表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/104

69

 ハデスとの戦闘後、倒れたハルトは1週間以上昏睡状態にあった。

 本来であれば精神体が素体(アバター)に馴染むまでに一定の時間を要する。それを無視して不調のまま体を運用した反動であり、楽観視はできないが重度の疲労であり、そのうち目覚めるだろうとアークは結論付けていた。

 そしてその予想通り、時間はかかったものの目を覚ましたハルトは、アークからの状況説明を聞きながら(電脳世界の素体を肉体と呼ぶかどうかの議論は考えないものとして、)久しぶりの肉体を謳歌していた。


 そんなハルトが今、待望の体で何をしているのかといえば、読書だった。


「なるほど」

「調子はいかがですか?」

「悪くはないけれど、こう、集中力は続かないな」


 読んでいたライトノベル程度のサイズの本を栞を挟まずページを開いたままテーブルに伏せながら、ハルトは目の前の女性型アンドロイドにそう告げる。

 以前には居なかったそのメンバーは、その実以前からハルトの傍に居た存在。ゼウスの研究施設を管理していたマスブレインであるアークにより、そのアンドロイドの素体は運用されている。

 それ、もとい彼女は、仮想空間の外でスピーカーや素体の機能を使用したテレパシーにも似た脳との直接の意思疎通ではストレス等の原因になると判断。その一方で存在感が薄れるというのは見捨てられる原因の一端になりえると判断し、継続的なコミュニケーション手段を欲した。その結果がアンドロイドの素体を使用するというものだった。

 ミニオンのような生体部品を使わない理由については、生体部品が混じると自我の発生する可能性があるためだと答えている。彼女としては、アークという存在の基底に作用する要因は可能な限り排除したいらしい。


 そんなアークに対して、集中力が切れたことを口にしたハルトだったが、おそらく精神的な疲労は看破されているのだろうとも思っていた。現れるタイミングが良すぎるうえ、バイタルは定期的に確認もとい監視されていた。


「しかし、仮想空間はこう、通常の時間経過とは別軸なことを生かせるものでもないんだな」

「私のように完全なデータ存在であれば話は違います。ですが、ご主人様の場合、脳への負荷が許容範囲を逸脱するでしょう。唯人よりは随分と高密度データへの耐性をお持ちですから、一般プレイヤーから見れば十分反則的です」

「これ以上は高望み、か」


 ハルトは疲れたところに差し出された菓子と飲み物に手を付けつつ、アークと既に何度か繰り返した内容の会話をし、以前と変わらない結論で締めくくる。本の内容を知る彼女に今日知った知識を披露しても虚しいだけ。だからと言って外部からの新しい刺激もない環境では、以前も行った話を繰り返すこともしばしばある。人ならもう聞き飽きたと愚痴を吐かれるところだが、アークは工夫を凝らし、なんとかして毎回多少異なる反応を返してくるので、相手に飽きられているという感覚が無く話してしまう。

 アークとしては新たな主人を自分に依存させようという意図があるのかもしれないが、ハルトとしては、このままだと人とのコミュニケーション能力が著しく低下するような気がする。といっても、数年間軟禁され、コミュニケーションはVRゲームの中で最低限行うだけの生活を送ってきたハルトに低下するほど高いコミュニケーションなど無いのだが。


