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ハデスは冥王深怨波と同等の威力を持った人魂を複数展開し、それをハルトに向かって放つ。食らえば即死級のそれらの攻撃だが、他の神獣に影響が及ばないよう範囲攻撃ではなかった。
とはいえ、無差別攻撃ではないからと言って回避が容易かといえばそうではない。多少は追尾性能があるうえ、複数同時に、時に間隔をずらして連続で襲い来るそれへの対応は神経をすり減らす。
「――ラピッドアクション」
使い慣れたスキルを使用して加速し、着弾点から身を翻す。その足には剣とは別の心装が展開されている。靴――脛当たりまであるのでどちらかといえばブーツというべきだろうか――は身体能力の補助をしてくれるが、その一方で足も急所になるということを意味している。とはいえ、その人魂での攻撃は体のどこを掠っても大きな消耗を受ける。1回死ぬダメージと2回死ぬダメージ、どちらも結果は変わらない。となれば回避の可能性を上げる装備を使わない理由は無かった。
「ちょこまかと……」
「そっちこそ、弾切れしないのかよ」
ハルトは愚痴を言うが、その言葉とは裏腹に、相手に消耗が見られないという焦りは抱いていなかった。まだ繰り出す人魂の個数に変化はないが、無際限に攻撃を繰り出すほどの余力もない。後1発あればという場面も追撃は無く、それが相手の余裕のなさを物語っていた。
とはいえ、慢心しては足元を掬われる。そんなことになれば、ここまで耐えてきた努力が水の泡になる。集中力が切れかけたハルトは、なんとか自分を奮い立たせ回避を続ける。
「(この動き、どこかで見たような気がする)」
対してハデスは、そんなハルトの動きに何か既視感を覚える。ハデスが前線に出た経験はそれほど無く、そのうえ彼の攻撃を回避して見せた猛者など数えるほどだ。印象に残る戦いだったと思うのだが、どうにもすぐには思い出すことができない。
といってもそれは、戦闘の片手間で思い出そうとしているからという部分が大きい。瞬間移動や疑いたくなるような、稲妻のような縦横無尽な軌道には狙いを定めるので手一杯。隙があればそれを突いてあの強烈な一撃が来るとなれば一定の距離を保たなければならず、そうすると攻撃は着弾までのロスが発生してしまう。決して彼の攻撃の着弾までの速度が遅いということではないが、それを超えてハルトの挙動は体を引きずっているとは思えない動きをしていた。
『アシスト準備整いました』
「ずいぶん待った気がするよ。さて、ここで終わりにしようか」
待ちに待ったアークからのアナウンスにすり減っていたモチベーションが持ち直す。
実際の時間にすればそれほど経っていないかもしれない。けれど、集中力を切らさず命のやり取りをし続けていれば体感時間は延びる。それを耐えきって得たチャンスだ。無駄に使う気はないと構えを取る。
「――心装励起」
ハデスもハルトの様子の変化に気づく。だが、今回は攻撃が来るとわかっている。隙を突き、攻撃そのものを出させないようにと人魂を放つ。
それが致命傷を与えると思われたが、その直前、上空から急降下してきたバルチャーがハデスとハルトの間にミニオンが割り込む。
人魂とぶつかり対消滅した後、散る光子の向こうから、鈍い煌めきがハデスの目に届き――
「――紫電一閃」
「なっ」
その一撃が胴体を切り裂き、ハデスは地面に伏す。
「ぐ……」
「っ、高負荷か」
ハデスは致命傷を受けながらもまだ手を地面につき、上半身を起こそうと足掻く。その体が切り裂かれた部分から崩れ落ちていくが、それでもまだ戦意を失ってはいなかった。
それに対し、技を繰り出したハルトもよろめき膝をつく。どうやらミニオンに防御を任せた影響でオーラを諸に食らい、活動に必要なエネルギーを消耗しすぎたらしい。体を動かそうとするが、鈍重な体は立ち上がることすらままならない。
ハデスは回復が見込めず、同時にそのオーラも余力が無いため周囲の冥界の神獣は力の供給を失い急激に弱体化していく。しかし、アーク側もハルトの支援のために大量のミニオンを消耗しており、名もなき神獣こそ逃がさず包囲し袋叩きにできたが、残りのカロンとアスカラポスはバルチャーを取り逃がした時点でハデスの援護のためミニオンの攻撃を食らってでも彼の下へと駆け寄る。しかしバルチャーを追い抜く速度や遠距離攻撃手段を持たない2体はハルトの攻撃に間に合わず、攻撃を許してしまった。
