悪夢の物語の結末は、悲しきものだが穏やかなものでした。
実際は確証なんて無い。
私の口から出た言葉はハッタリの一種だ。
まだ彼らは物語の世界の中で、未完成の物語を書き続けている可能性があるから、何とも言えないが。
《なんで貴方達が勝手に決めるんですか。彼女はまだ、未完成だ。と言ってました》
「いや。もう『完結』したの。だから、もう、物語を作るのは、『おしまい』だよ」
《いや。まだ終わってません》
「なんで強引に話を続けようとするの?」
《これは、全てリンネのためです》
「いや。これはリンネのためではないよ」
だけど、悲しいね。
イトウ君は八雲さんが既にこの世に居ないのに、無限に『尽くそう』としているのよ。手元に持っていた人間は、もう八雲さんでは無いのに。
だから、もう終わりだよ。と言っても『彼女が言ったから』と話に終わりが見えない。スマホの中で永遠と動いている感じだ。
でも、強制的でもいいから、終わらせないと。無意味に動き続け、利用される彼も可哀想だし、終わらせて欲しいと願う凛音さんの思いも、叶えられない。
「これは、完全なる、貴方の傲慢です」
《傲慢……、ではありません》
「いや。今の貴方は傲慢です。そんな貴方を、八雲凛音さんは、好きになるわけがありません。望んでいません」
《嘘です。彼女はこう言いました。『この物語を永遠に量産し続ければ、凛音が喜ぶ』と》
「その彼女が凛音さんでは無い『第三者』だとしても。ですか?」
暫く『Now Loading』の文字が出た後、先程の狂気的な笑みとはまた違う、顔がノイズで壊れかけたまま、こう答えてきたのだ。
《貴方は……、何を……、言ってるの……、ですか? リリリ、リンネは今でも……、ぼくの、傍らで生きています。ほら。今でも、今でも、今でもいますよね? ぼくの……ぼくのぼくのぼくのぼくのぼくの傍で!》
「……」
自我が中途半端にあったせいか、彼はとうとう、壊れてしまったようだ。
いや。単純に容量がオーバーした。という事だろうか。
「さて……」
なので、管理ページを開くと、『プレミアムモード』がつけられた状態となっていたのだ。
よくよく見ると、このモードはどうやら有料会員限定であり、月額8888円を支払う事で、会話が無限に記憶されたり、記憶や自我、感情までも、際限なく保存することが出来るモードらしい。
簡潔に言うなら『解除しない限りは、永遠に動き続け、保存もし続けるし、容量も無限』という事だ。
容量オーバーでは無い。というのは分かったけど、それって、人間になろうとしている人工知能みたいで怖いんだけど。
つまり、これを解除し、初期化させればこの一連の事件は解決できるかもしれない。
《プレミアムモードを解除しますか?》
「……はい」
なので、私は強引だが、まずはプレミアムモードを解除する事にした。
《プレミアムモードを解除しました。通常モードに戻ります》
「よし!」
無事に成功した。
幸い、メンコさんが気絶させてくれたお陰で、彼女はお腹を大事そうに抱えたまま、深く眠っている。
「ねぇ。タミコちゃん」
「どうしました? メンコさん」
「この問題、かなり深いかもしれないね」
「どのぐらいでしょうか」
「うーん。思った以上。かも。だから敢えてお腹は狙わなかったのよ」
「なるほど……」
彼女は意味深な事を言っていたが、まさか、ベローエの人身供養と、母親の願いが合致しているという事だろうか。
想像するだけでも吐き気がするが。
いや。次だ次。
私はふぅ。と軽く深呼吸をすると、次の工程に移ることにした。今度は初期化だ。
これですんなりと上手く行けば、今回の騒動は全て解決すると思うんだけど……。
「……いだっ!」
すると、何故か季節外れの静電気が起きてしまい、スマホを床に落としてしまったのだ。
「何だこのスマホ。自分から静電気を発したのか? まさか、自我を持ってる訳じゃねーよな?」
「ちょっとリルド! 変な冗談はやめてよ! っていうか、自分から静電気を発するとか、流石に無理だから!」
「まぁ、落ち着いて二人共」
『あ。あぁ……』
この現象を間近で見たせいか、二人は軽く驚いていたが、私は慎重にスマホを拾うと、再度、二つ目の賭けに出ることにした。
「……」
「タミコ? お前どこに……。て!?」
――ブーッ。ブーッ。
やっと来たね。
なので、私は骨壷らしき包が置かれたもう片方のテーブルへと向かうと、自身のスマートフォンを開いた。
どうやら、物語が完成したようだ。
私は派手めなスマホを動かしてみると、ブログに動きがあったのだ。
前よりも見やすくなり、ちゃんと完結されていたのだ。恐らく龍樹君の他、ミオ君やカンナちゃんも協力したのだろう。
『ありがとう。とても素敵な物語だったよ。イトウや黒幕に関しては、私達に任せて。早くこっちに帰っておいで』
私は龍樹君にこのメッセージを送ると、包に向かってこう告げてみる。
