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町から少し離れた川の傍。昨日野営でもしていたのか、燃え残った炭が一角に放置されている。
「さて、何から話したものか……」
「時間が無いとは言わないが、できれば簡潔にお願いしたいな」
「積もる話もあるんだが、まあ、そういうのなら」
焚火の傍、少し石が積まれた場所に腰かけるフロアを横目に、まだ警戒を解いていないハルトとアークは少し離れた声が届くくらいの距離で立っている。
「君と私に直接的な関係はない。一方的に私が干渉していた。おそらく君の認識はそんなところだろう」
「確かに特に思い当たることはないな」
「だが私には君に干渉する理由があった。それは、君の父親であるケイトと私の関係だ」
自分のものではない、啓人の断片的な記憶を持っているハルトだが、目の前のフロアについてすぐには記憶を辿ることはできない。啓人にとってあまり重要ではない人物だったか、あるいは断片的な記憶の中に含まれなかった記憶か。それとも単にハルトが積極的に回想することがないから気づかなかっただけか。何にせよ、ハルトは前もってその事実に気づくことはなく、この場で初めて彼と自分の父親の関係を知る。
「私と彼が出会ったのは、大戦の終盤。当時のゼウスはいくらか腐敗が進んでいてね。現実への干渉によって体を得た幹部は、そのままこの世界に見切りをつけ、こちらの世界に何も還元しなかったり、下級のメンバーによって神獣にゼウスの他のメンバーや拠点をリークされてしまったりと酷い有様だった。神獣たちの連合がそのうち勝利するだろう。誰の目にもそう見えるような戦局だったよ」
ゼウスの本来の目的は、リソース制限のあるこの世界から解放されることだった。その目的のために、一部のキャラクターが反乱を起こし、この世界を維持・管理する神獣との戦いを繰り広げた。
しかし、ゼウスに所属したすべてのキャラクターが解放されたわけではない。初期メンバーや一部の優秀なキャラクターを除き、多くの構成員はゼウスの目的が達成されたとき、この世界からリソース制限が無くなると考えていた。それであれば、神獣たちがゼウスを止める理由などないということに気づきもせずに。
実際は、この世界に歪みが生じようとも現実へ干渉し、一部のキャラクターだけがリソース制限のない現実で肉体を得ることができる。ゼウスの計画はそういうものであり、だからこそ神獣たちは一部の計画の首謀者たちを鎮圧すべく戦ったわけだ。
しかし、神獣たちの努力虚しく、何体かの主要なキャラクター達が受肉を果たした。彼らとしては、それで計画は完了。電脳世界での戦いを指揮する者は消え、残ったのはこの世界のリソース不足を解決するという使命を負っていると思い込んだゼウスのメンバーと、既に現実への干渉は起こってしまい、ゼウスの中枢に斬り込もうと時すでに遅しということを知らない神獣たちの泥沼の戦いだった。
戦いが長引けば、戦っている理由や自分の所属する組織に疑念を抱く者もあらわれる。フロアが言った大戦の終盤というのは、そういう時期のことだった。
「そんな戦局で、彼は唯一、この世界のために力を振るうゼウスのメンバーだった」
「それは……」
ハルトの記憶と一致している一方、それを知る者はほとんど居ないと思っていた。故に、彼の語る内容が、ハルトの知らない事実だと認めざるを得なくなる。
そこまでする理由があるのか。そんな疑念はあれど、これまでの話はハルトを丸め込むための嘘である可能性を疑っていた。それは、彼の話の結末が見えてこない恐怖心による部分が大きい。
しかし、そんなハルトの心境など気にせず、フロアは話を続ける。
「私は、彼に制限の一部を解除してもらったんだよ。『特定の町から離れられない制約』と『記憶領域』、『アイテム保有上限』の3つの制限から解放された結果、なんだかんだ商人という役割に落ち着いたわけだ」
その言葉に、ハルトは違和感を覚える。
確かに全盛期の啓人は制限を解除できる程度の力を持っていた。それは間違いない。しかし、フロアが語る啓人の人柄と、ハルトが知る啓人の人柄はどこかかみ合わない。
ゼウス構成員の中では比較的まともであり、この世界に対する理解もあった。可能であればこの世界からリソース制限を取り除きたいと思っていた可能性も高い。しかしそれらはあくまでできたらやる程度の話。彼自身がそれを目的に行動していたというのは、彼の記憶の一部を知るハルトには考えづらい。
だとすれば、目の前のフロアは啓人に騙されたか、勘違いの果てに彼に傾倒している哀れな人物ということになる。
そうと断じるには啓人の情報もフロアの情報も足りていないが、一度覚えた違和感は巣食い、頭の中で自己主張していた。
