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ケルベロスとの別れ。彼には居場所があると知っていたシルクは、それがいつか来るとは分かっていたが、想像していたよりも強く名残惜しさのようなものを感じる。独り旅に戻ることを想像すると気持ちが沈む程度には、彼との旅が楽しかったらしい。
『最後に一つ伝えておくことがある』
「改まって急にどうしたんだ?」
『私の役割についてだ』
「冥界の門の番犬だという話なら以前に聞いた。死者の魂を冥界に誘い、生者が迷い込んだり誰かを蘇らせようとするのを防ぐ。そんなところじゃないのか?」
『確かに的を得ている。もしかするとおまえは気づいているのかもしれない。だが改めて言っておこう。その蘇りには、プレイヤーの復活も含まれている』
「なっ」
『……その反応、どうやら気づいていなかったらしいな』
その様子に目を伏せるケルベロスと、予想外の無いように言葉に詰まるシルク。気づいていて、それでもなお協力してくれていたのなら。そう思う一方で、事情を話さなかったのは自分に他ならない。話した結果、敵対するかもしれない。説得できる自信が無かった。それなのに今この場で受け入れてもらえるなどと思うのは都合の良すぎる話だった。
「なるほど。俺は肝心な部分を聞いていなかったわけか。通りで1体の神獣に対して過剰な反応だったわけだ。対策も入念にされていたのも道理だな」
乾いた笑いを零しながら、シルクは独り、状況を整理するようにこれまでの状況とその事実を照らし合わせていく。
そのうえで、今この状況で彼がこの事実を語ったことの意味を考える。信用されていたのなら、始めに話してくれていただろう。そうでなくても旅の途中で信用に値すると思った時点で明かしてくれてもよかった。それなのに、今このタイミングで語るのは、ここにシキという戦力が居て、いざとなれば自分を止めに入ること。そして、例えシルクが抵抗しようと門番に戻り力を取り戻しさえすれば抑え込めるということ。そんな二重の保険の上での話なのだろう。
「俺は、もう少し信用されてたと思っていたんだが、やっぱりプレイヤーは信用ならないか」
『違う。私はおまえを信用して……』
「だから事実を打ち明けてくれた。そう言いたいのか?」
シルクの指摘。それは明かさずに済ませることもできた真実を語ったことを指している。使命と信頼の狭間で葛藤した挙句の果ての中途半端な言葉は、騙し続けるよりも質が悪い。
「ああそうだな。俺がこの事実に気づいたとき、俺は明確に裏切りと捉えるだろう。そしてお前と敵対することも厭わない。でもここで言っておけば、俺はおまえが真実を語ってくれた点を考慮して、それ以上は踏み込まない。俺は、お人よしらしいからな……」
『そんなつもりで言ったわけではない』
「だったら何だって言うんだよ!? クソっ、おまえがプレイヤーを虚仮にするのも厭わないクズなら今すぐにでも斬り倒してやれるのに……」
苦々しく口にした言葉。自分の良心を捨てれば攻撃することもできるが、今ここでケルベロスを攻撃することは自分を否定することにもつながる。そのうえ近くには何かあればすぐに対応できるようにとシキが目を光らせている。ただ怒りに任せて攻撃を繰り出す直情さは無く、自分が信頼されていなかったことに対する悲しみや自分の行動に対する不甲斐なさ、ケルベロスが重要なことを黙っていたことに対する怒りといった感情が混ざり合い、今にも泣きだしそうな顔をしながら、ただ立ち尽くすことしかできない。
「まあ、これが本来のプレイヤーと神獣の関係なんだろう。短い間だったけれど、別れ際の一言以外はまあ、そこそこ楽しかった気がするよ」
――今となってはその思い出も色あせて見えてくるけれど
言葉の外にそんな意味合いを含ませつつ、シルクは独り要塞の階段を上っていく。
シキには何かしらの移動手段があるのだろう。あるいは単にプレイヤーと共に行動したくないからこちらを見送った後にでも外に出るつもりなのかもしれない。
重い足取りで階段を上がっていたからか、下の方から揺れを感じる。どうやら門番としての力を取り戻したケルベロスの力の余波が揺れとして伝わってきているらしい。アバターだというのにその波動のようなものに鳥肌が立ち、早くここを立ち去る必要があると感じる。
「外に出たら、残っているプレイヤー達に周知しないといけないか」
できればそういうのはキャラクターやパンドラの連中にお願いしたいところだが、そう都合の良いこともない。自分の身を案じるよりも先にやることが増えていく。そしてそれが誰に強要されたわけでもないあたり、本当に自分は損な性格をしていると苦笑する。
「すべては後味が悪くならないために。ゲームの中くらい、全てが報われるハッピーエンドが欲しい。小さな願いのつもりだったけれど、高望みらしい。一人用ゲームで定型文しか返さないデータと遊んでいるのがお似合いってことらしい」
オンラインゲームに手を出したことから間違いだっただろうか。そんなことを思考している間に地上に着く。
キャラクターたちは何やら忙しなく動き回っており、地下から出てきた自分に見向きもしない。多少荒事になるかと思って警戒していたのが馬鹿らしくなったが、都合が良い状況なのは間違いない。結局苦労なく要塞の外まで出られた。
「さてと、セカンダリアに向かいますか」
せめて零音とラッキーにはこの状況を伝えておこうと思いつつ、ケルベロスとの一件で無言の別れになってしまったあたり、無事再開できるだろうかと懸念する。しかし考えても仕方が無いのでセカンダリアに居ることを期待するか、足取りを追うかしかない。結局セカンダリアに向かうと決め、方針転換はしなかった。




