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 ケルベロスが武器に姿を変え目立たなくなったことで潜入の難易度は下がったが、それでもまだ課題は多い。シルクはそう思っていた。

 しかし、どうやらシキの一族はキャラクター達の間では有名らしく、視察や付添人という言葉を使って上手く門番を丸め込んでしまう。思っていた以上にあっさりと要塞への侵入を果たしたシルクは肩透かしを食らったような気になる。


「なんか、あっさりと入れたな」

「それもそうでしょう。あくまでここに用意された人たちは住人。洗脳されていることを自覚しないように、日常生活や価値観への干渉は最低限です。私みたいなイレギュラーに関する知識まで書き換えていたら手間ですし、そこまでの干渉ができるならそもそも鍵を求めてはいないでしょう」

「鍵か。おそらくプレイヤーをこの世界に送り込んだ黒幕が欲しがっている奴のことだろうが……それがあればプレイヤーは現実への帰還(ログアウト)ができるのか?」

「この世界を好き勝手にできるんですからそれくらいはできるでしょうが、あれを手にして正気を保てる人が居るとは思えませんね。世界を支配する力を前にして欲が出るのはそれほど妙な話ではないですから」

「そうか。なら別な手段が必要だな」


 運営からのメッセージを装ってエンディングを目指すのも一つの手段だった。だが誰かの思惑に乗るようで、結局ログアウトできるのかもわからない手段だったことは確かだ。ログアウトという一つの目的に対して世界を支配できるほどの力を得るという解決方法は、シルクにはどうにも相応しくないように感じられた。


「あれ、普通欲出ませんか? 世界を支配できるんですよ」

「分不相応なことをすれば破滅するだけだ。自分が人並みに愚かな奴だって自覚はあるんだから、危ないことは避ける」

「口では何とでも言えますよ」

「それも否定はしないな」


 ただ一つ、自分の今の症状を治すには、システムへの干渉、すなわち世界を意のままに操る力が必要かもしれない。そんな懸念が脳裏を過る。それしか方法が無いのなら、おそらく自分はその力を求める。そして実際に力を手にしたとき、自分の治療とログアウトだけして力を手放すかという疑問に対し、彼は自分がそんな無欲な人間ではないと思った。


 とはいえ、力を手に入れた後のことを考えるのは捕らぬ狸の皮算用。無駄な思考だと今は敵地に居ることを思い出して一呼吸置く。


「おしゃべりはこのくらいにしておこう。思考が逸れて良くない」

「パンドラ所属じゃないプレイヤーの方々はあくまで巻き込まれた形らしいですから、いろいろ考えてしまうようで難儀ですね。わかりました。あまり話題は振らないようにしますよ」


 そんなやり取りをしつつ、いくつかの検問を抜けて要塞の中を下へ下へと下っていく。冥界へ続く門というだけあってそれは地の底にあるらしい。地上から螺旋階段を下り、しばらく歩く。その中で門との繋がりを感じているのだろうか。思念こそ伝わってはこないが、双剣が小刻みに震えることが何度かあった。


 とはいえ、シキの権限も万能とはいかないらしい。


「おっと、ちょっとした有名人がいますね」


 そういってぼそりと耳打ちしてきたのは、4つ目の検問らしき場所を視界に居れた時だった。どうやら彼女はそこの警備をしている2人組に心当たりがあるらしい。


「片方は知らないけど、もう片方は強い人だね。おそらくそれなりに抵抗力あるのにここに置かれているあたり、おそらく丁寧に洗脳されていると思う。きっと私たちを通してはくれないんだろうね」

「戦いになるってことか?」

「そう思っておいた方がいいと思うよ。まあ、最初は交渉を試してみるけれど」


 白銀の剣を持つ騎士全とした鎧に身を包んだキャラクターと、剣というよりは打撃武器といった風貌の柄のついた鉄塊とでもいうべき剣を杖代わりにして佇んでいる皮鎧の男。その二人のうち、見知った顔は皮鎧の方だと彼女は語る。


「封印の調子を確認するために派遣されてきました。通して頂けますか?」

「この先は、許可証なしには通せない。来訪者の話は上から話が来ていないが」

「そうですか。きっと書類の手続きが遅れているだけだと思いますが」

「それでも許可が無ければ通せません」

「一介の衛兵が私の言葉を嘘と言いますか。舐められたものですね」

「職務を全うしているにすぎません」

「はぁ、これは無理そうだ」


 彼らの目の前だというのに躊躇いもなくため息を吐き対話失敗を口にする。この場でその態度の急変の意味を理解していたハルトはケルベロスの双剣とは別の使い慣れた長剣の柄に手を添える。