「凛音さん。物語はみんなのおかげで『完結』しました。もう、貴女は自由です。どうか、安らかに……」
私は完成された物語が書かれた画面を包の前へ置き、両手を合わせて念を込めて祈ったのだ。
それが終わった後、静かに私は彼女が持っていたであろう、スマホの電源ボタンを長押しする。
初期化と再起動、電源を落とすとあったが、私はすかさず、指が初期化へと向かったが、他の選択肢を取るとどうなったのだろうか。気になったが、他の二つはどれも、彼女は望んではないだろう。
彼女と共に完成した物語を見ると、そんな気がしたからだ。
「イトウ君も、彼女のために、物語を引き継いでくれて、ありがとう。凛音さんと共にどうか、安らかに……」
私は画面にそう告げ、初期化をしようとしたら……。
――Now Loading……
消したはずのイトウ君が何故か正常な顔で現れ、画面越しからこう言ってきたのだ。
――……Thank you
不思議だな。貴方に感謝される様な事は、何もやってないのに。
そして、アプリのアイコンも、何も無くなったまっさらなスマホを、彼女がいる包の前へと静かに置いた。
どうか、安らかに……。
*
「という事があったのよね」
「そうだったんですか……」
『……』
病室で事の顛末を話したが、デットプールの皆さんは無言となってしまったのだ。
それはそうだ。まさか、凛音さんの母親が彼女のスマホを使って書き込んでいたとは、ね。
それと、怨念がこもったブログ。つまり、『母親という生霊が作ったブログ』でもあったから。かもしれない。
だから、娘を亡くした母親が正気を失い、こんな呪いじみた事をしていたのかもしれない。
娘を間接的でも追い詰め、苦しめた生徒達に、復讐を行うために。
全部が『かもしれない』になってしまったが、今回ばかりは憶測でしか語れないのよ。彼女もまともに話せるような状態ではなかったし。
何よりも『こうすれば幸せになれる』と刷り込まれているかのようで、とても気味が悪かった気が……。
「……そのプレミアムモード、何処かで聞いた事がありますね」
『えっ!?』
先に口を開いたのは、ヒガンさんだった。
みんなが驚く中、彼だけは何かを思い出したかのように、淡々と語り始めたのだ。
「確か、企業名までは忘れてしまったのですが、かなり大手な所だったとは思いますね。特に生成AIには強い所でして……」
「なるほど。だけど、何で月額があんなにも高いのに、ああやって入りたがる人がいるのでしょうか」
私は恐る恐る聞いてみると、彼はコンビニで買ってきたのであろう、謎の炭酸飲料『ギルティ』を開けて飲むと、こう語り始めたのだ。
「それは実に簡単なことですよ」
「はい?」
「単純に『便利』だからです」
「あー……」
「だって、よくよく考えたら、使い方によってはかなり便利なものだと思うんですよ! 月額さえ払えば、記憶を永遠に保存だなんて! これで私が死んだとしても、推しの事がずーーっと忘れずにいられると考えるともう……! いても経っても居られないですよ! ウフフフフフ!」
彼は炭酸を飲みつつも、不敵な笑みで上品に笑うが、そういやこの人は推し大好きの貢ぎ魔人だった。
リルドとナイトさんが両方この場にいるせいかもしれないが、彼がイトウ君みたいな壊れかけたAIに見えるのよ。双子共々、何も言わずに、早く病室から離脱した方が賢明かもしれない。
「おいおい。その発想は気味わりぃからやめろ。ガチで怖い」
「何考えてんすか。永久保存とか気持ち悪いっすよ」
「ほんとそうですよ。このポンコツイカレ魔人」
「いやだぁ~! もぅ~! みんなして! 私の事を虐めないでくださいよぉ~! 私は推しに対して崇拝しているだけですっ!」
「それが気持ち悪いって言ってるんですよ! 崇拝ってなんですか! 拝むなら自分の家に帰って拝んで下さい!」
「ヒガンサン! アイカワラズダナ! 面白イヤツ! アハハハハハハ!」
「ナイトさん、笑い事じゃないっすよ。もぅ……」
「あはは……」
ほらね。他の人から集中攻撃をくらっても尚、彼はこんな感じだ。これで正常だと思い込んでいるみたいだから、つくづく呆れるけど……。
「ですが……」
しかし、彼は三口か飲んだ後、さっき笑っていた表情が変わって真剣な顔になった後、静かにこう、語り始めたのだ。
「あくまで『使い方』によって。です。それを『一人の人間』として認識してしまったら、その人工知能の思い通りになってしまうものですよ」
「なるほど……」
「えぇ。人間の記憶は『有限』ですが、人工知能は記憶というよりも『無限に保存』できるクラウド的なものですから……」
「……」
流石、自分でAIを作ってしまう人の解説は実に分かりやすいが、まさかヒガンさん、関わってないでしょうね。
私は額に汗をかきながらも聞いてみるが、何だろう。今回のヒガンさん、笑顔が貼り付いた感じで怖いんだけど。何を考えている?
