↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【彼女の計画_外伝】影たちの物語 〜彼らが残した、もう一つの選択と人生の足跡〜  作者: Taku
【彼女の計画_外伝】 ~光莉の章~『光莉の旅路』―地図にない場所へ―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
91/94

最終章 光莉の章 第5話「名前のない場所」

その集落にたどり着くまでに、光莉は何度も道に迷った。


地図の端からもこぼれ落ちるような場所。


誰かに道を聞こうにも、道すがら人に出会うこと自体がまれだった。獣道のような細い道を登り、下り、また登る。何日歩いただろう。自分の足が、もう自分のものではないような気がしてきた頃——突然、視界が開けた。


そこは、小さな盆地だった。


周りを山に囲まれ、中央にぽつりと数件の家がある。煙突からは煙が立ち上っている。畑には誰かがしゃがみ込んでいる。遠くで、子供の笑い声がする。


光莉はしばらくその光景を見つめていた。動けなかった。理由はわからない。ただ——そこにある風景が、あまりにも「静か」だったから。


「おや、旅の人かい」


声がした。振り返ると、白い髪の老婆が立っていた。杖をついている。でも、その目ははっきりとしていた。


「はい。通りかかったもので」


「そうかい。ここはね、誰も来ないところだよ。お前さん、迷い込んだんだね」


「……はい」


老婆はにこりと笑った。歯はほとんどない。でも、その笑顔はなぜか温かかった。


「泊まっていきな。どこでも空いてるから」


それは、かつてどこかの村で聞いた言葉と同じだった。でも、あの時とは何かが違う。光莉にはそれが何なのか、まだわからなかった。


光莉は、村の外れにある空き家を借りて、数日間そこに滞在することにした。


村での生活は、驚くほど規則的だった。朝になれば起きる。畑を耕す。食事をする。夕方になれば、家の前に集まって、何をするでもなく座っている。会話は少ない。でも、それが気まずいとは思わなかった。むしろ、その「何もしない」時間が、なぜか心地よかった。


ある日、光莉は村の女たちと一緒に畑仕事をした。誰も「ありがとう」とは言わない。でも、彼女が手を休めると、誰かが水を差し出した。何も言わずに。


「ここは、いつからあるんですか」


光莉が尋ねると、一人の老婆が首をかしげた。


「さあね。ずっと、あったよ」


「誰が作ったんですか」


「さあね。誰かが、作ったんだろうね」


それだけ。光莉はそれ以上、尋ねなかった。尋ねる必要がないことを、なんとなく感じたからだ。


夜。窓辺に座り、ノートを開く。


ここでの日々を書こうとしたが、ペンが動かなかった。書くことがないのではない。むしろ、書きたいことが多すぎた。でも、それを言葉にすると、何かがこぼれ落ちてしまいそうで、怖かった。


彼女はペンを置き、窓の外を見た。月がきれいだった。誰も見ていない。誰も気づいていない。でも、月はそこにある。自分も、そこにいる。それだけで、よかった。


数日後、光莉はその村を後にする決意をした。


特に理由はない。ずっとここにいてもいいと思える場所だった。でも、自分の足で歩いていたいという気持ちが、まだ彼女の中にあった。


村の入り口まで来たとき、誰かが見送りに来ているかと思った。でも、誰もいない。


遠くで、鶏の鳴く声がする。別の場所では、井戸を汲む音がする。彼らはそれぞれの仕事を続けている。光莉を「見送る」ために手を止める者は、一人もいなかった。


それが、彼らなりの「見送り」だった。


光莉は少しだけ振り返った。誰もいない。でも——誰かが「いた」気配だけが、そこに残っていた。


彼女は背筋を伸ばし、歩き出した。もう、誰かに見られることを気にしない。誰かを見ることも、必要以上にはしない。ただ、そこにいる。それでいい。


その感覚が、彼女の中で確かなものになりつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。