第2章 沙織の章 第6話 【距離(本編『彼女の視線』炎上後)】
純の小説が炎上した。
沙織はそれをネットで知った。
コメント欄には、純を罵倒する言葉が並ぶ。
「人の人生を勝手に書くな」
「プライバシーの侵害だ」
「作者は死ね」
スクロールしても、スクロールしても、同じような言葉が続く。
沙織はそれを見て、体が震えた。
でも、その震えは、恐怖だけではなかった。
もし、あの同人誌のことがバレたら?
私の絵も、一緒に晒される?
頭の中に、自分の絵が並ぶ光景が浮かんだ。
コメント欄には、自分の名前も並ぶ。
「この絵も共犯だ」
「加害者の片棒を担いだ」
その想像が、沙織の喉を締め付けた。
同時に、腹の奥で何かが疼いた。
それは、恐怖と同じくらい強い――期待だった。
もし晒されたら、私はどうなる?
誰かに裁かれる?
その時、私は何を感じる?
その想像に、沙織は自分で驚いた。
電話をかける。
純が出る。
「純ちゃん……」
「どうしたの、沙織?」
声が、少し疲れている。
「あの……私、しばらく距離を置こうと思う」
沈黙。
何秒か、わからない。
長くもあり、短くもあった。
「……そう」
「私も、加害者になるのが怖いんだ。ごめん」
「うん。わかった」
電話が切れた。
沙織はスマホを握りしめたまま、しばらく動けなかった。そして、気づいた。
私は、また逃げた。
でも、その「逃げ」も、私の選択だ。
私は、純から逃げることを、選んだ。
その自覚が、胸の奥を満たした。
苦しいのに、どこか充足していた。




