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第2章 沙織の章 第2話 【選ばないことの快感(小学五年生)】
夏休みの自由研究で、沙織は近所の公園でスケッチをしていた。
ベンチに座る親子。
砂場で遊ぶ子どもたち。
それをただひたすら描き続ける。
でも、描きながら、沙織は考えていた。
私は、この人たちを選んでいる。
描く対象として、選んでいる。
この人たちは、私が選んだから、今ここに存在している。その思考自体が、気持ちよかった。
ある日、見知らぬ女性が話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、絵が上手いね。私も描いてくれる?」
沙織は顔を上げた。
四十代くらいの女性。
少し疲れた顔をしている。
沙織は一瞬で判断した。
この人は、私の絵で満たされるタイプだ。
描いてあげれば、すごく喜ぶ。
でも――
「ごめんなさい、今日はもう帰る時間なんです」
嘘だった。
まだ一時間は描ける。
でも、沙織はあえて断った。
女性は残念そうに去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、沙織は胃のあたりがじんわりと温まるのを感じた。それは、誰かを描いて喜ばせるよりも、ずっと深い充足感だった。私は、この人を描かなかった。この人の期待を、私が潰した。
家に帰って、沙織はスケッチブックを開いた。今日描いた絵を一枚一枚見返す。
そこには、自分の「選んだ」人たちだけがいる。その事実が、沙織を満たした。




