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シルクとケルベロスの半身は、紆余曲折あってケルベロスが半身を取り戻す。その過程で面倒ごとに巻き込まれ、零音やラッキー、エルヴォやネイルとは別れることになったのだが……その経緯についてはおいておこう。
紆余曲折あったが、当初の目的であるケルベロスの復活は果たされ、彼は二つ首の神獣の姿を取り戻した。しかし、その全力を発揮するには、パンドラによって弱められた冥界の門との繋がりを取り戻す必要があるのだという。
それと同時に問題になると予想していた完全体になったことによる記憶の混濁だが、片方の頭は一つ頭だった時の性格や記憶を残していたことで完全な敵対は避けることができた。とはいえ、もう片方の頭にはいつ嚙み千切られるかわからない状況なのですべてが上手くいったとは言えないのだが。
そして、彼は完全体になったことで、その身を切り分けて別々に保管するという手間をかけられている原因を思い出す。パンドラがわざわざこの番犬を持ち場から引き離したのは、単にイベント用のモンスターとして扱いやすかったからということではない。彼の持つ権能。冥界の番犬という役割は、プレイヤーのリスポーンに影響の出る危険因子。蘇りを許容するシステムの構築に、彼は邪魔な存在だったらしい。
そんな事情を知らないシルクは、ケルベロスが冥界の門に着くまで手助けすると彼に伝える。
しかし、ケルベロスがプレイヤーにとって大きな脅威であることを知るパンドラはいくつかの対策を講じていた。その一つは、復活しても直ぐに門番に復帰できないように門から離れた場所に彼を配置するというもの。それだけにケルベロスの脚力を以ってしても門への到着には数週間の時間がかかる見込みだった。
これ以上の迷惑をかけるわけにはいかないと遠慮するケルベロスだったが、反対を押し切りシルクは彼についていく。そして彼のおせっかいが結果としてケルベロスにとっては良い方向に働いた。というのもパンドラが彼を再封印するために幾度となく襲撃してきたのだ。
襲撃者たちはケルベロス相手に特化した技能と戦術を用意していた。しかしそれはケルベロス以外の戦力に対する脆さともいえる。外部から呼んだプレイヤーに探索を任せるような連中が努力をしているはずもなく、ケルベロス対策以外の能力を切り捨てたステータスは、シルクの存在を考慮してはいなかった。
シルクのおかげで一命をとりとめたケルベロス。その事実を理解し、その襲撃以後、これまでシルクに叛骨心を抱いていたもう一つの頭部もシルクの存在を許容するようになったのは不幸中の幸いといったところか。
そうして信頼とはいかないまでも協調し合うようになった彼らは、着実に門へと近づいていく。共通の懸念材料としては、糸使いの存在があった。陰からこちらの様子を伺い、余計なことをしてこちらを困らせてきた相手だ。何か大掛かりな準備をしているのではないかと疑いの念を抱いたが、結局最後まで何のアクションもなかった。彼の顛末を知らない2体に分からないのは仕方ないが、彼の存在のせいで必要以上に気を張ることになったのは確かだろう。
そんな数週間の旅路、その最期に彼らは門の近くに辿り着く。
「本当にここにあるのか?」
『パンドラの連中でも、門を動かすことはできなかったらしい。私との繋がりも絶つことができていない。確かに門はここにある』
「とはいえ、こうも要塞化されていると困るな」
確かに彼らは目的地の傍までたどり着いた。しかし、そこにはキャラクターの一拠点が存在した。
これまでパンドラのプレイヤーが敵だったからこそ容赦なく切り伏せてきたが、キャラクターとなれば話は別だ。いわば人質を取られているようなものであり、ケルベロスは力を使えず、シルクの行動も制限される。隠密行動に関する技能を持たない2体では、門に辿り着くことは難しい。
近くの雑木林から遠目に伺い、あれでもないこれでもないと策を練るが、要塞の攻略方法はこれといって思い浮かばず時間だけが過ぎていく。2体に明確な時間の制約は無いが、ケルベロスにはハデスの下に戻るという使命が、ハルトは今回の一件が終わればこの世界の一部と化した自分の精神の治療法の模索やログアウト方法の探索という目的があるため、無駄な時間が過ぎていくことに対する焦燥感は募っていく。
そんなときだった。
「お困りですか?」
「誰だ!?」
