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ハルトはログアウトを可能にするために、クロノスという名前の神獣と接触すべく旅を始める。しかし、出発早々思いがけないトラブルに見舞われ、その解決のために小さな町に立ち寄った。
当初は問題解決のために資材調達に出向いただけだったが、ふと目を向けた先に見覚えのある看板が立っていたので立ち寄ってみる。
しかし、看板が同じだからと言って店番まで同じとは限らない。その看板を下げて商売をしていた人物。かつて出会ったその人は、商会の一員だったのかもしれない。そんなことを思いながら、店番をしていた初老の男に対し、世間話を装って以前に看板を見かけたことを呟いてみる。
そんな奴は知らないという答えが返ってくるだろうと思っていたが、どうやら話題に上げた人物は店番にもなじみある人物だったらしい。
店の商品の物色はアークに任せ、ハルトは店番のファーロから、件の人物、商人フロアの話を聞くことができないかと思い、いくつか話題を振ってみる。
「フロアさん、ですか?」
「ああ。普段はおとなしく擬態してるからその辺の商人と違わない様子をしているくらいだ。君は、彼のこと覚えているようだから、おそらく妙なものでも買わされたんじゃないか?」
「買わされた、というと語弊がありますけれど、格安で譲ってもらった品は2つ。1つは人に渡してしまい、もう1つは盗られて戻ってきていないので、この場で見せることは叶いませんが」
「それは、何というか気の毒な話だな」
RPGにおける武器なんてものは、敵を倒した時に低確率で得られるレアドロップや、イベントでしか入手できないものなんかを除けば町の武器屋で苦もせず買うことができる。
しかしこの世界では単なるゲームに比べ、入手制限がある。武器屋から在庫が無くなれば買えなくなり、希少性の高い鉱石や著名な鍛冶師作の武器となると先着順。加えて蒼の短剣といったイベント用アイテムは、この世界に1つないし限られた数しか存在していない。その代わり、イベントアイテムありきの事件の発生率も相応に低いので、見かけ上はつり合いが取れている。
とはいえ、実際に起きるのは一般プレイヤーはろくに勝てない神獣の襲来か、パンドラの連中に見いだされた適性持ちのプレイヤーが単騎、あるいは軍隊に似た運用で制圧だ。そのため、基本的にはゲームのように適性レベル同士の対決にはならず、イベントアイテムの有無にかかわらず一進一退の攻防になるということは少ないのだが。
「とはいえ、代わりの武器は手に入れました」
「それなら良かった」
そういって心装を収めた鞘を軽く揺らす。
相変わらず黒く斬撃を繰り出せる程度の硬度を見せるのに普段はどこか液体のように波打っているように見える何かが纏わりついている。とはいえ、鞘に納めておけば柄部分しか見えないので紹介してもそれほど注目はされない。こうして武器の存在を示したのも、武器もなく旅をしている変人ではないということを示したに過ぎなかった。
そのことはファーロも分かっているようで、揺らした剣に一瞬目線を向けたが、その剣に興味を示すことなく会話を再開する。
「ところで、そもそもこの店の看板、あれはどういう意味なんです?」
看板に描かれているのは剣と盾というシンプルな絵だ。フロアが武器屋だったので気にしていなかったが、この店はどうにも武器を取り扱っているようには見えない。
「ここが武器屋に見えないという顔だね。無理もない。このあたりの武器は全部都市に徴収されてしまったからね。仕方なく、棚には雑貨を並べているんだよ」
それでも、徴収される前に隠した秘蔵の武器があると言い、見たいなら見せると言われる。
「武器には困っていないので」
「そうかい。あいつらを久しぶりに外に出す口実ができるかと思ったんだが」
今の武器との比較しようなどと言われるかもしれないと焦って拒否したが、秘蔵の武器というくらいだ。自慢したかっただけなのかもしれない。ファーロの態度にそんなことを思う。
「それはそうと、徴収されたんですね」
「理由もわからず店の商品を搔っ攫われた時は本当に最悪だったね。まあ、対策してたから最低限の被害で済んだから私はまだマシな方だろうが」
おそらく都市というのはファーストリアやセカンダリア等のパンドラによって造られたプレイヤー拠点用の都市のことだろう。量産品を店に並べているかと思ったが、その割には錆びた剣が樽に突っ込まれていたあたり、既存の武器を徴収し在庫確保していたらしい。
この世界に移住するために、神獣の排除と世界の管理システムへの干渉を可能にする鍵の確保、おそらくそのあたりが目標なのだろうが、移住し統治予定の世界にも拘わらず原住民の扱いは酷いものだ。自分たちの住みよい環境に整える前提だからか、既存の環境やそこに暮らす者たちのことは考慮していないのだろう。
「本当に迷惑な奴らだな……」
「何か言いましたか?」
「いいえ、何でもありません」
