第3章 康介の章 第1話【民主大国の青春】
康介の記憶の中では、あの頃の自分はいつも誰かの先頭に立っていた。
厳格な家に生まれた。父は一言も無駄を言わない男だった。「最適を選べ。それがお前の責任だ」。子供の頃から、そう叩き込まれた。
勉強も。運動も。音楽も。絵画も。
彼は常に「一番良い選択」を追求した。それは苦痛ではなかった。むしろ、自然なことだった。世界は最適解に向かって動いている。ならば、それを見つけ出し、実行するのが自分の役割だ――本気でそう信じていた。
彼にとって「最適」とは、全体の調和であり、最大多数の最大幸福だった。誰一人取り残さず、全員が納得する状態。それが彼の理想だった。
高校時代、彼は野球部のキャプテンだった。
レギュラー争い。補欠のモチベーション。チームマネージャーの存在。すべてに気を配った。勝利はもちろん大事だ。でも、それ以上に、部全体としての最適状態を彼は追い求めた。
ある夏の夕方、補欠の二年生が一人で素振りをしているのを見つけた。誰もいないグラウンド。日が落ち始めた空の下で、ただ黙々とバットを振る後輩。
康介は黙って隣に立ち、自分のバットを握った。
「一緒にやるよ」
理由はない。ただ、その光景が「最適」に見えなかったからだ。
後輩は何も言わなかった。でも、その後、確かに打率は上がった。
大学ではテニスサークルに入った。野球で痛めた肩が、本格的な競技を許さなかったからだ。でも、彼の「最適を目指す」性質は変わらなかった。
他の大学とのコンパ。友達は目当ての女性に声をかけに行く。でも康介は、全体を見ていた。
誰が盛り上がっているか。誰が取り残されているか。
彼は自然と、あまり喋っていない女子の隣に座り、話を聞いた。別に下心があったわけではない。ただ、その場のバランスを整えることが、自分の役割だと無意識に思っていたのだ。
「康介って、いい奴だよな「でも、何考えてるかわかんないときある」
友達のそんな評価を、彼は聞いたことがある。
その時は、ただ笑って流した。でも今思えば、あれは予兆だったのかもしれない。自分が追い求める「最適」と、周囲が求める「普通」の間に、少しずつ溝ができ始めていたことに、彼は気づいていなかった。
彼はいつも“正しい”側にいた。
でも、正しさの中には誰もいなかった。
最適を選ぶたびに、誰かの顔が遠ざかっていった。
※完結済【彼女の計画】も合わせてご覧ください。より深く物語を堪能できます。




