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 アークのナビゲーションは適切であり、ヤルダバオトは攻撃の余波を受け多少消耗しつつも研究施設に戻ってくることに成功した。


「規格外だ」


 確かにハルトも神獣であるヒュドラーや、それと同格のアンダイングと戦った経験がある。その戦闘データだが、実はアークがひっそりとハルトの記憶から読み取っており、ヤルダバオトとも情報共有はしていた。

 しかし神獣の一種とはいえその中には格差がある。神の名前を持つ個体と神の世界に暮らす獣の名前を持つ個体。それらが同格ということはなく、基本的には神の名を冠する存在が一段強力な力を有している。

 ハデスという存在はかつてハルトが戦った個体の一段上の強さを持つ。それが適性のない地上でもその強さというのは、アークたちにとっては悲劇というほかない。


「おまえが執心しているプレイヤー、その素体はまだ完成していないんだろう? この施設の防衛設備は持ち運びできない分強力だというのは知っている。でもそれだけで何とかなるような相手じゃないぞ。どうするつもりだ?」

『……1つだけ、未完成の素体を現時点で完成させる手段があります』

「ならさっさとやってくれ」

『予定の8割程度の性能になるうえ、犠牲が必要です』

「犠牲? 今までだってその辺の魔物をすりつぶしてリソースにしていただろ。何を今更……」


 消耗した体を落ち着け、肉体を再生させる。そんな中アークが語る話はいまいち要領を得ない。

 しかし、それも無理はないことだろう。


『心苦しいですが』

「何を言って……」


 アークの感情の籠らないセリフの後、アンダイングは突然拘束される。


「おい! 何のつもりだ!?」

『言ったでしょう。犠牲が必要だと』

「まさか……」

『高性能だと思っていましたが、この事態は予想していませんでしたか。幸いでした。気づいていたならきっとあなたはここへ戻ってはこなかったでしょう』


 口は塞がれていないため彼は突然のことに叫び暴れるが、その怪力を以ってなお拘束は外れることなく彼を縛り、やってきたほかのミニオンによって施設の奥へと運ばれていく。その先にあるのは魔物から素体に必要なリソースだけを抽出する装置だった。


