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ハルトの能力である心装、そしてそれによって作り出した武器の特性だが、ハデスとの相性はそれほど良くはない。では単純な身体能力や魔力の保有量についてはといえば、辛うじて身体能力で勝るかどうかという程度。それも、近接戦闘慣れしていないということを考慮しての見立てであり、決して身体能力が低いというわけではなかった。
特に厄介なのは、彼が持つオーラ。大きすぎる力はその余波だけでも周囲に影響を及ぼす。この世界の存在であるアークによって造られた素体をもっているため通常のプレイヤーに比べれば影響は軽微で済んでいるが、プレイヤーという特性を持つ以上、神獣の能力の効きは強く、影響は無視できない。
体力の減少と素体の崩壊。それを補うのは、この素体が持つ特異性だ。
「吸収」
「味方を、殺した?」
包囲を抜けてきたミニオンの一体。それはハルトと共にハデスに攻勢を仕掛けるかに思われた。しかし、それが攻撃を繰り出すより前に、その体は剣に貫かれる。
その攻撃を食らったそのミニオンは反射的に身をよじるが、それ以上の抵抗はなくその刃を身に受け、光子を散らしながら消滅する。そんなミニオンの散り際、ハルトはその光子を吸収し、自身の体力を多少回復させる。決して効率が良いとは言えないが、それでも多少猶予は延びたといえるだろう。
「ミニオンがかわいそうだとか言わないよな? 俺が糧にした数より、あんたらが殺した数の方が多いんだ。同情なんて反吐が出る」
「味方を犠牲にするなんて正気じゃない」
「正気のままで、格上に挑めるかよ」
ハデスが抱いたのは同情と呼ぶには淡い感情ではある。それでも受けた衝撃は小さくなかった。
彼は確かに神獣の中でも上位の存在だが、その精神は冥界という閉鎖空間に居続けたためか他の同格の戦闘力を持つ個体に比べ未成熟であり、敵の言葉を実直に聞いてしまう。
そんなハデスに対し、多少動きが鈍ったことを察知したハルトは畳みかけるような連撃を繰り出す。
とはいえ、動きが鈍った状態がいつまでも続くわけではない。ハデスは多少のダメージを負いつつも、明確な痛手を受けることなくハルトの猛攻を防ぎきる。対してハルトはハデスとの接近戦でオーラを浴び、外傷こそほとんど負わなかったが、それなりの体力を消耗させられる。
「(決め手に欠けるな)」
ここまで戦ったハルトがハデスに対して抱いた印象は、耐久型かつスリップダメージで削ってくるタイプ、加えて時間経過で大技を放ってくるおまけつきという厄介な相手というもの。ハルトの攻撃力が低いということではないが、ハデスは予想を上回る耐久を持っていた。唯一の救いは回復手段を持っている様子がないということだが、それもあくまで状況からの推測に過ぎず、まだ使っていないだけで回復手段はあるかもしれない。最悪の場合を想定すればきりはないだろう。
とは言ったものの、全ての可能性が考慮できるわけではない。アークからの警告も特にないので、気にするだけ無駄だと割り切って目の前の戦闘に集中する。
「ちょこまかと動き回って鬱陶しいな!」
「(打開策があるとすれば……全く、毎回その場しのぎの技ばかりな自分に嫌気が差してくるな)」
今までの戦闘は心装を除くと以前のハルトが扱っていたスキルやアビリティから逸脱したものを使っていない。魔装を心装の劣化と捉えるなら、真新しい能力は全く使っていないという見方もできるだろう。素体が替わり基礎能力が上がったからと言っても、それだけでは現状を打開できないらしい。
早くも既存の力を出し尽くしたハルトは一度ため息を吐く。彼としては、シミュレーションの中で多少扱えるようになった程度の力や、啓人が遺した知識に頼るのはあまり好ましい状況とは言えない。しかし目の前の敵は我儘を通せるほど弱くない。どうやらリスクを負う必要があるらしいと彼は判断した。
「ぶっつけ本番だ。さて、上手くいくかね……」
――外法 心装励起
