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昇降機に乗り、神獣の複製体を倒す。そんなことを何度か繰り返し、多少消耗してきた頃。上を見上げると、壁が途切れ空が広がっていた。
体感する上昇速度に反し、相当な高度に達していた様子であり、昇降機の端に立って下を見下ろすと、下には雲とこれまで過ごしてきたプレイエリアが見える。
同時に、これまで天井だと思っていたそれが空に浮かぶ円形の建造物であったことを知る。
昇降機は複製体が現れる扉がなくなった後もなおも上昇を続け、その建造物へとたどり着く。
「ここが目的地だと良いんだが。……ところで、休憩は必要そうか?」
「攻撃してくるような相手だからね。全面的に敵対しているわけではないとはいえ、そういう相手の手中でのんきに休憩する気にはならないかな」
「私にお気遣いは不要です。もちろん、ご主人様が休憩をご所望でしたら待ちますが」
「この先は万全の調子で臨みたいと思っただけだ。あんたらが問題ないっていうなら早速中へ入ろう」
景色を見ている間、連戦していた時よりは長めの休憩を取ることはできたが、それでも体が十分に休まったかと聞かれれば違うと答えたくなるだろう。ただ、効率的な休憩の取り方なんて知らないハルトでは、短時間の休憩で疲労を取ることは難しい。軽い休憩は奇襲への警戒などで張り詰めた精神状態が続くだけで逆効果になりかねないと思っていた。
とはいえ、それはあくまでハルトの都合だ。他のメンバーのコンディションが悪いままこの先には進めない。そう思った彼は軽く尋ねてみたが、その反応は淡々としたものだった。
荘厳な扉を押し開け、建物の奥へと進んでいく。途中、廊下の壁面にはかみ合って回り続ける歯車が露出し、軸が回り擦れる音や、歯がぶつかり合う鈍い音が響く。
「ようこそ、我が城『時計塔』へ」
そんな廊下を進み、3つの扉を開けた先に彼は居た。
あらかじめここに来ることが分かっていたかのように彼は語り始める。その姿はハデスに近く、プレイヤーと大差ない身長で人の形をしていた。ただ、その姿は予想していたものとは異なっている。
磔にされ、頭にも布がまかれている姿は囚人や罪人を彷彿とさせる。しかしそんな姿を無様と笑うことはできない。ただ存在するだけで圧倒される存在。力を封じられてなお圧迫感があり、彼が万全の状態であればこうして対峙するだけでも消耗させられていただろうなと思う。
「自分の城という割には、あんたを閉じ込める鳥籠みたいに見えるが?」
それでも、今こうして封じられている相手であれば軽口を叩く余裕はある。威圧感に呑まれ冷静さを失う前に、多少場の空気をかき乱そうという抵抗でもある。
「然り。閉じ込めるのなら本人の領域の方が都合が良いという話だよ」
しかし、ハルトの言葉を気に留めることなくそれは淡々と語る。
ハデスがその力を十全に発揮できるのが冥界であるように、クロノスもまたこの時計塔という空間で最も力を発揮する。ただ、彼の拘束は彼自身の力を利用したものであり、自身の力の強さに比例して封印も強固となる。故に彼は自身の住処に居て、しかし拘束されているという奇妙な状況にあった。
そんな事情を知らないハルトには、彼の言葉の意味が半分も理解できなかったが、どうやら軽口が受け流されたということだけは理解する。おそらく挑発や罵倒といったもので感情に揺さぶりをかけるのは難しい相手なのだろう。そんなことを思いつつ、彼が封じられていた部屋に入る。
「しかし、封印されているのは予想外だな。てっきりこの塔で、悠々自適にプレイヤーを見下ろしているのかと思ってたよ」
「我は見ていた。故にその指摘は強ち間違いでもないだろう。封じられていてもそれくらいはできる」
