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 アークの砲撃ほどの準備は必要ないが、それでもハルトの攻撃には溜めがある。それは明確な隙であり、執拗にハルトだけを狙うティターンを相手に、それだけの隙は作れない。

 既に再生し、完全回復していないものの攻撃を再開し始めたそれを相手に攻撃を回避する中、いかにその猶予を確保するかを考える。


 それと同時に、もう1つ解決しなければならない問題がある。それは、核の位置だ。その巨体を全て消し飛ばすような攻撃を繰り出すことは叶わない。狙った位置に攻撃を繰り出す程度のことはできるが、試行回数を稼ぐとき、不利になるのはこちらだ。手札を晒しての2回目の攻撃は回避されるリスクが高まる。


 だが彼はあまり心配はしていなかった。その問題は他の協力者が解決する。そう考えていた。

 そして、その信用に応えることは彼の協力者たちの意地のようなものだ。


「私は、私自身の価値を証明する!」


 機械の体の特性とは別に、彼女の高い情報処理能力。それを生かしての検証と分析という長所を発揮し、相手の行動から弱点の位置を考察していく。

 しかし、考察だけでは限界がある。考察の結果を検証する工程が必要になるのだが、回避に集中せざるを得ないハルトにその役割を任せることは難しい。だからと言って解析と同時に攻撃をすることは、今のアンドロイド素体の性能では困難だった。


「手が足りていないようですね」

「あなたの攻撃では検証にならない」

「さて、私はすべての手札を晒したつもりはないのですよ」


 そんな余裕のないアークの前に立ち、その場に似合わない余裕そうな態度を崩さないフロア。彼は自分の本気が先ほどのジェムによる攻撃で終わりだと思われるのは心外だとでもいうように顔を歪める。とはいえそれは一瞬のことで、すぐに胡散臭い余裕ある表情に戻ると、新たなアイテムを取り出してみせる。


「致命傷とはいきませんし、あなたの砲撃よりは幾分か威力は落ちますが、それでもダメージを与えることはできるでしょう。それでは不満ですか?」

「……タイミングはこちらで指示します。本当に、役割を果たせますか?」

「大口を叩いておいて成果を出せないという無様は晒せないですね。信用に応えるのが、一流の商人の矜持というものでしょう」


 彼が取り出したのは淡い緑の結晶。それは一見さきほどまで扱っていたジェムに似ていたが、それとは別物であることを所有者であるフロアは良く知っていた。


「奴は無意識に頭部を守っています。今核があるのはおそらくその周辺です」

「あんたが言うならそうなんだろう。……長い時を待つ中、それでも手に入れた数はわずか。それを湯水のごとく消費する喪失感と背徳感。高揚してくるね」


――短期契約、風精霊シルフ


 啓人というイレギュラーなキャラクターに力を与えられたとはいえ、所詮は一般キャラクター。それが神獣に近い力を持つ精霊を従えるとなれば、それなりの代償が必要になる。収集した財宝の数々がインベントリの中で塵と化したのを認識しつつ、それでなお短期契約しか叶わない事実に彼は笑う。


「持っていくがいい。だが、その分は働いてもらう」


 シキが呼び出した式神と同格の存在。彼女の部族で式神と呼ばれていたものが精霊であり、あの時ハルトに渡した蒼の短剣に使われていたのは氷の精霊石だ。今回はそれとは別の風の精霊石。それを砕き、その中に封じられていた精霊を呼び出し契約する。

 精霊石は、かつてゼウスの技術者が作り出した、精霊を結晶に封じ込め兵器として利用する魔道具だった。ゼウス崩壊後は神獣により砕かれ、精霊の大半は解放されることになった代物。しかしその全てが破壊されたわけではなく、一部には闇に紛れ、あるいはただの宝石と間違われこの時代まで残り続けたものがあった。それらをフロアは根気よく収集していた。こういった、大きな戦いに備えて。


 その精霊が起こした突風は、撫でただけでティターンの体を削り、血肉を抉り、その核を露出させる。

 攻撃を受け、動き回る核。どうやら肉体よりは頑丈らしく、シルフの風を受けてなお傷付く様子を見せないそれだが、彼らの役割はそれで十分だった。


「やれ! ハルト!」


 頭部を庇ったのか、わずかだが攻撃の手が緩む。その隙に、ハルトは攻撃の予備動作に入る。

 とはいえできたのはわずかな隙。準備が間に合うよりも先に攻撃を再開しようとしたティターンに、解析を終え攻撃に転じたアークの援護が刺さり、弾丸が拳を捕らえ、穿つことはできずとも攻撃の中心点をずらしてみせる。