この世界では呪術や禁術の類に分類される力。 以前から使っていたそれは、一般の素体であれば負荷に耐え切れず頭痛やそのほかの体調不良を引き起こした。しかしアークによって造られた素体は当初の予定の8割程度の性能とはいえ余裕を持ってその力の行使に耐える。
解放された力は心装に宿り、その刀身は覆いの内側で輝く。その光は真っ黒なその覆いを貫通して鈍い光を放った。
「なんだ?」
それに対してハデスは直感的に危機を察し後退する。本来であれば圧倒していた相手を前に退くことなど彼のプライドが許さないところだが、理性よりも本能が先に反応した。そして、今回ばかりはそれで正解だったと言えるだろう。
――ハードストライク
彼が先ほどまで居た場所に強烈な一撃が振り下ろされる。直撃を避けたハデスだったが、さすがにその攻撃の余波までは察知できなかったらしい。砂埃を巻き上げながら衝撃波が迫り、回避しきれず殴打されたようなダメージを食らった。
「一体何が」
「(やっぱり制御が効かないか)」
ハデスは突然の強烈な一撃に警戒しつつ、強い衝撃破に舞った砂埃が収まるのを待つ。それに対しハルトは手ごたえが無かったことに対して無警戒からの高速の一撃だったが避けられたのだろうと察する。同時に発動後に軌道修正ができるような融通の利く技ではないことを実感させられた。
技自体は以前に習得したスキルに過ぎない。とはいえ、システム上は本来剥奪された「一番槍」のスキルであり、今のハルトには使えないはずのものではある。
心装は存在の写し鏡のようなものであり、だからこそ一度習得した技はシステムで使えない状態にされていようと使用できる。外法には、システムの干渉を外れているという意味合いもあるらしい。
ハルトは半ば予想していたものの落胆する。素体が当初の予定の8割の性能であるためだろう。シミュレーション内では問題なく仕えていた心装励起状態での攻撃だが、維持と制御に問題がある。言ってしまえば溜めておくことができない。力を込め始めた後は、必ず攻撃を繰り出さなければならず、そのタイミングや攻撃する座標は力を込め始める段階で決めなければならなかった。
溜めにかかる時間は短く、並みの相手であれば大きな問題にはならない。しかし相手は格上。鋭い勘と高い身体能力を前に、隙だらけの溜めを通し、なおかつ移動先を見越した位置に攻撃を繰り出すのは難易度が高かった。
「(それなら)」
とはいえ、それはあくまで独りで戦っている場合の話。神獣相手にミニオン達では分が悪いとはいえ、足止めくらいにはなってくれる。アークに指示を出したハルトは、その増援が来るまで目の前の敵の攻撃を耐える姿勢を見せる。
対してハデスは直撃すれば消滅までは行かずとも撤退に追い込まれるだろう強力な一撃を目にしたことで考えを改める。
「どうやら侮っていたみたいだ。もう出し惜しみはしないよ」
カロンの進言により彼らが霧の獣の掃討を終えこちらに加勢するのを待つつもりだったが、考えを改めこの手で目の前のプレイヤーを討つと決め、消耗を気にせず能力を使うと宣言する。
「このまま手を抜いたままでいて欲しいんだが」
「最初から本気じゃなかった相手にそれを言われたくはないね」
お互い手を抜いていた戦いは前哨戦での消耗を引きずりながらも仕切り直しとなる。
互いに消耗を嫌い隠していた本気をぶつけ合う。その余波はミニオンやハデス配下の神獣たちにも伝わる。
「いい加減に、倒れろっ!」
「それはこちらのセリフだよ! しぶとすぎないかい、君は」
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そんな彼らの戦いの裏。激しい戦闘、それも生死のシステムの半分を担う神獣と、外法というシステムに干渉し都合の良いように書き換え崩壊を引き起こしかねない半プレイヤーの厄介者の戦いだ。その影響は、彼らの戦う戦場にとどまらない。
――「派手に暴れているな」
その獣は、耳障りな戦いの音に目を覚ます。
それは新たな戦火となりうる勢力の登場を意味していた。