目隠しをされ、3重の扉の奥の部屋に閉じ込められる。眼下に広がる地上において、人は米粒より小さく、観察するには見通せない。人の基準ではそう思う状態にあっても、彼にとっては不完全な拘束だということらしい。確かにプレイヤーをこの世界に招いたとき、その事象に関与していた存在だ。力を完全に封印され何もできないというなら、そんな干渉はできなかったはずであり、今この状態でもある程度の力の行使はできると考えておいた方が良いのだろう。
「私は待っていたのだよ。この世界を変える力を持つ者を」
「無理やり攫っておいて良く言うよ……で、あんたの目的に俺は興味が無い。こっちの要求はあんたの千里眼でお見通しだろう」
回りくどいやり取りは面倒だと言って、ハルトは単刀直入尋ねる。
「残っているプレイヤーの解放、あんたには可能なのか。可能だとして、それを行ってくれるのか。俺が聞きたいのはこの2点だ」
「答えよう。1つ目の問いだが、部分的には可能とでも言っておこうか。この計画は私一人のものではない故、単独で帰還させられる範囲は限られる。プレイヤー一人一人をこの場に連れてくるという手もあるが、あの複製体の群れからプレイヤーを守りながらこの場に辿り着くというのは骨が折れるだろう」
不可能とは言わないあたり、彼はハルト達の実力を良く理解しているらしい。その一方で、気になる話が2点ほどある。ただ、後半の回答を聞いてからにしようと質問は先送りにして、話の先を促す。
「2つ目の問いだが、今はまだ、私にそれを行う気はない。だがいずれ、計画の全てが果たされた時には協力しよう」
「計画、か。しかし、あんたの言い方からすると、あの複製体はこの塔の守護者というわけでもないらしいな」
1つ目の確認内容はそれだ。試練や外敵の排除のため用意されていたと思っていた複製体。それらが別の目的、プレイヤーをクロノスと接触させないために誰かが配置したものだとすると、厄介な相手がまだ残っているということになる。
「私も詰めが甘かったようでね。計画に参画していた者たちから裏切られたのだよ。セイレーンを使い複製体は私の制御下を離れ、プロメテウスには塔の管理を奪われた。そのうえこうして磔にされ、十全に力を発揮することも叶わないというわけだ」
「元は予想していた通りの機能だったが、今は正常に機能していないと。なるほどな」
とはいえ、彼が何かの計画で裏切られているかどうか。哀れな存在かどうかは彼の危険性とは別の視点だ。憐れんで拘束を解くようなことはせず、情報を集めるためにももう一つの疑問を尋ねる。
「もう一つ、こちらが本題だ。あんたの計画。その内容と目的だ」
話せないというなら、もうこの場に用は無いなとも告げる。この場に次誰かが現れるのがいつになるか知らないが、彼が何も話さないのなら、彼は何も得られない。
そんな脅しに近い問いかけに、彼はゆっくりと口を開く。
「条件がある」
「この期に及んで条件だと?」
「私は最初に言った。世界を変える者を求めたと」
――それに相応しいものか。君たちを試させてもらおう。
拘束されていたと思っていた左腕。それが纏っていたのは破れた封印の残骸に過ぎなかった。彼はそれを隠し、今までこの交渉の場に立っていた。
片腕で何ができる。そう思うのも不思議はない。彼は一歩も動けず、こちらに触れることすら叶わない。
しかし、それで十分だった。
「なっ」
彼が指を鳴らすと同時に視界が暗転し、異空間に飛ばされる。
そして、目前には1体の巨人が存在した。
『ティターンの1体。その再現体だ。それに勝てれば、力を認めすべてを話そう』
「こんなんばっかりだな」
デミの住処、廃棄されたゼウスの研究施設である放棄された教会。そこで戦った影の巨人タルタロスとの戦闘を思い出す。Eに助けられ、決着がつく前に助けられたり、訓練のために何度か模擬戦をさせられりした相手。体格は、彼より一回り大きく、影ではないため確かな実体を持っている。巨人という一点以外似ている点は無いはずだが、不思議と当時の記憶が蘇ってきた。
とはいえ、過去の記憶を思い起こして懐かしむ時間は無い。脳裏を過った記憶を思い返す間もなく、巨体とは思えない速度で接近、拳を振り上げた巨人を前に回避行動をとる。