「彼ら以上に強い奴はパンドラも持て余すだろうし、ここを突破すれば門に着くと思う。ここは強行突破といこう」

「交渉決裂かよ。どうせ傷つけるなっていうんだろ?」

「わかってるみたいで何より。まあ、傷くらいなら許すよ。四肢や手指の欠損はアウト判定だからよろしく」

「賊か? くそっ、ここまでの侵入を許すとは、他の連中は一体何を見ていたんだ!?」

「正気を取り戻した時にはきっと誰も間違ってないって気づくはず。だから遠慮なく気絶してもらおうか」


 あっさりと交渉を放棄したシキ。どうにも彼女は言葉よりも戦いで物事をはっきりさせる方が手っ取り早いと思っている節がある。そしてそれができるだけの戦闘力を有しているため、その考えがまかり通ってしまう。そのことに若干の危うさを覚えつつ、単純明快なのはそれはそれで悪くないと思っている自分がいると気づいたハルトは乾いた笑いを浮かべる。


 シルクが任せられたのは騎士の方。シキはどうにもこちらに見覚えがないらしく、同時に何かの懸念を覚えているらしい。しかしその内容についてはシルクに明かしてはくれない。自分で確かめるしかないかと諦めて、皮鎧の男に加勢しようとするところに割り込み剣を切り結ぶ。


「近づいても見えないな……」


 同時に、注視しても何も見えないことにいら立つ。

 どうにも糸使いの赤い糸のように直接的な洗脳の痕跡が見当たらない。術が作用している部分があれば、その繋がりをジャストブレードで切り裂けばいい。そう楽観視していたシルクは今の状況に焦りや不満を抱く。


「単純な魔法での力技の洗脳じゃないのか」

「だから言ったでしょ。丁寧な洗脳だって。魔法は使っているけれど、それは補助。潜在意識への擦り込みだと精神干渉で無理やりに思考の矯正が必要だろうね」


 軽い呟きに対するしっかりした返信にそんなことをする余裕があったら集中しろと思いつつ、こちらが追い詰められて手札を晒すのを待ち望んでいるのではないかという懸念が脳裏を過り、ムキになる。あの戦いを乗り越えた自分なら、きっとあの力に手を付けずに勝てるはず。その想いを胸に、剣を振る。

 おそらくステータスは互角。パンドラの構成員を倒してもPK扱いでステータスは上がらなかったうえ、ケルベロスが居る以上、これまでモンスターと扱っていた相手もこの世界の住人であり、倒すことができない。恵まれた環境であった一方で、素体のレベルやステータスは並みのプレイヤーと大差ないままだった。


 とはいえ、レベルやステータスがパンドラの作った仕組みに過ぎないことは、能力の使用時に流れ込んできたこの世界の知識やケルベロスとの情報交換の中で理解している。だから素体が持つ他の存在から力を奪い取る性質を活かすことができていないこと。そしてステータスの差が絶対評価ではないことを彼は知っていた。


 だから筋力や動体視力が拮抗しているからと言って必要以上に焦る必要はない。


世界(システム)を味方に付ける」


 単純なステータスの差で勝てないならと意識を切り替える。

 洗脳されているとしたら、その判断は自分の意思とは切り離されたものだ。その適用にはロスがある。


 再度数度の鍔迫り合い。刃が擦れる耳障りな音と小さな火花が散る。エフェクトは物理法則を無視し、手ごたえはあるのに手に痺れは感じない。誇張された世界(フィクション)を前に感覚を慣らし、相手を斬るという意識を思考するよりも強く抱く。その感情の高まり、想いとシステムが感応し、スキルという結果となって相手を切り裂く。


「っ、まだ足りないか……」


 しかし、無詠唱のスキルとでも言うべきそれを使用し一撃を加えた直後、その反動が返ってきて頭に割れるような痛みが走る。一瞬のことだが耐えがたい痛みに思考が鈍り、追撃を入れることなくただ距離を置いて下がることしかできなかった。

 とはいえ、相手も一撃を食らって消耗したはず。余裕が無かったせいでシキが課したである酷い傷を与えないという条件を失念していたため胴体をバッサリと斬ってしまったことを後悔する。


 しかし、そんなことを思いつつ相手の姿を見ると、その体には一切の傷が無く、赤いエフェクトが散り、それが消えていく途中だった。


「プレイヤー?」

「あー、やっぱり」


 彼はパンドラの構成員か。そんなことを考え、違うだろうと考える。彼が構成員であればこちらの存在を認識した瞬間襲ってきたはずだ。となると、パンドラはプレイヤーの中から優秀な存在を洗脳することができるということになる。

 これまで考えていた、パンドラが電脳世界の住民をただのデータとみなしていること。だから彼らに非道な行いをしても何の罪悪感も抱いていないこと。それに対して理解できないなりにそういう見方もあるのかもしれないという思いがあった。それは、自分がこの世界をゲームと思い込んでいた時期の行動に対する免罪符みたいなものであり、罪悪感に心が塗りつぶされないための一種の代償行為だった。