しかし、それでもハデスの下に駆け寄っていたのは無駄ではなかったといえるだろう。
「……」
カロンが到着したとき、ハデスは直ちに回復しなければ後遺症が残る程度に消耗している。本来はハデスが追わせた致命傷に追撃したいところだが、追撃を加えるわずかな時間でミニオンの増援が間に合う。ここでハルトという脅威を消したいところではあるが、ハデスを救える状況でその選択はできない。
「離、せ……」
カロンは弱々しくそう呟くハデスを抱え、供給が絶えてしまった力を消費し、登場時に比べて小規模なゲートを展開する。
「覚えていろ、次は必ず……」
地面に沈み、冥界へと帰って行くハデスは去り際にそう言葉を残す。
「……次、か」
冥界の勢力が撤退し、気が抜けたハルトは大の字になって地面に転がると、そう呟く。
ハルトはハデスの力の源を知らない。そのため、冥界であれば非常に高い回復力を有していることにも気づいてはいない。とはいえ、そのままにしておけば消滅する危険のある一撃だ。そう簡単には回復しないだろうと見積もっている。そしてそれは中らずと雖も遠からず。通常では回復などしえない致命傷が回復するというのは異常なことであり、超回復をもってしても万全の状態に回復するまでにはそれなりの期間を要するだろう。
そんなハデスと次に戦うことがあるとすれば、おそらくその時には、ハルトの居場所はこの世界になっているだろう。現実への帰還を諦めた結果か、それとも自分の意思でここに残った結果かという違いはあるかもしないが、高位の神獣を一対一で追い詰めることができる能力を持つ個人が本気で帰還の方法を探した場合、ハデスの復活より前に方法は見つかるように思った。
とはいえ、残れば神獣に命を狙われ続けることになるとわかって、そんな選択をするのだろうかと思う。しかし、そういうことは帰還の方法が見つかったときにならないとわからないのかもしれない。
戦闘後、熱気が収まらないままに余計なことを考えたが、少し落ち着いてくると酷い疲れに襲われる。瞼を開けているのもおっくうになるほど脱力したハルトは、近づいてくるミニオンたちの足音を後目に気絶するのだった。
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一方、カロンに無理やり冥界に引きずられてきたハデスは応急処置を終え、何とか体調が安定する。とはいえ傷口から漏れ出たリソースの消耗は激しく、時折存在がブレるほど不安定な状態になっている。冥界での死者の魂を扱う通常業務程度であれば問題ないが、地上で戦闘を行えるほど回復するまえにはしばらくの時間が必要になるだろう。
「一体あいつは何だったんだろうか」
これでも自身の戦闘能力が高い自覚はある。そんな自分が他の神獣に気を遣っていたとはいえ、ただのプレイヤーに敗北した。それを認めることは屈辱であり、容認しがたいものがある。
そんな中、彼はふとハルトの動きに見覚えがあると感じたことを思い出した。
「最後の一撃……そうだ、あれはかつての大戦のときに出会った奴の技だ。だが、そういえばあれは誰だ?」
そして、その記憶の出どころも思い出す。が、その内容はあいまいで、他勢力と戦っている姿を横目で見ただけの記憶だった。
彼が見たその姿は啓人であり、ハルトが聞けば自分が彼のクローンみたいなものだという自虐に走っていただろう事実。それはハデスの中で大したことのない記憶に分類され、機会があればその男が戦っていた勢力に男の正体を聞こうかという程度に留まった。
「けれど、古から生きるミドルの末裔か」
何故それがプレイヤーとして登録され、ゼウスの施設を使い、自分たちと敵対しているのか。
情報を得たことでむしろわからないことが増えたような気分になる。そんなハデスだったが、病み上がりであるうえ、留守にしていた間に溜まった死者への対応が残っている。考え事にふけっている時間はあまりなく、思考の中断を余儀なくされた彼は淡々と業務をこなしつつ再戦に向けて回復に努めるのだった。