「――ソニックアクション」
スキル発動が間に合い、体が一段軽くなった感覚を得る。実際に移動速度が上昇するので気のせいではないが、軽くなった体の跳ねる感触は未だに慣れない。
「(体感したことはないが、月で歩けばこんな感覚なんだろうか)」
余計なことばかり脳裏を過るのは、ある程度余裕があるかだろうか。目の前のディターンの1体。その能力はまだ未知だが、どうにもそれほど大きな脅威には感じられない。
狙いは自分一点狙いらしい。先ほどまでいた場所に拳を振り下ろし、隙を晒したところにフロアがジェムを投げつけ起爆する。
しかし、雷撃、爆発、金属片、衝撃波。それらに見舞われたティターンだが、土煙が晴れた後の肌に傷一つついていない。高い防御力か。あるいは高い再生力か。何にせよ自分の攻撃が効いていないと分かったフロアは軽い舌打ちをする。
「今回は役に立てそうにない。補助に専念するとしますよ」
そう告げ、せめて視界を塞げればとでも言うように顔にジェムを投げつける。魔法らしく、着弾箇所周辺に留まる不可思議な煙を使い、視界不良で援護を試す。しかし、それが上手くいく保証はない。
相手は足音や空気の流れでこちらの位置を捕らえることができるらしい。視界が悪くなっていそうなものだが、動きが鈍る様子はなく、次の攻撃が飛んでくる。
加速後の移動速度に順応してきているのか、紙一重の回避を強いられる場面も出てくる。そんな中で、アークも攻撃を開始する。
「通常の魔法で威力不足ということであれば、火力を上げるしかありませんね」
ハルトが狙われていることに気づいていてなお攻撃を開始するまでに時間がかかった理由。それは彼女の武器にある。
アンドロイドの素体に、手持ちの武器をいくつか犠牲にして用意した即席の兵器を接続する。それはミニオンの製造技術とは別系統の技術。エネルギー源を魔力とした場合の科学技術。先ほどのフロアのジェムでの攻撃が効かなかったことで、魔法に耐性があると判断したからこその実弾兵器。
「射線から退いてくださいね。――ブラスト」
アンドロイドの素体を動かすエネルギーすら消費しての砲撃は、ティターンの巨体すら吹き飛ばして見せる。警告のおかげでハルトは回避できたが、爆風の範囲から脱するまではいたらずティターンが吹き飛んでいった方向とは別方向に軽く吹っ飛ぶ。
何とか防御姿勢を取り、着地のダメージはほとんどないが、状況の把握には多少の時間がかかった。
「……敵、生存を確認しました」
しかし、それだけの攻撃でもまだ倒れてはくれないらしい。
ダメージを受けた体は、着弾地点から大きく削り飛ばされ、その姿は万全の状態からは大きく変化していた。残った肉片はボコボコと泡立つように膨れ、端から再生していく。その中心、再生の根源には、青白い色をした核のようなものが見えた。
「どうやら、弱点を破壊しないと再生し続けるらしいな」
「次弾用意、しばらくかかります。申し訳ありません」
「攻略法がある程度定まっただけでも成果だ。あまり気にするなよ」
そのうえ、核自体もどうやらその巨体を動き回るらしい。人の頭程度の核を、10m以上の巨体の中から目星をつけて破壊する必要があるらしい。
攻撃手段は未だ拳のみと、こちらが負ける理由は少ないが、こちらが相手を倒すのも時間がかかりそうだ。
タルタロス戦も、お互い決定打がなくて長引いたのを思い出す。あの時はハルトの方が消耗させられ、Eの助けが無ければ負けていたので似て非なる状況ではある。だが、ティターンを前にタルタロス戦を思い出した後の似た展開。妙な感覚に苛まれる。
「……考えるのは後だ」
味方が作ってくれた勝機だ。彼らの力が及ばなくても、そこは自分が補えばいい。このメンバーでの最大火力を持つのは、自分なのだから。
そんな思いと共に、エリアへの影響を考慮し使用をためらっていたスキルの一つ。その準備を始めるハルトだった。