 しかし、パンドラという組織に対して彼が抱いていたイメージが、目の前の洗脳されたプレイヤーを前に崩れる。彼らはキャラクターたちをデータとして見ていたから勝手なことをしても罪悪感を抱いていなかったわけではない。自分たちにとって都合のいい結果を得るためには他人だろうと食いつぶし、そのことに罪悪感を抱かないクズ達だということ。


 プレイヤーを閉じ込め、彼らの現実の生活を奪って平然としている奴らの本質。それを知っていたような気になって実際は理解できていなかったシルク。彼がその事実に直面した時、彼はパンドラを完全な敵として再認識した。


「……悪い、手加減はできなさそうだ」


 先ほどの一撃は確かに胴体を切り裂く一撃だった。それでも回復魔法やポーションがあるこの世界なら、傷が残ることなく再生できたかもしれないし、最悪傷が残っても生きてはいられる程度の傷と判断したから振り抜いた。そこには無意識の枷があり、あと少し押し込んでいれば断てるというところで押し切らなかったということだ。


 その枷を外すと決意した彼は、エンチャントしていた武器をインベントリに放り込み、ケルベロスを握る。

 右腕は炎に焼かれたように痛み、左腕は毒に侵されたように痺れる。プレイヤーとの反発作用なのだろうか。素体が急速に劣化しHPが削れていくのを感じながらも宣言する。


「力を貸してください」


 相手は胴体を斬られたにも拘わらず少しの動揺のみ。直ぐに戦意が戻り、その銀に煌めく曇りのない剣を構えこちらに向かってくる。先ほどの葛藤も何もかもただの隙でしかない。与えたダメージとそれに伴う硬直。それらアドバンテージは全て無に帰した。


 しかし、そんなことは関係が無かった。あくまで同じ立ち位置に戻っただけだというのなら、先ほどまでの手加減を捨てたシルクが圧倒する。


「(この世界の存在にプレイヤーのスキルを上乗せはできない。なら、この体に強化をかけるだけ)」


 代償で痛みを覚え動けなくなるというのなら、その代償が来る前に決着すれば問題ない。言うは易く行うは難しだが、失敗の可能性を思い浮かべる余裕が無いほどに素早く二連撃を叩きこむ。


「ジャストブレード」


 赤と紫のエフェクトが派手に舞い、同時に火傷と毒の状態異常に冒されたそのプレイヤーの体がぐらりと揺れ、膝をつくというところで光となって消える。


「っ、キツいな……」


 その代償として先ほど以上の痛みが襲う。同時に痛みが後を引き、顔が蒼白になる。

 そんな中でもケルベロスを鞘に戻す。その不調の何割かはプレイヤーとの不和によって起こる反動だと分かっていた。


 代わりにいつもの剣をインベントリから取り出し、杖代わりに地面に突き立てなんとか立ち上がる頃には、シキがもう一人の皮鎧のキャラクターを氷漬けにしているのが見えた。


「(やっぱりこいつ、一人でどうにかできたな)」


 内心そう思い顔を歪める。取り繕う余裕もなく浮かべた表情に気づいたシキだが、どうにも様子がおかしい。


「そんな、同郷をためらいなく手にかけた……? いや、復活(リスポーン)するんでしたっけ」


 その予想外の反応を見たからか、戦闘後の熱に浮かされたような思考が平常時のものに戻り、冷静さを多少取り戻す。同時に引かない痛みへの苦しさは隠さず、シキへの軽い嫌悪感は胸の内にしまい込む。


「さて、あんたの言う通りならこの先に門があるんだろ。こいつらを倒したせいで上から誰か来ないとも限らない。早く行こう」

「い、言われなくてもそうします」


 そうして2人はふさがれていた入口を鍵を使わずこじ開け先へ進む。


 そこにあったのは、幾本もの鎖と錠前で封じられた門。どうやらここが目的地らしい。

 ケルベロスも辿り着いたことを認識したようで、鞘を抜け出した一対の剣が宙に浮かび重なったかと思うと瞬きするほどの間の発光の後、見慣れたケルベロスの姿となってその場に佇んでいた。


「シルク、おまえには世話になったな。だが、これで本当に終わりだ」

「そうだな。無事におまえをここに届けることができて良かったよ」


 これがお互い最後の別れになる。そう思いながら、彼らは言葉を交わす。

 それを蚊帳の外という感じに扱われているシキは面白くないが、流石の彼女も多少空気は読むらしい。遠目に2体を見つつ、これと言って話に割り込むことはしない。そんな中、長い話に耐えかねたようにこちらを見つめるシルクと仲が良くない方の頭の目線が嫌にシキを貫くのだが、彼女は努めて無視に努めるのだった。

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