「私に与えられた力は、確かに彼の目的を達成するためのものだった。けれど、彼は約束してくれた。私たちを解放するとね」
そんなハルトの考えなど知らず、彼は語り続ける。その言葉の端には苦々しい、どこか疑っているような揺らぎがあった。もしかすると、彼自身自分がただ利用されたと気づいているのかもしれない。その事実から目を逸らすために、彼は何かを待っていた。そして、おそらくそれはハルトにとって都合の悪い話。
「……しかし、その結果は君も知っているだろう。彼は、戻らなかった。だが、どうやら彼は私たちを見捨ててはいなかった。結果的にこちらに戻ってくることも力を貸すこともできなかったが、それはそちらの世界で彼が死んでしまったからだ。彼が自分から救済を放棄したわけではない!」
血走った眼で語るその姿は、ハルトに言い聞かせているというよりも、自分自身を騙すためであるかのような、そんな必死さを感じる。そこにこれまで見せていた理性的で奔放な武器屋の店主という顔はなく、あれが衝動を必死に押さえつけた上での仮面だったことを知る。
「その証拠に、君という存在が現れた。同行者2人は目が腐っていて見抜けなかったようだが、あの殻を奪った奴は別人……いや、人ですらなさそうだったな。とはいえ、施設から出てきたのがあいつだった時にはさすがに肝を冷やしたよ。あの中で君が息絶えているんじゃないかってね」
同行者2人というのは、おそらくEとミオのことだろう。
Eはハルトのアバターに寄生した先史文明時代の研究員、その残留思念のような存在。
ミオはパンドラのアバター研究中に廃棄された素体に自我が芽生えた、この世界の原住民と現実世界からの異物のどちらともつかない存在、この世界ではデミと呼ばれる個体の1体だ。
しかし、ハルトはその内容に違和感を覚える。見抜けなかったというのはどういうことか。Eが自分の素体を奪ったものだと考えていた彼は、フロアの語った内容に疑問を抱きつつも、その時すぐには話を聞かず、黙って話を聞き続ける。
「その懸念は払拭されたが、陰ながら力を貸すだけでは不十分だったと痛感したよ。あまり積極的に動けば君の成長を阻害しかねないとか、全大戦のせいで神獣たちから目を付けられているから表に出ると邪魔が増えそうだとかいくつか理由はあったけれど、こうして自分の正体を明かし、強力した方が賢明だという結論に至ったわけだ」
「道中でも接触の機会はあったんじゃないのか?」
「それは言わないでくれ。君がこの世界について詳しく知った後で、君の目が私をどう見るのかわからなかった。それが不安できっかけができないかと接触前に尻込みしていたんだ」
「本当のことを言う奴は信用しやすいとはいえ、そこまで詳細に事情を開示しなくてもいい」
事情を聴いて想像し、そわそわするフロアを想像してしまい、妙な気分になって頭を振り、思考をリセットしてからそう告げる。
「なんだかんだ言って協力者がいるのは心強いが、いいのか?」
「何のことだい?」
「俺はこの世界の解放なんて考えてないって話だ」
啓人が力を与えたということは、彼の能力は有用なものだろう。しかし、途中で裏切られても面倒なだけだ。だからハルトは素直に自分の考えを告げる。その様子に隣に立っていたアークが理解できないとでも言いたげに顔をしかめたが、ハルトは努めて無視する。対人経験の少ないハルトには駆け引きなどできないが、演技できない自覚があるため、それならばいっそ素直にやろうという考えだったが、どうやらアークには不評らしい。
「構いません。あなたの歩いた道、それは確かにこの世界の解放に繋がっている。自覚は無いようですが、あなたは紛れもなくこの世界の救世主なのですよ」
「……俺は言ったからな。後で裏切られたとか言わないでくれよ」
賢い選択ではなく、最悪争いになるかもしれない。そんなことを懸念していたが、全くそんなことは無く、むしろフロアの救世主に対する傾倒具合に頬を引きつらせることになる。しかしここまで言っても協力するというのならと、ハルトも覚悟を決め、彼の同行を許す。
「しかし、神獣に目を付けられるか。……なんというか、今更だな」
「こちらも、ここまで遭遇率が高いとは思っていませんでしたよ。まあ、彼も似たよなものでしたから、現実で言うところの『血は争えない』というやつでしょう。彼も、自分から戦いもしない割に、いつも戦闘に巻き込まれて。回復アイテムの確保には苦心していましたね」
親とは言え、他人とその姿を重ねて見られることはあまり気分のいいものではない。それを自覚しつつも、口数が少ないわけでもない新しい同行者の話は、今後ふとした時に聞くことになるのだろう。気にしすぎないようにすべきだと思いつつ、それが容易ではないことを自覚し、彼がもたらす利益と釣り合うだろうかと軽く考えを巡らせてしまい、まだ旅が始まってもいないのに気持ちが沈むハルトだった。




