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歴史人物ノベル-フランス革命編  作者: Miris
ラファイエット

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第5話 広場に響いた銃声

 1791年7月17日の朝、シャン・ド・マルスへ向かうパリの石畳は、夜の湿り気を残したまま人々の足音を受け止めていた。私は国民衛兵の列の前で馬を止め、遠くに集まる人々の影を見た。王の廃位を求める署名。その言葉だけなら紙の上の行だが、広場に置かれた瞬間、それは熱を持つ。


「司令官、人数が増えています」


 副官が馬を寄せた。声を低くしているのに、焦りは隠せていない。


「市長は?」


「バイイ殿が市庁舎で対応を急いでいます。赤旗の準備も進んでいると」


「赤旗か」


 私はその色を思い浮かべ、胸の奥が重くなるのを感じた。


 三色の帽章を作った時、色は人をつなぐものだと思いたかった。青と赤と白。パリと王と新しいフランス。だが今日の赤は違う。解散しなければ力を用いるという、秩序の名をした警告だ。


「銃に弾を込めさせるな」


「すでに一部は」


「確認しろ。命令なしに構えるなと伝えろ」


「群衆は敵ですか」


 副官の問いに、私は広場を見た。


 家族連れもいる。帽子を深くかぶった職人、赤ん坊を抱いた女、好奇心で来た若者、怒りで来た者、ただ友人に引かれて来た者。群衆と一言で呼べば簡単だ。だが、目で見ると一人ずつ顔がある。


「敵と呼んだ瞬間、こちらの指が軽くなる」


「では、何と呼べば」


「同じ国の人々だ」


「同じ国の人々が、王の廃位を求めています」


「だから難しい」


 言いながら、自分の声が少し荒れているのを感じた。兵に落ち着けと言う者が落ち着いていない。滑稽だ。だが、滑稽で済むならどれほどよかったか。


 広場の中央では、人々が壇のような場所に上がり、紙を広げていた。風に乗って、切れ切れの言葉が届く。


「裏切り者!」


「国民の名において!」


「王はいらない!」


「自由を!」


 どの言葉も、数年前なら宮廷で慎重に扱われたはずだ。今は裸のまま空へ投げられている。私は馬上で手綱を握り直した。手袋の内側に汗がにじむ。


 ここにいる者たちは、私が守ると誓った民だ。だが、もし広場が暴発すれば、同じ民が踏まれ、刺され、撃たれる。止めるために近づけば、私は弾丸の側に立つことになる。


「自由は必要だ」


 誰にも聞こえないほど小さく言った。


「だが、自由の名で人を踏みにじるなら、それは別の鎖だ」


 自分の言葉なのに、今日はまるで他人から突きつけられた判決のようだった。


 ******


 昼を過ぎる頃、シャン・ド・マルスの熱はさらに濃くなっていた。噂が走る。誰かが殺された。誰かが武器を隠している。誰かが兵を買収した。どれが本当で、どれが恐怖から生まれた影なのか分からない。だが、噂は真偽を待たずに人を動かす。


「司令官!」


 若い国民衛兵が駆け寄ってきた。顔が青い。


「広場の奥で、兵に石を投げろと叫んでいる者がいます」


「見たのか」


「声だけです」


「声だけで撃つな」


「撃ちません。ですが、兵が怖がっています」


「怖がっているなら、なおさら銃口を下げさせろ」


「怖い時ほど、構えたがります」


 その言葉は正しかった。銃を構えると、人は自分が守られているように感じる。だが、構えられた銃口を見た側は、次に自分が殺されると思う。恐怖は向かい合うと、互いを大きくする。


「伝えろ。銃は盾ではない。最後の線だ」


「最後の線とは、どこですか」


 若い兵の目が揺れていた。答えを欲しがる顔ではない。答えが遅れれば自分が壊れると知っている顔だった。


 私は息を吸った。


「私が命じるまでだ」


「司令官が?」


「そうだ。迷ったら私を見ろ」


 兵はうなずいた。だが、その顔には安心より不安が残った。私を見れば本当に答えがあるのか。彼はそう疑っている。私自身も、完全には否定できなかった。


 その時、市長バイイが赤旗を掲げて進んできた。彼は学者らしい落ち着きを保とうとしていたが、手元の杖がわずかに揺れていた。私にはそれが見えた。見えたから、彼もまた怖いのだと分かった。


