第5章 純の章 後半第4話【光莉という鏡】
『彼女の計画』の暴露騒動から、それほど間を置かないある日、一人の若い女性が私を訪ねてきた。
光莉――拓と瞳の娘だった。
私は彼女を応接室に通した。光莉の目はどこか拓に似ていたが、それ以上に穏やかだった。私のような「刃」の気配はなかった。
「純さん、お会いできて光栄です。父と母のことを調べていて」
「知ってるよ。あなたのこと、拓さんから聞いている」
光莉は少し驚いた顔をした。すぐに真剣な表情に戻る。
「純さんは、どうして父のことを書いたんですか?」
私は少し間を置いた。
「書かずにいられなかったから」
「それだけ?」
「それだけ。でも――」
最初は彼を孤独だと思っていた。でもそれは自分の投影で、彼はただ書くことが好きなだけだった。その誤解が私を動かし、創作者にした。
「つまり、純さんは誤解を燃料に書いたんですね」
光莉の言い方には、責める色がなかった。ただの確認だった。
「そういうことになる」
「父には刃が刺さらなかったとも書いていました。それはなぜですか?」
「その本質に気づいたのは、本を書いた後のことなんだけどね。彼は私を見ていたから」と私は答えた。
「私が彼を観察している間、彼もまた私を観察していた。思い上がりもいいところだった」
光莉は少し考え込んだ。そして、静かに言った。
「父はきっと、あなたのことを『傷つけられない人』だと思っていたのかもしれませんね」
私はその言葉に、一瞬、息を止めた。
「――そうかもね」
それが、私の知らなかったもう一つの真実だった。私は彼を傷つけようとしたのではない。傷つけられないと思っていたから、あそこまで無防備に刃を向けられた。その結果、実際には傷ついていたとしても。
「純さんは、後悔していますか?」
「後悔も何も、書かずにいられなかったんだ」
光莉はうなずいた。それ以上は何も聞かなかった。
「純さんは、今も書いているんですか?」
「毎日書いているよ。書かずにいられないから」
「歳を取っても?」
「歳を取っても、この衝動は消えないみたい。ずっと書く。死ぬまで書くんだろうな」
その時、私の目は確かに輝いていた。
帰り際、光莉が言った。
「純さん、今日はありがとうございました。お話しできて、よかったです」
「こちらこそ。光莉さん、君はお父さんとお母さんのいいところを受け継いでいるね。父の『核』と、母の『強さ』を」
光莉は照れくさそうに笑った。
その後ろ姿を見送りながら、私は思った。次の世代は、もうこんな歪な形で誰かを「見る」必要がないといい。だが、それもおせっかいというものだ。
私はただ、書く。それだけのことだ。