「そうですか。……話は戻りますが、フロアはそんな武器の徴収が起こる前に、何か思い立ったかのようにこの武器屋の商品をいくつか持って出て行ったんですよ。当時は店の商品を勝手に持ち出したことに腹を立てましたが、その後に徴収なんてされたもんだから『どうせ奪われるくらいなら』って気持ちになって、憎み切れない。それにしてもタイミングよく徴収前に行動を起こしたのは、今も不思議な感じがするね」
性格以外、行動面でも奇妙なところはあるらしい。まるで未来を見ているようだったと彼は語った。
それ以降の話は他愛もないもので、これと言って新しい情報が手に入ることはなかった。
さすがにそのまま立ち去るのも気が引けたハルトは、アークが見繕ったいくつかの品を買うと、その店を出る。
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その後、本来の目的地を巡る。具体的には製材所とめん羊の畜産をしている場所だ。住民の使う分しか生産していないとあって難色を示されたが、アークの交渉が上手いのか、最終的には必要分を確保することができたらしい。
材料が確保できたので、残りの作業ははミニオンの元に戻ってからになるだろう。そんなことを思いつつ町を出ると、そこには馬車を停め、こちらが現れるのを待っていたかのように佇む商人、フロアの姿があった。
「私の出身地を訪れるなんて、偶然にしてはできすぎですね」
「出身地なのか?」
「おや、そういう話は出ませんでしたか。……まあ、彼は所詮キャラクターですからね」
フロアは少し寂しそうな顔をしてそう呟く。しかし、その何気ない一言に、ハルトは警戒を強める。
「プレイヤーとキャラクター、その単語を使うのは、プレイヤー側か、この世界の根幹を知る奴だけだ。あんた、何者だ?」
「嫌だなあ。それくらいは聞いたでしょう? しがない商人ですよ」
自分でも胡散臭いと思っているのだろう。白々しい嘘を口にするフロアは、一度眉間を揉むと、やっと真面目な表情を作る。
「というのは、さすがに無理がありますね。私は、かつてのゼウス、その計画に加担した一人。その中でもこの電脳世界に残った結果、聖戦に巻き込まれずに生き残った存在。……と言って、あなたたちは信じますか?」
そして、彼は自らの出自を語る。しかし、彼自身その出自を言葉にしたとき、そのでたらめさには自覚があるようで、信じるかどうかをこちらに問う。その葛藤や、信じてもらえないかもしれないという不安はどこか説得力があり、演技と断じることは難しかった。
「判断材料が足りない。だからその話を鵜吞みにはできない」
「ならどうすれば信じてもらえますか?」
「どうして信じて欲しいんだ? 信じないと、この先の話はできないのか?」
「前提の話が嘘なら、この先の話も嘘だと断じられる。信じて貰えればこの先の話が楽なんですよ」
「そもそもこうして待ち伏せされた後だ。信用は難しいのと、そもそもあんたの目的が見えない。その感じだと、ただ話をしに来たのか?」
奇襲こそされなかったが、こうして町から出てくるところを待ち伏せされていたのは不気味だ。これまでも前触れなく目の前に現れてはいたが、それでも偶然接触した感じを出していた。それが今回は目の前に、それも町の中に入りもせず待っていた。十分警戒に値する状況と言える。
そのうえで、ハルトが一番知りたかったのは、彼の目的だ。これまで何かとハルトに強力していた彼、その理由が見えない状況。無償の善意なんてものがあるとは思えず、不安を感じるのも無理のない話だった。
「そうですね。ひとまずは話がしたい。そして、その話を聞いてもらったうえで、あなたに判断して貰いたい」
「判断?」
「彼の罪と、その清算についてです」
詳しくは話の中で教えますと言い、彼はそれ以上何も話さなかった。
どうやらこの場は彼から逃げるか、彼と話をするか。その二択しかないらしい。罪とその清算という穏やかではない話題ではあるが、これまで彼から格安で譲ってもらった武器には助けられてきた。その恩を無下にして、話一つ聞かないのは薄情者だろう。
感情に身を任せた行動が最善手でないことくらいわかっているが、特段攻撃の意思を見せなかったフロアを、今はまだ信じてみたい。そう思ったハルトは、彼の提案を受け入れる。
「わかった。話に付き合おう」
「感謝しますよ」
ではこちらへと言うと、フロアは馬車を引く馬を歩かせ、付いてくるようにとこちらに背を向ける。どこへ向かうのかは知らないが、少なくとも町の近くで話す気はないらしい。
「大丈夫ですか?」
「わからない。でも今は、彼についていこう」
それまで話に割り込むことはしなかったアークだが、2人の会話が終わったところで不安を口にする。その不安はもっともだと思いつつ、これから連れていかれる場所に罠が無いことを願うことくらいしか、今のハルトにはできない。
「しかし、今回の道中は何もないと思ったんだがな……」
フロアの背を追う中、ハルトはぼそりとそう呟く。ゆく先々で何かと巻き込まれることにいい加減辟易しているが、彼がどう思うかに関係なく面倒ごとは舞い込むのだろう。
自分の出自ゆえに仕方ないことだとは理解しつつ、少しは何事もない旅ができないものかと思案するハルトだった。




