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第2章 沙織の章 第12話 【もう一通】
無料似顔絵を始めてから、さらに数年が経ったある日、沙織の元に一通の手紙が届いた。
差出人は、あの加害者の母親だった。便箋は前より黄ばみ、封筒の端は少し破れていた。
「沙織さん。あなたのSNSを見て、公園で似顔絵を描いている場所に、何度か見にいきました。私はまだあなたを恨んでいます。今も引っ越し先で、誰にも知られずに暮らしています。でも、あなたが描き続けているのを見て、少しだけ思いました。この人は、これからもずっと描き続けるんだな、と。息子は、あなたのことをどう思っていたんでしょうね。刑務所の中で、『自分の顔を描いてくれた人は、初めてだった』と言っていました。聞けなくなりました。でも、一つだけ確かなことがあります。息子は、あなたの絵を、初めて自分の顔として受け止めてくれたと言っていました。それは、覚えています。」
沙織はその手紙を、机の引き出しにしまった。最初の手紙と並べて。今もそこにある。時々取り出しては読む。彼が「初めてだった」と言ったというその言葉を、何度もなぞる。
答えは出ない。でも、それでいいと思える日も、少しずつ増えていた。




