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 計画を立て、その日は眠り、翌日の朝方に1人と1体は研究施設から出立する。


 それまでのハルト達の移動速度は、馬車よりは早かったのかもしれないが、巨大な施設を運搬しながらの移動ゆえに早いとは言えなかった。

 その点、運ぶものが身一つになった今は、かなり早く移動することができる。できるのだが、ミニオンの1体、ハウンドの背にしがみつきながら、ハルトは思った。


「(移動も楽じゃないな)」


 話したり叫んだりしようとすれば舌を噛む。優秀な素体のおかげで握力や体力に限界が来る様子もない。しかし移動開始から一時間程で早くもハルトは精神的な疲労感を感じていた。


 そんなハルトの様子に気づいたアークは、一度今後のことを再検討するという体で小休止を取ることにする。そうしてちょうどいい林並木の傍で彼らは休憩を取る。

 木にもたれかかりながら、ハルトは車がいかに画期的な移動手段だったのかということを知る。といっても、彼が車に乗った経験は幼少期から中学生になるくらいまでの間のこと。それ以降はほぼ外出を許されず、運転免許を取る機会は無かった。それゆえ、運転席に座った経験は一度も無いので、その体験は想像に基づく部分も多いのだが。


 そんなハルトの様子に、アークは即席でも馬車のようなものを作りミニオンに引かせるべきだったかと反省する。この世界において飼いならされた魔物の背に乗ること。あるいはプレイヤーが魔物と呼んでいるだけで本来はこの世界の住民と友好的な関係にある神獣の眷属。彼らとキャラクター達の共生関係は、それほど珍しい話でもない。多少不慣れでも、高い素体の性能を用いれば一時間程度で騎乗に慣れるという目算だったのだが、その目算は外れることになった。


「プレイヤーの方は、生き物に乗って移動する経験が少ないのですか?」

「少ないというよりも、無い人の方が多いかな。趣味として乗馬があるくらいで、それ以外は遊牧民といった特定の部族ないしコミュニティに所属している人くらいだろうな……」


 アークは人工的に造られた存在としては高い知能を有している。しかし、知らないことまでは考慮できない。ハルトにとっての現実について、彼女はあまりにも知らなすぎた。

 安易にこの世界の文化を基準に考えることは危険だと結論付け、いくつかの計画を修正するためハルトから情報を引き出す。


「申し訳ありませんが、移動方法の改善には材料不足です。材料を購入できそうな自治区までは残り2時間ほど要します」

「……1時間に1回、休憩を入れてくれ。それ以上は我慢する」

「申し訳ありません」

「謝らなくていい。俺も、こうして移動を始めるまでは問題ないと思い込んでいたんだ。責めるのは酷な話だ」


 お互い気まずい感じになったが、気分が乗らないからといって移動しないわけにもいかない。歩いてもいいが、時間がかかりすぎるし、ハウンドが走らないとしても揺れる背中に乗ることに慣れていない点が問題である以上、移動時間が延びるのは悪手だろう。

