第15話 最後の朝
1793年10月14日、コンシェルジュリーから革命裁判所へ向かう時、わたしは石の冷たさを足元で感じていた。
もう王妃ではない。そう言われ続け、そう扱われ続けてきた。けれど、何と呼ばれようと、歩く時の背筋だけは自分で選べる。わたしはそう思っていた。そう思わなければ、立っていられなかった。
裁判の場には、言葉が多すぎた。
浪費。陰謀。外国との通謀。国家への敵意。並べられる罪は、わたしの人生を他人の手で雑に縫い合わせた布のようだった。そこに本当のわたしがいるのかどうかなど、もう誰も気にしていない。
わたしは座っていた。
指先は冷えていた。
それでも姿勢は崩さなかった。
崩れた姿を見せれば、彼らはそれすら罪の形にするだろう。高慢だと言われ、弱いと言われ、演技だと言われる。何をしても言われるなら、せめて自分で選んだ姿でいたい。
裁かれているのは、わたしだけではなかった。
王妃という名。
オーストリアの娘という影。
人々が憎むために作った女。
それらが、わたしの席に一緒に座っていた。
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裁判の夜、コンシェルジュリーへ戻ると、疲れは体より先に目へ来た。
眠っていない。食べていない。長い問いと、短い答えと、あらかじめ形の決まった怒りに晒され続けた。けれど不思議なことに、心は完全には折れていなかった。折れる場所を、もう残していなかったのかもしれない。
石壁に背を預けると、昔の部屋を思い出した。
ウィーンの音楽の部屋。ヴェルサイユの鏡。プチ・トリアノンの庭。子どもたちの寝息。どれも遠い。遠いのに、消えてはいない。奪われたものが多すぎると、人は逆に、奪われなかった記憶にしがみつく。
わたしは目を閉じた。
もしもう一度、ウィーンの鍵盤に指を置けたなら。
そんなことを考えて、すぐにやめた。
戻れない場所を数え始めると、朝までに心が持たない。
今あるのは、この石の部屋と、次に呼ばれる自分の名だけだった。
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裁判の中で、母としてのわたしまで汚される言葉が出た時、胸の奥で何かが切れた。
多くの非難は、もう聞き慣れていた。浪費家。外国女。王家の敵。民の苦しみを知らない女。どれも痛まないわけではない。けれど、それらは長い年月をかけて浴びてきた泥だった。
しかし、子どもに関わる下劣な言葉だけは違った。
息子を奪われた母に、その母子の名誉まで踏みにじるのか。
怒りがこみ上げた。
でも、叫ばなかった。
叫べば彼らの望む姿になる気がした。
わたしは顔を上げた。
「自然そのものが、そのような訴えに答えることを拒みます」
声は静かだった。
自分でも驚くほど静かだった。
その静けさの中に、わたしの怒りのすべてを込めた。
場の空気がわずかに変わった。女たちの気配が動いたのが分かった。母であることは、王冠より古い。王妃を憎む者でも、母への侮辱には別の痛みを覚えるのかもしれない。
けれど、それで判決が変わるわけではなかった。
裁きは、もう道を決めていた。
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1793年10月16日の未明、判決のあと、わたしは牢へ戻された。
死刑。
その言葉は、思ったほど大きな音を立てなかった。むしろ静かだった。長い廊下の先で、前から待っていたものがようやく姿を現しただけのようだった。
紙とインクを求めた。
書きたい相手がいた。エリザベート。あの人なら、最後まで家族の名で受け取ってくれると思った。娘のこと。息子のこと。夫のもとへ行くこと。許し。祈り。書きたいことは多いのに、時間は少なかった。
指が震えた。
寒さのせいか、疲れのせいか、別のもののせいかは分からない。
わたしは文字を書いた。できるだけまっすぐに。最後の手紙まで乱れたくなかった。そこに王妃の威厳を残したかったのではない。家族へ向ける言葉だけは、わたし自身の手で整えたかったのだ。
夫を失った。
息子を奪われた。
娘を残していく。
それでも、憎しみだけを最後にしたくはなかった。
憎しみは、すでにこの国に多すぎた。
わたしまで、それだけになりたくなかった。
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10月16日の朝、コンシェルジュリーの石壁はいつもより白く冷たく見えた。
夜明けというには、あまりに静かだった。見張りの足音、布の音、遠くのざわめき。すべてが最後の支度として耳に入る。白い服が用意される。髪を切られる。手を縛られる。
王妃だったころの支度とは、何もかも違う。
それでも、人に見られながら整えられることだけは同じだった。
わたしは少しだけ可笑しくなった。
ヴェルサイユで朝の装いを見物された日々。テュイルリーで監視された日々。裁判で裁かれた日々。そして最後の朝。形は変わっても、わたしの人生にはいつも視線があった。
ただ、この朝だけは違う。
最後にどう立つかは、わたしが選ぶ。
「時間です」
短い声がした。
「そう」
それだけ答えて立ち上がる。
足は思ったよりしっかりしていた。
処刑場へ向かう道で、わたしはパリの空を見た。
群衆の声は聞こえていた。罵りもあっただろう。好奇心もあっただろう。憎しみも、退屈も、勝利の熱も。その一つひとつを聞き分けるつもりはなかった。何年も浴びてきた悪意を、この朝に数え直す必要はない。
荷車は揺れた。
石畳の音がする。
ウィーンを出た日の馬車を思い出した。あの時も、わたしは知らない未来へ運ばれていた。国境で名前を替えられ、ヴェルサイユで花嫁になり、王妃になり、母になり、囚人になった。
いくつもの名を与えられた。
いくつもの名を剥がされた。
最後に残ったのは、名前ではなかった。
顔を上げること。
歩くこと。
自分の沈黙を、自分で選ぶこと。
処刑台の前で、わたしは息を吸った。
怖くないわけではない。
けれど、恐れに最後の顔を決めさせるつもりはなかった。
わたしはマリア・アントーニアだった。
マリー・アントワネットだった。
王妃で、妻で、母で、囚人だった。
そのすべてを通って、最後にここに立っている。
何もかもを失ったあとでも、人にはまだ残るものがある。
どう立つか。
それだけは、最後までわたしのものだった。