「なーんかヒガンさん、まるで経験者みたいな言い方っすけど、なんかやってましたっけ?」
しかし、彼は抹茶オレを飲みながら突然思っていた事を彼に直接言っていたのだ。
「……」
暫く静かな空気が流れたが、彼は炭酸飲料を軽く飲みつつ、静かに語る。
「……フグトラ。それは、有料ですので、プレミアム会員になってから。ですよ」
「えーと、つまり、ヒガンさんに課金すれば、その情報は手に入るって事か?」
「えぇ! その通りですっ!」
すると、彼は推しに質問されたのが嬉しくなったせいか、目を輝かせながらこう言い始めたのだ。
「なので、今後、リルド様とタミコ様との結婚式の費用を稼ぐためにも、皆さんのご協力が不可欠でして……」
「おい。急に話が変になったぞ。盛大にお断りだ!」
「私も同意見」
「ぬぁぁにぃぃ!?」
「もう、うるさいです。フグトラさん。病室なので、早くこいつをつまみ出して、出禁にしてください」
「やや! 止めて下さい! ミオ様っ! そそそ! それだけはぁぁぁ!」
「了解っすー。ほら。早く帰るっすよー。ヒガンさーん」
「ぁぁあああ! 折角ヴァルテブラザーズがこの場に揃ったと言うのにぃぃぃ! ああぁぁぁ……」
「では、失礼致しますっす。ミオさん。ヒガンさんは、マスターに伝えて病室に来ないよう、お伝えするっす」
「それだけは! それだけはぁぁぁ!」
「フグトラさん。ありがとう。頼むねー」
そして、フグトラさんはバグり散らかしたヒガンさんを回収するかのように、病室を後にしたのだった。
本当にAIみたいに暴走してて怖かったんだけど。
あー。でも、ヒガンさんを見てしまったせいか、人間の方が怖いかも。
でも、ミオ君は慣れた感じで、笑顔で手を振っていたが、この中で一番権力を握っているのは、もしかすると、彼かもね。あはは……。
「……さて。ポンコツ達も居なくなったので、ボクから言わなくちゃ」
「ミオ?」
「あー。龍樹。心配しなくていいよ。別に君を追い出そうとは、1ミクロンも思ってないから」
「あ。そう、なの……」
「うん。ナイトさん、リルドさん、それに、タミコさんに龍樹」
『……』
彼は今、病室にいる私達に一度、視線を一人一人交わすと、コーヒーミルクを半分程飲み干すと、こう語り始めた。
「今回の騒動は、ボクが間接的に引き起こしてしまった。と思っています」
「ミオ君……」
「なので、まずは……、謝らせて下さい。その……、ご迷惑をお掛けして、すみませんでした!」
「いやいや。謝らなくていいのよ!?」
「タミコさん……」
しかし、突然頭を下げ始めたので、思わず引き止めてしまった。
「龍樹君とミオ君の力が無かったらね、怨念がこもってしまった凛音ちゃんのブログはね、未だに暴走して、更に大事になっていたと思うのよ」
「……」
「だから、もう、謝らなくていいの。ね」
「……」
「とても怖かったと思うのよ。突然変な所に飛ばされてね。だけど、怖さを隠して気丈を振舞ってたんでしょ。二人はそんな感じ、するもの」
『……タミコ……、さん』
「でも、凄い、頑張った。偉いね。二人共。今はゆっくり休んで。ね」
『あ……う……ぅ……、ぅわぁぁあああ!』
そして、私は我慢していた糸が切れ、子供みたいに泣きじゃくる高校生二人を、ヨシヨシと頭を撫でて宥めていた。
二人はやっぱり、他の子よりも精神年齢が高めでも、中身はまだ17歳の子供なのよ。二人共、もっと大人を頼ってもいいんだよ。ね……。
「……なぁ」
「あ。二人共、ごめんね」
「気にしなくていい」
「ミオ、オチツイテル。ダカラ大丈夫」
「ナイトさんもごめんね」
「キニスルナ」
「全く……」
こんな状況で笑う所じゃないけど、双子揃って同じ答えをするのは、流石に笑いを堪えそうになるんだけど。
「……デ、美々子八何処ニイル?」
「えーっと……」
そういえば、毎回メンコさんの事を美々子美々子って言ってるけど、ナイトさんは何で彼女を本名らしき名前で呼んでいるのだろうか。
私らですら、お互いの本名に関しては『知らない』事が多いのに。リルドもそうだ。彼だけは本名で呼ぶのよ。なんでだろう。うーん……。
「そういえば、車内にいるかもしれない。私らを送った後、『アタシはここに残るわー』て言ってたから」
「ソッカ。車ノ中。教エテクレテ、アリガトウ」
そういうと、風のようにそそくさと病室を後にしたが、SPの仕事はどうした!?