 旅はまだ始まったばかりだが、先行き不安になる出来事に気疲れするハルトと、これ以上のミスは許されないと焦りを抱くアークだった。


~~~~


 アークの計算は正しく、一度の休憩を挟んでほぼ2時間、ミニオンの姿に怯えられても困るので、降りてから多少歩き、彼らは小さな町に立ち寄る。


「Eに憑りつかれたせいで魔族扱いされて、それ以降町に来ることなかったから、何というか久しぶりに人通りのある所に来た感じがする」

「感じ、ではなく実際そうなのでは?」


 パンドラがプレイヤーの拠点となる町を造った時、キャラクター達は徴兵のごとくその場所に集められ、記憶を弄られたうえでそれら町に配置された。以前、新しくキャラクターを生み出すリソースが無いという話があったが、その結果が既存のキャラクターのNPC化ということになる。

 残ったわずかなキャラクターたちは、人手が減った中、町の規模を縮小し、細々と生活している。


「とはいえ、この規模の町で材料確保できるのか?」

「特に問題はありません」


 施設からは既に離れているが、アークのアンドロイドの素体も器用なので、よほど大掛かりな製造でなければ彼女自身が製作機械のごとく働けてしまう。

 とはいえ、人が乗り、なおかつハウンドの走行に耐えられる馬車ないし荷台の作成となると、小さな町で確保できる材料だけでは不安を覚えるのは自然な話。しかし、アークには何かしら策があるらしく、ハルトの心配をよそに落ち着いている。といっても、AIなので焦りを表情に出さずに振る舞うことができるので、態度や表情は判断材料としては弱いのだが。


 迷いなく歩みを進めるアークの後ろをついていきながら道端の店に目を向けていると、一つの看板が目に映る。


「ちょっと止まってくれ」

「何か気になるものでもありましたか?」

「知り合い……と呼べるかわからないが、顔見知りを見かけた」

「プレイヤーの方がこのエリアまで来ているとは思えませんが」

「彼はプレイヤーじゃないし、その割に、パンドラの支配領域を気にせず行商をしていた。当時から正体不明だったけれど、情報を手に入れた今はより一層謎多い人物だな。話を聞けるなら聞きたいが、気に障るようなことを言って邪険にされると厄介そうだし、顔を見せる程度にしておくつもりだが」


 ハルトが接触したことのある行商人は一人。といっても商人ではあるが、行商人かどうかは怪しいところもある。

 最初の接触はファーストリアで、あの時は蒼の短剣を格安で譲ってもらった。

 次はEがヒュドラーの毒の治療に必要な神殿、もといゼウスの研究施設を目指す道中、魔力を矢に変えて打ち出せる変わった弓を購入した。あの弓は、今はEの元にあるだろう。自分の素体を奪ったのがEであると思っているハルトは、そんなことを思い、一時は共闘関係にあったその人格を思い出し、少し苦しい気持ちになる。

 とはいえ、悲しみに耽るほどはっきりと思い返したわけでもない。すぐに気を取り直すと、看板を下げている店に入る。


「ごめんください」

「どちら様かな……見ない顔だね」

「……初めまして。ハルトといいます」

「ご丁寧にどうも。わたしはファーロだ」


 店番をしていたのは、かつて出会った行商人ではなかった。確かに掲げている看板が同じだからと言ってその人が経営しているとは限らない。店に入ってからそのことに気づき、失敗したなと思う。

 とはいえ、あの人が所属している商会というなら変わった商品を取り扱っているかもしれない。当初の目的は果たせなさそうだと思いつつ、念のため探りは入れてみる。


「同じ看板を見かけたことがあって立ち寄ったんです。いい商品を扱っている方でした」

「どこで見かけたんだい?」

「ファーストリアです。事件の時に撤退したのでもうそこにはおらず、最後に会ったときには訪問販売をしているという話をしていました。その後の行き先は知りません」

「あの町か……だとすると、フロア当たりだろうか。しかし、よく町から抜け出せたものだ。……それなら一声無事を伝えてくれてもいいだろうに」


 ぶつぶつと何かを呟いているのを眺めつつ待つと、ファーロは少ししてからはっとした様子でこちらを向き直る。


「少し考え事に耽ってしまった。すまないね」

「いえ。しかし、俺が接触した相手がだれか、目星でもつきましたか?」

「あくまで予想だがね。フロアという気まぐれな商人さ。気に入らない奴にはろくにモノを売らないくせに、気に入った奴には採算度外視で商売する。そのくせどういうわけか破産しないし商品在庫は持っている。不気味な奴さ」


 確かに不気味だというのは否定できない。Eの存在に気づくような得体のしれない力を持っている。その割にフットワークが軽く、目的も見えない。

 本人からその素性を聞き出すのは難しいと思っていたが、彼を知る人物からであれば多少の情報は引き出せるかもしれない。


 本人は居なかったが、予想に反していくつか収穫がありそうだと多少気持ちが持ち直したハルトだった。

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