「ラファイエット」


 バイイが私のそばへ来た。


「解散を命じます」


「言葉で届く間は、言葉で」


「そのための赤旗です」


「赤旗は言葉であると同時に、脅しでもあります」


「法の警告です」


「広場の者たちが、そう受け取ればよいのですが」


 バイイは広場を見た。人々は赤旗に気づき、ざわめきを強めている。罵声が増えた。


「すでに遅いかもしれません」


「遅いと言うなら、我々は何をしに来たのです」


「だから急ぐのです。遅いと言い切る前に」


 石が飛んできた。兵の近くで乾いた音がする。馬が首を振り、列が少し乱れた。怒号が返る。兵の顔から血の気が引いた。恐怖が列に入ると、規律は薄い氷になる。


「隊列を崩すな! 銃口を下げろ!」


 私は叫んだ。声は広場の半分にも届かない。別の場所でまた石が飛んだ。誰かが倒れたように見えた。見えただけかもしれない。そう思う間にも、兵の一人が銃を構えかける。


「下げろと言った!」


 馬を寄せ、私はその銃身を手で押し下げた。熱い金属の感触が手袋越しに伝わる。兵の目は私を見ていなかった。広場の方を見ている。彼の内側は分からない。けれど、喉が上下し、唇が乾いているのは見えた。


「撃たれます」


「まだ撃つな」


「でも、司令官」


「まだだ!」


 強い言葉は、言う前に迷いを飲み込む。私は飲み込んだ迷いで喉を切ったような気がした。


 バイイの命令が読み上げられる。


 解散せよ。法の名において。


 広場から罵声が返る。


「法だと!」


「王を守る法か!」


「国民の声を聞け!」


 法。自由。国民。互いが同じ言葉を別の武器にして投げ合っている。私はその間にいて、どちらの言葉も止められない。


 すると、どこかで銃声がした。


 一発。


 空に向けた威嚇だったのか、誰かの恐怖が引き金を引いたのか、私は見ていない。見ていないことが、今も胸に刺さる。その一発は、広場のすべての顔を一瞬で変えた。


「誰が撃った!」


 私は叫んだ。


 返事はなかった。


 人々が叫び、走り、押し合う。兵が動揺し、隊列が波打つ。石がさらに飛ぶ。馬が跳ねる。私は手綱を引き、息を吸った。


 止めろ。


 誰か止めろ。


 心の中ではそう叫んでいた。だが、この場で誰かとは私のことだった。


「隊列を保て! 前へ出すぎるな!」


「司令官、押されています!」


「退くな!」


「撃ちますか!」


 その問いが来た瞬間、時間が細くなった。広場の音が遠ざかり、馬の息と自分の鼓動だけが残る。


 撃てと言えば、人が倒れる。撃つなと言えば、兵が崩れるかもしれない。どちらを選んでも、誰かが私を裏切り者と呼ぶ。いや、呼ぶだけならまだいい。誰かが死ぬ。


 私は口を開いた。


 自分の声が、自分のものではないように聞こえた。


「威嚇だ。低く構えるな。空へ」


 命令は出た。だが、命令の先で人は人のままだ。恐怖に押されれば指は引き金へ行く。怒りに押されれば足は前へ出る。


 次の銃声は、一発では終わらなかった。


 ******


 銃声が途切れた後、広場は急に広くなった。ついさっきまで人で埋まっていた場所に、帽子、靴、破れた紙、倒れた人影が残っている。泣き声がした。怒号よりも小さいのに、耳から離れない音だった。


 私は馬を降りた。足元の土が柔らかい。泥かと思った。だが、違う色が混じっているのに気づき、視線を上げた。見ないためではない。見続ければ、次の命令が出せなくなると思ったからだ。


「負傷者を運べ。医者を呼べ。追うな」


 声は出た。出てしまった。人はひどい場面でも手順を口にできる。そうできることが、今は自分の罪のように思えた。


「司令官」


 若い兵が私の前に立った。顔が真っ白だった。銃を持つ手が震えている。


「私は撃ちました」


「命令を聞いたのか」


「分かりません」


「分からない?」


「音がして、石が来て、隣が倒れて、それで……」


 彼の声が切れた。許しを求めているのか、報告しているのか分からない。


 私は彼を責める言葉を探した。見つからなかった。責めれば、自分の位置が少し楽になる。兵が悪い、群衆が悪い、市長が悪い、時代が悪い。そんなふうに名札を貼れば、血の重さは分けられる。だが、分けたところで軽くはならない。