 その援護により、ハルトに攻撃は当たらず、彼は準備を終える。

 その姿は、雷と同化し、白く稲光を放っていた。


「――心装励起・天地雷鳴」


 核を狙い、攻撃を振りぬき斬撃ののちティターンの背後に立つ。剣を振りぬいた姿勢から、直後全身の力が抜けたように崩れ落ちる。なんとか剣を地面に突き立て、膝をつきながらも倒れることなく姿勢を保つ。止めていた呼吸を再開し、湯気の立ち上る体を落ち着けるように肩で息をしながらも、先ほどの攻撃の結末は信じていた。


 それに対し、ティターンは自分の身に何が起きたのかも築かず、自分の背後に移動したハルトを追おうとして、体が端から崩れ落ちていくのを自覚する。

 その体は、振り返りハルトの姿を見る前に砂のように崩れ去る。


「どうやら、試練には勝てたようですね」

「厄介な相手だった。でも、これで終わりなのか……?」


 確かに全力を出さなければ勝つには足りない相手ではあった。その一方で、苦戦したかと問われれば、用意していた手札で対抗できた程度だという見方もできる。

 クロノスが完全な敵ではない可能性を考慮しても、どうにも生ぬるい。そう感じるのは気のせいだろうか。そんなことを思っていた。


『ありがとう。これで、我の悲願は果たされる』

「どういう意味だ?」


 そんな疑問を抱きつつ、消耗から回復しきる前にクロノスの声が聞こえてくる。まだ飛ばされた異空間からは帰されることはなく閉じ込められたまま。そんな状況で目的が果たされたと告げる相手の真意を、ハルトは掴みかねる。


『確かにおまえは我が用意した試練に打ち勝ち条件を果たした。ならば教えるのが筋というものだろう』

「もったいぶってないでさっさと話せ!」

『おまえは、もう少し状況を理解した方が良い。……いや、もはやどちらでも大差ないか』

「……」


 一方的に上から目線で語られるのは不愉快だ。そう思う一方、話を遮ってもどうにもならないらしいということも理解する。

 叫び、体力を消耗している場合ではないという気持ちも働き、ハルトは仕方なく黙ってクロノスの話を聞くことにした。


『我は原初の神。その1体というパーソナルデータを持って生まれた。神話という現実のデータから再構築された存在だからだ』


『しかし、疑問には思わなかっただろうか。クロノスはゼウスに討たれたはずだと』


 神話にはいくつかの説があるが、基本的にはクロノスがゼウスに討たれている。自分の息子に権能を奪われ、支配者から転落するという予言を覆そうとし、自らの息子たちを飲み込み、自らの体内に封じ込めたと言われている。

 しかしゼウスだけは彼の手を逃れ、最期には育ったゼウスによって討たれるという末路を辿る。確かにそういう逸話ではあるが、それが今この時と何の関係があるのか。


『確かにこの世界を構成する要素の多くが、神話を核に育まれたものであることは疑いようもない。だが、それらはまだ覆すことができる』


『正史に抗う。我はその術を探し、そして至ったのだ。ゼウスを討つことこそが、我が支配者であり続ける唯一の方法であると』


『だが我が息子であるはずのゼウスは、この世界にいつの間にか現れた。そして奴は生まれた瞬間に我の権能を奪い、この世界の支配者となった』


 クロノスの権能をゼウスが奪うという正史に基づき、現象とその結果だけがこの世界には起きた。結果として「クロノスが討伐される」という過程は飛ばされ、クロノスは生き残ったが、その一方で彼は支配者でも何でもない、多少時空に関する権能を持っているだけの神獣の1体になり下がった。

 しかしそれを受け入れることができなかったクロノスは、ゼウスから権能を奪い返す算段を立てる。


『そしてようやく舞台を整えた。ハデスに勝つ長男としての強さ。ティターンを滅した戦争の勝利者。プレイヤーというこの世界の創造主に連なる存在。世界を揺るがす創造の権能』


『この世界が正史から結果を得ることができるというのなら、正史の要素からその登場人物を用意することもできるということ』


『正史では叶わなかったゼウスの封印。それが果たされれば、以後の展開全てが新たに創造され、奪われた権能は我が元へと返ってくる』




「……つまり、俺はゼウスの立場に仕立てあげられた哀れな道化と。そう言いたいわけか?」

『我が欲しているのはこの世界だ。おまえの暮らす現実に興味は無い。協力してくれた礼とは言わないが、我が支配者となった暁にはプレイヤーの帰還はしてやろう。おまえも、その魂までは必要ない故、我が食らったところで魂までは死にはせぬだろうよ』

