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歴史人物ノベル-フランス革命編  作者: Miris
マリーアントワネット

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第14話 王妃ではなく、母として

 1792年8月10日、テュイルリー宮殿で、わたしは王家の終わりが扉を叩く音を聞いた。


 外の声が近い。武器の音がする。足音が増える。怒りが建物の中へ押し寄せてくる。ヴェルサイユの10月を思い出した。あの時も、扉は破られた。けれど今回は、もっと決定的なものが近づいていた。


 子どもたちを見た。


 母としては、ただこの子たちを遠ざけたい。


 王妃としては、逃げる顔を見せてはならない。


 その2つが胸の中でぶつかった。


「母上」


 娘の声が震えていた。


「こちらへ」


 わたしは手を伸ばした。


 王妃の手ではない。母の手だ。


 その日、王家は議会へ避難した。宮殿に残った者たちの血が流れた。王の住まいは、もはや王を守る場所ではなかった。わたしたちは王家として運ばれ、そして囚われる者として扱われ始めた。


 王政が終わる音は、壮大な鐘の音ではなかった。


 子どもの息を数える母の耳に、遠くの銃声として届いた。


 ******


 1792年9月、タンプル塔で、わたしは外の世界がさらに暗くなったことを断片で知った。


 牢の中にいると、出来事は完全な形では届かない。足音、囁き、見張りの顔色、遠くのざわめき。そこから外で何かが起きていると知る。親しかった者たちの名が、もう戻らない人の名として聞こえてくる。


 ランバル公妃のことを知らされた時、わたしはしばらく声を出せなかった。


 信じたくなかった。


 けれど、この時代は信じたくないことばかりを現実にする。


 彼女はわたしに近かった。その近さが、罪のように扱われた。わたしのそばにいた人が、わたしのために危険になる。そう思うと、自分の存在そのものが誰かを傷つける刃になったようで、息が苦しくなった。


「母上?」


 娘がこちらを見る。


 わたしは顔を整えた。


「何でもないわ」


 何でもなくなどない。


 けれど、何でもあると言えば、子どもたちが壊れる。


 母でいることは、自分の恐怖を後ろへ押し込むことでもあった。


 ******


 タンプル塔での暮らしは、時間を狭くした。


 王宮ではなく塔。部屋は限られ、窓は重く、見張りの気配は常に近い。けれど、家族が同じ場所にいる間は、まだ何かが残っていると思えた。食卓を囲む。子どもの声を聞く。ルイの顔を見る。その小さなことに、わたしは必死でしがみついた。


 ルイは以前より静かだった。


 王としての衣を剥がされても、彼の中の穏やかさはすぐには消えなかった。けれど、裁判が近づくにつれ、その静けさは祈りに似ていった。


「あなたは、怖くないのですか」


 ある夜、わたしは尋ねた。


 ルイは少しだけ考えた。


「怖くないわけではない」


 その正直さに、胸が痛んだ。


「ただ、もう逃げられない」


 わたしは何も言えなかった。


 逃げようとして失敗した夜を、わたしたちはどちらも忘れていない。あの失敗の先に、今がある。けれど後悔だけでは人は立てない。立つためには、今あるものを握るしかない。


 その時のわたしに残っていたのは、家族だった。


 ******


 1793年1月21日、夫が処刑された。


 その朝のすべてを、わたしは細かく思い出せるわけではない。むしろ、ところどころが白く抜けている。別れの時間。言葉。子どもたちの涙。閉まる扉。足音。


 ルイは行った。


 そして戻らなかった。


 王が死んだ。


 夫が死んだ。


 子どもたちの父が死んだ。


 どの言い方をしても、胸の穴の形が少しずつ違う。けれど、どれも同じ痛みへつながっていた。


 泣き叫ぶことはできなかった。


 叫べば、子どもたちが壊れると思った。わたしは母でいなければならない。王妃としてではなく、母として。夫を失った女として崩れたかった。けれど、子どもたちの前で崩れることは、残された最後の屋根を落とすことだった。


「父上は」


 息子が言いかけた。


 わたしはその小さな体を抱きしめた。


「祈りましょう」


 それしか言えなかった。


 祈りは、何も戻さない。


 でも、その時のわたしたちには、祈ることしか許されていなかった。


 ******


 1793年7月、息子がわたしから引き離された。


 その日を、わたしは最後まで忘れない。


 扉が開く。命令が告げられる。わたしは拒む。子どもを抱きしめる。けれど、母の腕は国家の命令より弱かった。どれほど力を込めても、守れないものがある。


「母上!」


 その声が、今も耳の奥に残っている。


 わたしは息子を離したくなかった。王太子だからではない。王家の希望だからでもない。ただ、わたしの子だからだ。熱を出せば額に触れ、泣けば抱き、笑えば胸が温かくなる、わたしの子だった。


 連れていかれる。


 手が離れる。


 声が遠ざかる。


 母としてのわたしは、その場で何かを失った。


 王妃として失ったものは、もう数えきれない。宮殿、評判、王冠、夫。けれど息子の手が離れた時の痛みは、それらとは違った。もっと直接に、身体の内側を裂く痛みだった。


 ******


 1793年8月、わたし自身もタンプル塔からコンシェルジュリーへ移された。


 娘と義妹を残していく。その事実だけで足が重かった。振り返れば、何かが崩れる気がした。けれど振り返らずにいられるほど強くもなかった。


「母上」


 娘の声。


 わたしは顔を上げた。


「あなたは、生きなさい」


 言葉は短かった。


 本当はもっと言いたいことがあった。謝りたかった。抱きしめたかった。母として守れなかったことを、どうか許してほしかった。けれど時間も、場所も、見張りの目も、それを許さない。


 コンシェルジュリーの石壁は冷たかった。


 わたしはもう王妃ではない。


 そう呼ばれることすら、敵意と嘲りの中で剥がされていた。


 未亡人カペー。


 そう呼ばれた時、すぐには振り向けなかった。


 名前は何度も変えられてきた。マリア・アントーニア。マリー・アントワネット。王太子妃。王妃。囚人。けれど最後に残っていたのは、たぶん母であることだった。


 その母であることさえ、子どもたちから引き離されていく。


 最後まで残るものは何か。


 石の冷たさの中で、わたしはそれだけを探し始めていた。


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