糸使いの襲撃を警戒し張り詰めていた意識が咄嗟に剣を抜かせるが、声をかけてきた相手はその攻撃に動揺することなくあっさりと対処し、鍔迫り合いをした状態になる。
『落ち着け! ……この気配、精霊使いの一族の者か』
「そうです。気配を消して近づいたのは謝りますからそこまで警戒しないでください」
『おそらく敵ではないはず。警戒を解いてやれ』
「……あんたがそういうならわかったよ」
決して手を抜いていたわけでもない攻撃を防いだうえ、余裕そうな態度を崩さない相手に動揺しつつ、ケルベロスの言葉に従い剣を引く。その間も警戒は解かずに彼女が武器を下ろすのを待つ。
「第一印象最悪って感じですかね」
「当たり前だろ。名前も知らない相手がいきなり現れたんだ」
「では名前を知っていれば良いと? 私はシキと言います」
「そういうことじゃないんだけどな…… 俺は――シルクだ。ここではシルク」
一瞬脳裏を過った現実の名前は使わず、プレイヤーネームを告げる。思い出すのに時間がかかったのは、この世界の住人シルクに寄ってきている状態だと危機感を感じるが、できるだけ表情に出ないように努める。だが、シキの観察眼にはその動揺を見抜かれたらしい。
「なるほど。厄介な事情を持ったなりかけみたいな状態ですか。嫌だなあ。いざというときに見捨てるにも躊躇うような相手。でも全力で助けるには躊躇するような……」
「本人の前でそういうこと堂々と言うあんたは失礼を通り越して大胆不敵って感じだな」
「褒めていただきありがとうございます」
「……」
相当捻くれた感性の持ち主らしいと思いつつ、これ以上話していると頭がおかしくなりそうなのでケルベロスに目線を向ける。それは、彼女の態度があくまでプレイヤーだからだという前提の上、同郷同士の方が話はスムーズだろうと思っての判断だった。しかし、その期待は裏切られることになる。
「それにしても、見知った気配があるからと来てみたら侵略者が一緒にいるんですからこちらも警戒はしますよ。もしケルベロスがスキルで洗脳なり懐柔なりされていたらこちらもあなたを始末しないといけませんでしたから」
シルクは彼女を平然と恐ろしいことを言うやつだと思いながら、会話の最中に相手を観察する。武器は、刀身から柄まで青い長刀。剣や槍、魔法の杖がメジャーなこの世界ではどこか異国情緒を感じる武器に、ケルベロスの言った精霊使いの一族という言葉が引っかかる。おそらくはパンドラの用意した町とは隔絶した思想・文化を持った部族なのだろう。
「それで、何に困っていたんですか?」
『冥界と繋がる門にあの要塞が建っていた。門との繋がりが薄れた私では、人々を傷つけずに門まで到達することが難しいのだ』
「なるほど。通りで以前の威圧感に及ばないうえ、プレイヤーなんかと一緒にいるわけですね」
『我だって本当はこんな奴の手を借りるつもりはなかったのだ!』
「おっと、2つの頭で別々な考え方しているって話は本当だったんですね。それで私生活困らないんですか?」
神獣とこの世界の事情を知っているらしいシキ。一般キャラクターと違い、事情を知る仲間かと思ったが、その会話はいつ火がつくかわからないような危ういもの。おそらく女の方がそういう性格なのだろうが、無駄に軋轢を生む言動は控えて欲しい。シルクはそう思いつつ、少なくとも自分は彼女の言動はあまり真に受けないようにしようと一人思う。
言い争いが終わるのを遠目に待っていると、親しくない方の頭と女の会話が終わったらしい。
「……で、何の話でしたっけ」
「……ケルベロスが冥界の門に辿り着けないって話だよ」
「あ、そうでしたね」
真に受けないようにと思った矢先に不意打ちを食らい青筋が浮かびそうになる。あくまで目的の確認であり、煽るような態度は演技だということは分かるので、軽く深呼吸をして怒りを鎮めつつ、第三者である彼女の意見を聞く。
「良い案でも持ってきてくれたのか?」
「ええ。神獣だから力でねじ伏せることはできませんが、同意があれば私の力でどうにかできるでしょう」
「そういうことなら心強い。無駄話に付き合わされた上でただ茶化しに来ただけだって言われたら発狂するところだった」
「あなたもひとのこと言えないくらいには失礼なこと言っている自覚ありますか?」
まるで自分はまともですと言わんばかりの反論を無視しつつ、シルクは彼女の作戦を聞く。
「と言ってもやることは単純で、私の力、式神使いの能力をケルベロスに適用するだけです」
「それで何が変わるんだ?」
「具体的に言えば、この武器みたいになります。要は一般人からは特殊な物品としてしか認識されなくなります。パンドラの影響下にある人々には効きも良く、見抜かれづらいでしょう」