「確信があるわけじゃなさそうだな」


 確かにプレイヤーの帰還は望んだ話だ。だが、この戦いに身を投じる前、彼はアークに語っていた。

 彼が帰還を可能にしたいのは、利己的な理由に過ぎない。自己犠牲といった思想は持ち合わせていないということを。


「仮に俺がゼウス扱いなら、俺はお前から残った権能を奪い取り、その力を以って、自分の手で目的を果たす」

『既に我が手中にあって抗うか。それこそ無意味よ。無駄な足掻きをすれば、他のプレイヤーの帰還をしようという我が慈悲は与えられぬだろうな』

「何を恐れているんだ?」

『……なんだと?』

「抗ったところで何もできないと本気で思っているなら、あんたにはもっと余裕があるはずだ。プレイヤーを未帰還者にするぞと脅す理由はなんだ? 話さなくて構わないが、どうやらまだ抗う術は残っているとみてよさそうだな」


 この世界が仮の世界だとして、その世界で神になることに価値を感じない。むしろ面倒ごとを予感すらした。

 それでも、このまま引き下がりクロノスの言う可能性に賭け、魂だけは現実に帰るという可能性、それに縋るのは気分が悪い。なにせ、彼が支配したこの世界が住みやすいものであるとは到底思えないからだ。


「たかがデータ、そう思うには関わり過ぎた」

「一体何をされるのですか?」

「分の悪い賭け。同時に、現実を知っている側の不正(チート)ってやつだよ」


 この世界の基軸を成すのが現実の情報だというのなら……それを一番有効に利用できるのは、この世界の存在ではない。プレイヤーだ。


「仮に俺をゼウスに仕立て上げたとして、その後にすることは、それを飲み込んで体内に封じること。だとすればこの異空間は、奴の体内。吐き出させるには、確か酒で吐かせるんだったか」

「お酒ですか。それなら在庫がありますよ」


 うろ覚えの知識ではあるが、それでもできることがある。


「商品を無駄にするかもしれないが、試してもらえるか?」

「死ぬよりは安いでしょう。出血大サービスといきましょうかね」


 この場にフロアが居てくれたことを幸運に思いつつ、タルを割って液体を周囲にぶちまける光景を眺める。この広い空間を満たすには小さいが、情報がこの世界における力だとすれば、その情報に基づいた事象はそれなりの力を持つ。

 空間がうねり、何かの力によって濁流に押し流されるように体が宙を舞い、抗いようもなく流れに飲まれる。


 激しく揺さぶられ視界もおぼつかない状況の中、視界が暗転し、次の瞬間に彼らはクロノスの居る時計塔最上階に戻ってきていた。


「吐き出されたっていう事実は気持ちのいいものじゃないな。後で体を洗いたいところだ」

「くそっ、この程度のことで……」

「あの威厳ありそうな口調、素じゃなかったのか」

「私の計画は完璧だった……そのはずだったのに……」


 喚く彼を前に、ハルトは剣を構える。


「吐き出された後、恨みを買ったそいつは預言通りに追放される。だったか」

「やめろ! 私が居なくなればこの世界は――」

「知ったことかよ。命乞いするくらいならそもそも恨みなんか買うなっていうんだよ」


 もしゼウスを飲み込めていたのなら。その可能性を考えるくらいなら、ゼウスの恨みを買わず、支配者で居続けられる可能性を探求すべきだったとハルトは思う。しかし、今更そんなことを言ってもどうにもならない。世界の支配者という概念に縛られている限り、おそらく彼は融和なんて考えには至らない。故に、ここで決着をつけておくべきだとハルトは判断した。


「修正だ。――アップデート」

「消える……私が、消えてしま――」


 データを書き換える。啓人の持っていた異端の力の一部。ハルトはそれを行使する。


 彼を束縛していた拘束器具は、対象を失い地面に転がる。

 結局プレイヤーの解放手段を聞き出すことは叶わなかったが、世界を支配せんとする邪悪を退けただけでも良しとすべきだろう。

 そんな悠長なことを考えていたハルトだが、クロノスを倒した影響が早くも表れる。


「なんだ?」


 時計塔が揺れる。どうやら神格を失った影響が出たらしく、そもそも無茶な構造をしていた建造物は崩壊の危機を迎えていた。


「これが崩れるだけなら良いんだが」

「何をのんきなこと言っているんですか! このまま崩落に巻き込まれたら、いくらあなたといえど無事では済みませんよ!」


 それもそうだとハッとしたハルトは、他1人と1体を連れて崩れ行く塔を脱出するのだった。

 

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