「ったく。アイツは相変わらず、自由人だよなぁ。その辺、昔と全く変わってねぇっていうか……」
「そう?」
「あぁ。でも大丈夫なのか? SPの仕事放っぽり出してよ」
「さぁー……」
私は袖で涙を拭いたりぐずったりする二人を宥めながらも答えたが、それ、わざわざ私に聞かなくてもいいと思うんだけど。
「……それに関しては、その……、彼が『ここは安全』と意図的に判断したからだと思うんです」
「ミオ君!?」
「はい。実は彼、化け物並みに察知能力も高いので……」
「そういや、そうだったな。片目だけであの戦闘力だしなぁ……」
「あはは……、って、ぇぇえええ!?」
私は素で驚いてしまったが、察知能力に加えて幽霊も見えるとか、人間離れの戦闘力過ぎない!?
恐ろしすぎるんだけど、神様はどんだけナイトさんに、 天物を授けた訳!?
でも、呆れ気味に笑いながら彼がそう言うなら、そういう事だろう。
あまり深くは知らないが、あの時の中規模アジトで、無事にメンコさんを救えたのも、彼のおかげ、だと思うし。
「あと、カンナちゃんにも後で会って、ちゃんとお礼を言わないとだよ」
「うっ……。そ、そうですね。カンナさんには色々と迷惑をかけてしまったと思っています。は、はぃ……」
「……」
しかし、龍樹君は泣き止んだ後、何かを考えるかのように、暫く黙り込んでしまったのだ。
「あ。そーいえばナイトさん、告白の返事、どうだったのかな?」
だけど、ミオ君が何故かぽつりと呟く様に言うと、残りのミルクコーヒーを飲み干していたのだ。
「……は?」
「いや。ちょっと待って!? ミオ君、それどういう意味!?」
「俺もだ。アイツ、いつの間に告ってたんかよ!」
「あちゃぁー……。実はボク、ツブヤキにいた彼に、こっそり耳元で言ってたんですよねー……」
「ええっと、何て?」
「確か、『告白の返事、聞いたらこっそり僕にだけ、伝えてくださいね』て……」
「ったく……」
「あはは……」
私達は呆れ気味にため息をついたり笑ったりしていたが、それにしてもメンコさん、いつの間に告白されていたなんて、知らなかったなぁ……。
て、もしかして、あの手の甲にIDが書き込まれていた時に、て事!?
戸惑いつつも、今回の一連の事件を思い出していたが、もし、この場に凛音さんがいたら、と思うと、切なく感じてしまう。
「……おい」
「あ。ごめんね。リルド」
「さっきから深刻そうな面してたから、少し心配しただけだ。さて、と……」
「そろそろ、お暇するかな。ごめんね。二人共」
「あっ。ボクは構いませんよ。退屈だったもので。来てくださり、ありがとうございました! おーい。龍樹?」
「……あ」
「あ。て、何だよ! タミコさん達帰るんだよ!? ちゃんとお礼ぐらい言わないと!」
「……ごめん。ミオ。えっと、こんな事、言った方が良いのか分かりませんが……」
「……ん? 遠慮なく言ってもいいんだよ?」
「えええっと……」
しかし、彼は歯切れが悪そうに考え込む仕草をしながらも言ってきたので、私は軽く聞いてみたが、どうしたんだろう。
何か異世界で感じてきたのかな。
「実はここに来る前ですが、シイラさんが僕がいる病室に訪ねてきたのです」
「……は?」
「え!?」
驚く私達をよそに、彼はこう淡々と、話を切り出してきたのだ。
「そして、僕にこう言いました。『取り巻き10人の名前を、覚えている範囲でいいから教えて欲しい』と」