「やめろっ! 俺は役に立つだろう! 何故だっ!」

『あなたでは勝てない。それはあなたが一番よくわかっているはず。これしか方法はないのです』


 固く閉じられた施設内。そこで一体の人造兵器は、かつて自分がそこへ放り込んできた存在と同じように解体される。

 その断末魔は、外へと届くことはなかった。


~~~~


 意識が闇に沈んだ後、ハルトは夢を見ていた。


『こんなはずじゃなかった』

『力が欲しい』

『なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ』

『憎い』

『痛いのは嫌だ』


 真っ暗な場所に揺らぐ影。それは壊れたように思念を浮かべては消していく。ハルトはそれに手を伸ばし、その影の手を握った。


「何か嫌なことでもあったのか?」

『裏切られた。いや、違う。力不足だった。でも、受け入れられない。合理的な判断だからって、理不尽だと感じることは許されるはずだ』


 思念が伝わってくる。強い憎しみと、その陰にある力の渇望と自分自身に対する失意。ハルトの言葉は届いているのかいないのか。

 何故輪郭も曖昧な影と平然と言葉を交わしているのか。何故その影が考えていることがおぼろげながら伝わってくるのか。それら一切の理屈はわからないが、夢というのはそういうこともあるだろうと気にも留めず、ハルトはその状況に馴染んでいた。加えて何故だかその影の姿に対して放っておくには忍びないという思いを抱き、ハルトは影が冷静さを取り戻すまでその隣に寄り添う。


『……俺は、自分が強いと過信していたんだ』


 そうしてどれくらい経っただろう。内心を吐露するかのように前後関係のはっきりしない呟きを続けていた影は、突然誰かに語るような口調に変わる。


『でも違った。だから俺は、理不尽に抗う力が欲しいと強く思った。もう、遅いけれど』

「どうして?」

『俺はただの残骸だ。在って無いような、こうして誰かと意思疎通できているだけで奇跡。いずれ消える』

「……それでいいのか?」

『言い訳がない! でも、どうしようもないだろ……』


 諦めて全てを受け入れようとして、けれどそれができれば苦労しないとでもいうように悶々と悩んでしまう。そんな姿に、かつての自分の姿が重なって。気づけばハルトは彼を抱きしめていた。


「もしかすると、方法があるかもしれない」

『……え?』

「まあ賭けだ。失敗しても、あまり恨まないでくれよ」


 そして彼は漫然と、根拠も手段も明確ではないが、その影を生かす方法を知っているような感覚を抱き、ぼそりと呟く。


「方法は――」


 その漠然とした感覚に身をゆだね、口から溢れ出るままに方法を説明しようとする。その直後、彼の意識は反転し、夢は途絶える。


「頭がっ」

『お目覚めですか』


 酷い頭痛と共に目を覚ます。

 ハルトはアークが造りだした仮想空間から抜け出し、再度アバターを手に入れることに成功したらしい。たった1つの人工知能が持つリソースでは、よくできた仮想空間とはいえセカンドプラネットという電脳空間には劣る。物理法則の再現度、塵や埃、大気の淀みまで再現されたリアリティはここがセカンドプラネットだということを感じさせる。

 体が浸かっている溶液から体を引き上げ、雫をふき取ると用意された服を身に着ける。その間も酷い頭痛は続いていたが、アークにハルトの体調を慮る余裕はないらしい。何か厄介なことが起きているらしいが、寝起きに面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁してほしいものだと内心愚痴を零す。


 そんな頭痛の原因は、体と精神の同期が不完全なこと、そして啓人の置き土産のせいだ。彼は消える前にハルトに知識を託したのだが、その知識は人間でいえば百年以上の記憶量。そんなものが突然頭に流れ込んでくれば、処理しきれずに知恵熱も出る。それが頭痛で済んでいるというのは、ある意味マシな状態といえるかもしれないと思えるほど大量の知識に思考を乱されている。それが今のハルトの状態だった。


「何があったんだ?」


 それでも多少落ち着いてきたのか、アークに質問を投げるくらいはできるようになる。その頃には、奇妙な夢のことも遠く朧気な記憶になっていた。


『神獣の襲来です』

「レイドボスか。ゼウスの施設ともなれば狙われない理由はないけれど。……俺はどれくらい眠っていたんだ?」

『およそ三週間程度です』

「見積りだとひと月かかると聞いていたけれど」

『代わりに性能は本来の8割程度です。まだ順応しきっていない状態で測りかねるでしょうが、あの仮想空間と同じようには動かせないでしょう』

「……元の俺の体から比べれば格段に性能向上してると思うな。普通の素体で良いって話しただろうに」


 あれはあくまで技術の研鑽という実用性を兼ねた暇つぶし。その程度の考えだったハルトにとっては寝耳に水であり、元の素体と同程度のものならすぐ用意できたのではないかという考えが脳裏を過る。

 表で何が起きていたかは知らないが、この高性能な素体を造るためにやらなくてもいいことに手を出したのではないか。それが原因で神獣に見つかったというなら、余計なことをしてくれたと感じる部分もある。とはいえ、アークの手助けがなければこうして体を再び得ることはできなかったのだから、一方的に責めるというのも難しい。


「とはいえ、この状況で力が無いのも困るが」


