としてではなく、ただの母として、そう願った。
けれど、願うことと守れることは同じではない。
その差を、わたしはこれから何度も思い知らされることになる。