彼女の説明を聞き、ケルベロスがハデス以外の一キャラクターの支配下に置かれることを許容するのか。そんな懸念を覚えるが、有効な手段が無いのも事実。せめて代案があればと思いつつ、彼の様子を伺う。
『それしか方法が無いか』
「悪いようにはしません。というか、力関係はそちらの方が上ですから、契約の一方的な破棄されても拒否しようがないんですよね」
先ほど剣を交えた時の底の見えなさを知るシルクとしては彼女の言葉が真実だとはとても思えなかったが、手札を全て晒すような関係でないのはお互い様だ。シルクもプレイヤーとしての人間性を犠牲にする代わりにこの世界のシステムに干渉する異常で強い能力を使うことができる。気配を掴めなかった時点で彼女がこの力を知っている可能性もあるが、知っていても対抗手段があるとは限らない。であれば彼女が嘘を吐いていたところでそれを責めることは難しい。
結局代案が出ることはなく、ケルベロスは彼女の術式を受け入れ、その身を武器へと変える。
それは黒い刀身を持ち、片方には赤の、もう片方には紫の線が血管のような模様を描く独特の外見をした双剣だった。
「おっと、そういえばこの方炎を吐くんでしたね……私の今の式神と相性が悪い……」
「なんでこっちを見た?」
「いや、そういえばあなた、まともな武器持ってないですよね?」
「俺の武器の事情をあんたは把握しているのか?」
「さっき切り結んだ時、武器を魔力で強化していましたからね」
そういえば一度剣を交えたが、その一瞬でジャストブレードでの強化を見抜かれたことに動揺する。やはり底が見えない相手だと思いつつ、おそらく自分がプレイヤーだと分かっていても手を抜いて、いつでも捕縛や始末に移れる自信があるのだろう。
格下に見られていることを自覚し、口惜しさを覚える。しかしそれを押し隠して今は友好的な態度をとる。今は敵ではない。ケルベロスとの時とは違い、始めから抱く相いれないという感覚。それを何とか振り切り、心を落ち着ける。
「そこまでわかっているなら隠す意味もないな。俺が持っているのは市販品の武器に過ぎない」
「であれば、これはあなたが持っていてください」
「いいのか? 俺はプレイヤーだとあんた自身言っていたが」
「あの要塞は敵が用意した罠です。そこに入るのに足枷があってはさすがに困りますから」
ケルベロスという神獣を武器にしたもの。それが彼女の持つ青い長刀よりも優れているとは思えない。だが、この双剣はいつケルベロスに戻るかわからない不安定さや、その力を引き出すために彼の同意が必要になる。彼女はそれを扱い辛いと評価するのだろう。同じ目的を持っているという信用。それが彼女には抱けないらしいとシルクは判断した。
「それなら遠慮なく借りておくよ」
そういってシルクはその双剣をベルトに下げる。本来長剣用の鞘を二つ無理やり使っているのでサイズが合わないが、パンドラが用意したプレイヤーの素体、それが持つインベントリという異空間にこの双剣を収める気にはなれなかった。
「居心地は悪いかもしれないが、我慢してくれよ」
「鞘を新調する暇あったらさっさと解放してあげた方が良いでしょうし、早速行きましょうか。……というか、使わないんですねそれ」
「彼が強く、それを元にした武器がそう簡単に傷つくとは思わないが、それでもできる限り使いたくはないかな」
「お優しいことです。それで死なないといいですが」
「損な性格なのは自覚があるよ。でも、どうにも自分を優先しきれない性分でね」
そもそもあの子供を見殺しにできる性格なら、シルクというプレイヤーはキャラクターに片足突っ込んだ厄介な今の状態に陥ってはいないだろう。英雄症候群に近いものだろうかと思いつつ、自覚があるのに止められないというのはどうにも厄介だなと思う。
そんな彼をシキはどこか冷めた目で見る。どうやら自己犠牲はとてもくだらないもの。そう思っている様子だ。その目線に対してシルクは、他人を信用できない人には他人のために必死になる人が奇妙に見えるというのはあり得る話だという感想を抱く。
ただ、理解できてもその性質に共感できるわけではない。敵対しているわけでもないのに相いれないと感じるのはその性格のずれのせいかもしれない。
武器になったことで対話できなくなったケルベロス。自分のことを忌避していた方の頭でも良いので、今は彼女と2人での行動になるのは勘弁してほしいと思うシルクだった。