「銃を預けろ。座っていろ」


「私は罰を受けますか」


「まず生きて、何をしたかを覚えていろ」


「覚えていたら、許されますか」


 私は答えられなかった。


 兵はその沈黙を受け取り、膝から崩れるように座った。私は彼の肩に手を置きかけて、やめた。慰める資格があるのか分からなかった。


 少し離れた場所で、医者が膝をついて包帯を広げていた。布はすぐに赤くなった。負傷者の一人が私の袖をつかむ。中年の男だった。作業着の胸元が破れ、呼吸のたびに喉が鳴っている。


「将軍」


 声はかすれていた。


「俺は、署名しに来ただけだ」


 私はしゃがみ、彼の手を握った。手のひらは硬く、爪の間に土が入っている。


「分かっている」


「分かっているなら、なぜ」


 その先は言葉にならなかった。医者が私を見る。私は手を離すべきか迷い、離せなかった。


 答えを言えば、嘘になる。言わなければ、卑怯になる。


「止められなかった」


 やっとそれだけ言った。


 男の目に失望が浮かんだ。怒りよりも、そちらの方が苦しかった。英雄でも守護者でもない。ただ止められなかった男。その見え方が、この場では一番正しいのかもしれない。


 男の手から力が抜けた時、私は立ち上がれなかった。広場の土に片膝をついたまま、破れた署名用紙が風でめくれるのを見た。そこには名前が並んでいた。乱れた字、丁寧な字、途中でインクが薄くなった字。群衆ではなく、一人ずつの名前だった。銃声は、その名前の上を通っていった。


「ラファイエット!」


 広場の端で、女が倒れた男にすがっていた。


 彼女は私を見ると、声にならない叫びを上げた。言葉はなかった。だが、その目だけで十分だった。


 おまえが撃った。


 おまえが自由を撃った。


 おまえが私たちを裏切った。


 私は反論できた。法を守るためだった。暴動を防ぐためだった。市当局の命令だった。王国を内戦に落とさないためだった。どれも嘘ではない。だが、倒れた人の前では、嘘でない言葉ほど薄く聞こえる。


 ******


 夕方、パリへ戻る道で、拍手はなかった。窓が閉じられ、戸口から人々の視線だけが出ていた。昨日まで帽子を振った手が、今日は拳になる。私はそれを当然だと思った。当然だと思えるだけのことを、広場に残してきた。


「司令官」


 副官が小さく言った。


「我々は、秩序を守りました」


 彼は私を支えようとしている。だから、その言葉を乱暴に否定することはできなかった。


「そうだ」


 私は答えた。


「だが、何を失ったかも数えなければならない」


「数えきれますか」


「数えきれなくても、数えようとしなければならない」


 副官は黙った。馬の蹄が石畳を叩く。音は整っている。整いすぎて、かえって腹立たしかった。世界は、悲劇の後も普通に音を立てる。


「明日から、あなたは責められます」


「今日からだ」


「それでも、命令は必要でした」


「必要だったという言葉は、時に人を救う」


 私は前を見た。


「だが、時に人を眠らせる」


「眠ってはいけないのですか」


「眠ったら、広場の顔を忘れる」


 副官はそれ以上言わなかった。


 夜、私は剣を外し、机の上に置いた。国民衛兵の剣。民衆のために持ったはずの剣。今日、その剣の影は民衆の上に落ちた。私は手袋を外し、掌を見た。血はついていない。それがかえって、逃げ道のようで嫌だった。


 窓の外で、誰かが私の名を叫んだ。称賛ではない。


 石が壁に当たる音がし、すぐに足音が遠ざかる。


 護衛が入ってこようとした。


「将軍!」


「来るな」


「ですが」


「今は来るな」


 守られる資格がないと思ったわけではない。そうではなく、今この瞬間に石を投げた者の怒りから完全に隔てられてしまうことが怖かった。


 私は机に戻り、破れた署名用紙の一片を取り出した。広場で拾ったものだ。名前の途中だけが残っている。誰の名かは分からない。だが、分からないからこそ重かった。


 歴史は死者を数にする。政治は事件名にする。私はせめて、その前に一片の紙として見ておきたかった。


 その紙を握る指が、知らずに震えていた。恐怖ではない。恐怖だけなら、まだ名前をつけられる。これはたぶん、取り返しのつかなさの重さだった。


 自由と秩序は同じ広場に立てるのか。


 シャン・ド・マルスは、その問いに答えなかった。ただ、答えを求める声を銃声で破った。翌朝になれば、急進派の怒りはさらに強くなるだろう。私の名は、民衆の味方から民衆を撃った男へ変わる。


 私は灯を消せなかった。暗くすれば、広場の顔がもっと近くなる気がした。だから朝まで、机の上の剣を見ていた。剣は何も言わない。ただ、私の沈黙だけを映していた。

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