 通常のプレイヤーの素体に比べれば規格外な素体だが、予定の8割程度ということもあり、単純なスペックで言えば格別な強さを持つ神獣に勝てるとは思えない。

 そこで役に立つのが啓人の知識だ。


「まさかこの力が俺の固有能力(タレントスキル)だとは思わなかったが」


 だれに宛てるわけでもなく静かにそう呟くと、彼は自分の胸に手を当て1つの力を行使する。


「――心装」


 手を握り、自分の体からそれを引き抜く。その形は、細く頼りない長剣のようであった。

 本質的には魔装と同じ。というよりは、これを元に本質を理解しないまま使っていたのが魔装という力であり、自分の体や他者の思念である呪いを具現化することができた理由にも繋がる。

 啓人の知識は自分の中に眠る力をどうやって自覚するのか。その過程を理解する手助けにはなった。だが、どうやらこれは自分固有の力であり、啓人の力とは違うらしい。人と結びついた力、故にハルトはその力を固有能力(タレントスキル)と呼んでいる。


「あまり直視しても気分のいいものじゃないな」


 どこか頼りないその剣。見かけとは裏腹に十分強力であることは自覚しているが、心を模ったものということもあり、打ち合う程度ならまだしも折れたなら自分の精神まで影響が来る。そんなリスクのある武器といえる。

 果たして使うべきか。そう思っていると体の奥から何かがせりあがってくるような感覚に襲われる。


「拒絶反応か?」


 まだ順応しきっていない素体。急いで完成させたため欠陥があってもおかしくはないが、それでも突然の不調に戸惑う。立っていることもままならず、ちょうど手にしていた剣を杖代わりになんとか倒れることだけは免れる。


『俺を、ここから出せ!!』


 吐き気とも違う酷い感覚の中、幻聴まで聞こえ始める。とはいえ、思念との付き合いは長くEやアークとの対話も似たようなものだなと余裕のない中不思議と落ち着いて余計なことを考える。


「うる、さい!」


 胸に爪を突き立て、不快感を痛みで上書きしようとする。そうして力を込めた手には、心装で自分の形を模ったときに似ていた。


 飛び散った血とは違う黒い塊、それは具現化した呪いに似ていた。


 そうして黒い塊が剥がれ落ちた後、ハルトの体は憑き物が落ちたように身軽になったが、それでこれまでの消耗が無に変わるわけでもない。肩で息をしつつ、何とかハルトは起き上がる。


「何だったんだ……」


 そう思い、自分の体から剥がれ落ちたか破片に目を向ける。そこには地面を這うように、どこか力なく蠢くものがあった。


「寄生か?」


 アークに見逃されていたのだとすれば、そこまでの害は無いか、あるいはアレですら気づけないほど厄介なものか。

 ただ、実体を持たないせいなのか、地面の上で蠢く姿は弱々しく、放っておけばそのうち消滅しかねないだろう。


 Eと関係を持っていたせいなのかわからないが、先ほどまでの苦痛の原因だとわかっているのに何故か見捨てるには忍びない。とはいえまた寄生されたときには強烈な不快感に襲われるのではないか。

 手で触れる前に棒でつつくように、ハルトは様子見で手にした剣の先端でその黒い塊をつつく。心装でそんなことをしたら、体に寄生されるよりも酷いことになるのではないか。冷静な状態であればそのことに気づきそうなものだが、色々な要因が重なりいつも通りとはいかないハルトは考えなしにそんな行動をとった。


「なっ」


 そんな迂闊な行動の結果、その黒い塊はするりと剣の腹を這い、ハルトの体に取り付こうとする。その様子を見て慌てて剣を手放した後、黒い塊は剣にまとわりつきしばらく蠢いていた。


「これは、どうしようか」


 触れるわけにもいかない。だからと言って、触れずに心装の実体化を解除する方法に心当たりもない。もう少し能力に慣れた後なら話も違うのだろうが、魔装という似て非なる力を使っていた経験が生きることもなく、剣の表面で蠢くそれを眺める。

 しかし、次第にその塊は動かなくなり、剣に纏わりつくようにして定着する。その形は、頼りない細身の剣ではなく、黒い刀身を持つ長剣へと変わっていた。


「融合したような印象を受けるな」


 その黒い塊は死んだわけではないのだろうが、それでもだいぶおとなしくなり、動く様子はない。ハルトを油断させるための演技という可能性も考え、慎重に束に触れ、握り、剣を持ち上げる。しかしそれでも動く様子がないため、どうやらこの状態で一旦安定したようだと考える。


「これは、しまえないな」


 先ほども説明したが、心装は体の一部と言っても過言ではない。切り札であると同時に弱点でもあるので、必要のない場面ではしまっておくのが適切な運用だろう。にもかかわらず外に出したままにしなければならないというのは、いささか厄介ではある。


「何かあるときは、先にこの黒いのが欠けるだろうし、多少マシだと考えるしかないか」


 だからといって手で触れるのも、鋭利な刃物で切り落とすのも気が引ける。ハルトは妥協を込めてそう呟くと、諦めてその柄を握る。


 そんなことをしている間に、アークも準備を整えたらしい。

 ハルトの素体作成にかかりきりになっていた設備を用いてある程度強力なミニオンを十数体揃えていた。


「避けられないとなれば手早く終わらせるに限る、だろ」


 そう告げて、ハルトは先陣を切るように施設を飛び出すのだった。

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