「しかし、ご主人様ってのは何か堅苦しいというか、従者を持つような身分でもないから違和感があるというか。率直な話、名前で呼んでくれた方がいいんだが」

「はい、ご主人様」

「……高性能とは一体」


 何度目かの進言だが、今回もはっきりとした返事とは裏腹に受け入れてはもらえない。他の命令はある程度素直に聞くが、どうにもアークはハルトの呼称について変えるつもりがないらしい。頑なな態度に過去に何かあったのだろうかと想像を巡らせるハルトだった。


~~~~


 ハルトが倒れた直後、戦場跡では生き残ったミニオンとアークが次の行動を決定すべく行動を開始する。


 ハデスとの戦闘後、全損に近い被害を受けた神殿もといゼウスの研究施設はその隠蔽機能を失い、完全に地上に露出していた。

 深層にあったアークの本体やミニオンの生産施設は辛うじて無事だったが、生産用リソースの保存区画への大きな被害からミニオンの生産は困難となったほか、施設が露出しているにも関わらず防衛設備はほぼ全滅している。

 そんな状況でアークは最低限の機能と研究施設再建用のデータを施設から持ち出すことに決め、その目的に合うプレハブを建造する。

 とはいえ、都合よく移動可能な建造物の設計図があるわけでもない。小型かつエネルギーの自給自足が可能な建造物の生産には時間がかかり、改良する時間は無かった。


 結果として、施設の外縁部に大型の車輪を付け、生き残った複数のミニオンに引かせるという強引な手段で移動を開始。まだ施設跡地から十分な距離を取れていないほか、新規施設の建造に適した土地が発見できないこともあり、今もなおその状況は変わっていない。

 そんなプレハブの一室。疲労による気絶と診断されてはいたものの、意識のない病人であるハルトの居住区画は不整地を走行するソレの中で、振動を抑えるように設計されている。逆を言えばその一室から一歩でも出ればまともな制震構造は無いため、ハルトは現状目が覚めてからもほとんどの時間をその一室で過ごしている。

 そんな彼のストレスを軽減するためにアークが容易したのが話し相手になるアンドロイド。といっても自立型ではなく、あくまでアークが遠隔操作する端末であり、ハルトも高性能なAIを相手に何を話せばいいのかわからないようであり、当初の目的の話し相手の確保によるストレス緩和の目的は果たされていなかった。

 試作が失敗したと認識したアークは次の手を考えるが、そんなアークに対してハルトはこれ以上何もしないでくれと言われてしまった。そのため、彼が感知できる範囲で行動は起こせない状況になり、彼の健康維持については手段を再考しなければならなくなった。

 余談だが、本当に何もしないという選択肢はアークにはないらしい。独自に判断を下すことができる高い性能が裏目に出たと言えるだろう。


 そんな中、さりげなく用意した本は、一応の成功を収めた。


 電脳世界についての歴史、情報等に疎い彼はアークが記録していたデータを纏めたものに対してそれなりに興味があるようで、外に出ることができない中でそれを娯楽として消化していた。

 とはいえ、こういった情報は仮想空間に居た時や、啓人が知識を遺したように直接インプットすればいいものだったのではないか。そう思ったハルトはアークに対してそれを質問したことがあった。その時のアークの回答は、啓人の知識を無理やり引き継いだ際に感じた不調が数倍酷くなるだろうというもの。危機的状況にあるからと何とか耐えたが、酷く気分が悪かったのを思い出し、ハルトはそれは耐えがたいなとアークの判断を支持した。結局のところ、時間をかけずに知識を直接記憶に刻み込むのはリスクや負荷が大きく、都合の良い話は転がっていないということらしい。


~~~~


 本を読みつつ、時折差し出される軽食をつまむ。そんな生活を続けていると自分が堕落したように感じてくる。特に労働もせず生かされている感覚は、施設に入れられた後の生活を彷彿とさせる。


「これで採血まであれば完璧だな」

「何が完璧なんですか?」

「おっと、足音を響かせてくれとは言わないが、こうも物音を立てずに現れるとびっくりするな」

「失礼しました。以後気を付けます」


 そんな独り言を聞かれてしまい、驚いたとともに気まずくなる。とはいえこの話題を続ける必要はなさそうなので早々に別の話を始めて場を乗り切ることにする。

 アークと会話しつつ、頭の中では先ほどの独り言を反芻する。攫われたのも、施設に入れられ保護という名目で軟禁されたのも、原因は自分の父親にあったということ。同時にこの世界で厄介ごとに巻き込まれるのも同じ原因らしい。

 これまではその場その場で敵対した相手を倒したり行動不能にして追い返したりしてきたが、それらはなんとなく対処が必要だったからだ。対して今後は自分がゼウス関係者であるという理由で襲ってくるだろう神獣に対処する必要があると分かっている。神獣はキャラクター達から崇拝や忌避されており、その伝承が残っている個体もいるほか、アークの持つ過去の大戦の記録からも多少の性質の推測はできるだろう。無論事実と異なる情報が紛れている可能性や、記録にない能力を保有している可能性を考慮する必要はあるが、それでも全く対策していない状態で戦闘になるよりは優位に立てるだろう。


 そういうこともあり、本の情報には期待している。とはいえ、長時間ずっと本を読み続けるというのも修行のようなもの。元から本の虫という性でもない中で本を、それも物語ではなくどちらかといえば教本に近いようなものを何日も続けて読んでいるとさすがに限界が見えてくる。


「気分転換になるようなことは何かないか?」


 耐えかねてアークに相談したハルトだが、正直なところ良い反応は貰えないだろうなと思っていた。それはそれとなく外の話題を振るとはぐらかされるばかりだったという経験から来るものだ。


「予定が狂わない限りは目的地まであと2日ほどです。それまでご辛抱ください」


 そしてその予想は外れなかったが、その一方で初めて今後の具体的な日数が明かされる。2日というのはそれほど長いわけではなく待てない程ではないが、こうして部屋にこもっていると時間を持て余す程度には短くない。告げられたせいで頻繁に時計を確認することになりそうだと思いつつ、それくらいなら待とうかと考える。


「わかった。俺が急かしてしまっているかもしれないが、無理な進行はしないでくれよ」

「承知いたしました」


 そんなやり取りの後、ハルトは本を再度読む気にはなれずベッドに横になるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