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ハルトと啓人、2人が対峙する少し前、アークはヤルダバオトがハデスと接触したことを知る。
普段は負荷が大きいからと判断力が鈍るのを嫌い行わない全ミニオンの指揮系統の統率。アークはハデスの軍勢を前に躊躇いなくそれを開始する。しかし、ミニオンの統括を開始したことで啓人というイレギュラーへの対処に割くリソースはなくなっていた。
厄介なのは統括のために接続している個体が受けたバッドステータスの逆流だろう。通常の状態異常であれば遮断もできるが、権能という強力な力では余波だけでも影響が生じるらしい。一度消滅するほどの攻撃の影響が流れ込み、数秒の機能低下を起こしてしまった。
それ以降は攻撃を受ける直前には感覚共有等を中止し接続を遮断することで影響を最低限に抑える。人工知能故に疲労による思考低下は生じないはずだが、厄介な性質の相手を前に小忙しい対応に少なからず消耗させられる。
「なんとか逃がしてもらえそうだな」
『余計なことを呟かないでください。思考ルーチンを割く手間も惜しい』
アークはヤルダバオトの零した小言に苛立ったような反応を返しつつ、被撃破を抑えるために最善を尽くす。それでも進行を食い止めるほどの成果は上がらず、埃を払うような軽さでミニオンたちはなぎ倒されていった。
『駒に過ぎない、そう思っていましたが、こうもあっさりと斃されるのは……』
表現するとして、きっと「不愉快」に当てはまるだろう。仲間を殺されて憎いというほどではないし、計画が破綻して絶望やはっきりとした怒りを覚えるのとも違う。思い入れはほとんどないが、それでも自分が生み出し、それなりには役に立ってくれていた。そんな個体が次々と斃されていく状況を前に生じた思考ルーチンをそれはそう評価しつつ、軽い苛立ちに引きずられて愚かな選択をしないようにと再度戦術を見直す。
「今は無双し優越感を覚えさせてあげます。ただ、このまま優勢が続くとは思わないことです」
ハルトの素体の完成度は、おおよそ7割程度。完成にはまだ足りず、完全体を造ることは難しい。
しかし、残り3割の不完全を埋める手段が1つだけある。ただそれをするには手元にピースが足りなかった。
「私の評価が間違っていなければ、ここまで来て、全てを台無しにするような真似はしないでしょう」
アークはヤルダバオトに聞かれない形で一瞬そんな思考を挟み、すぐに余計な心配だとその思考ロジックを破棄する。そしてミニオンたちの抵抗の補助に全リソースをつぎ込むのだった。
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ハルトと啓人の戦いは苛烈さを増していた。
アークとしては仮想空間の維持すら惜しいリソースだと感じていたが、そこは啓人が何かをしたらしい。今、2人が戦う仮想空間の維持管理は啓人によって行われている。しかし戦闘の傍ら別な作業までする余裕があることを察せられないよう巧妙に隠し、ハルトがそのことを知ることはなかった。
ハルトの動きは、これまでの負けても次があるという緩さが抜けている。所詮はアークが生み出したデータ体の模倣。素人に毛が生えた程度の幼稚さが残る技ばかりだが、アークが容易する予定の素体が持つ高い身体能力で粗を誤魔化している。力業だが、それゆえに御し難いと言えた。
それに対し、啓人は用意された素体の性能の低さ故に思ったような動きができない。アークが生み出したのはこの空間内のハルトと同程度の身体能力が発揮できるかなり高性能の素体。確かにこの空間の維持という片手間で行うには思いタスクを抱えているというハンデがあるとはいえ、それでも素体の身体能力が足りないと感じるのは、本来の彼の素体がこの電脳世界でも有数の高スペックだということを意味していた。
とはいえ、万全の状態でなければ戦えないということではなく、素体の性能が良いことに甘えて技術が無いというわけでもない。それどころかハンデを背負ってなおハルトは苦戦を強いられる。本来の実力差であったならハルトは抵抗する間もなかっただろう。
「当たれよ!」
「いくら仮想空間とはいえ殴られたら避けるよ」
いつもの冷静さはどこへやら。ハルトは怒りと焦りから動きが雑になっている。しかし計算なしに思うがままに力を振るわれると読み合いが発生しない。思考を挟む余地のない全速力の攻撃は、生半可な相手であれば下手な策より有効打になることもあっただろう。
「お返しだ」
「ぐっ」
それでも啓人へは届かない。戦闘経験に基づく高い対応力により、力技をいなす。さらには反撃まで繰り出し、ハルトの手加減なしの攻撃は利用される。ハルトは自分が込めた力が跳ね返ってきたかのように大きな衝撃を受け、地面を転がる。
とはいえ、ハルトの攻撃はいなしきれるほど弱くない。確かに啓人はハルトの力を利用し彼にダメージを与えたが、そのカウンターの一撃を繰り出すために自分も少なからず衝撃を受け止めている。しかしそれを態度には出さない。決して楽に対応しているわけではないのだが、見かけ上はあっさりと対応してみせたかのように余裕そうに見せる。それは一種の戦略であり、ハルトはそれに気づかない。
ただ、本来余裕を見せるのは相手の戦意を削ぐための策。攻撃しても勝てないと思わせるためなのだが、今のハルトにその効果はない。逃げ場が無いせいでもあるかもしれないが、因縁の相手を前に退くという選択肢はないのだろう。攻撃が効かない様子に苛立ちを募らせつつ、何なら意表を突けるのか。そのことに思考を割く。
「当たってもいない攻撃にお返しも何もないだろうが」
「本気の一撃は当たっていようがいまいが攻撃に違いはないさ」
「ちっ」
愚痴を吐くが特にその隙を突いてくることもない。いっそ卑怯と罵ることができる手を使ってくれた方が気が楽だった。そうしなくても問題ない程度の相手とみなされていることが、見下されているようで苦痛だった。今も、どうして追撃してこないのかと不思議に思う。
対する啓人はハルトの能力を見定めている最中だった。
ここに居る啓人は彼の精神体に寄生していたからこそセカンドプラネットの開始から今に至るまでの期間は把握している。啓人からするとかなりの短期間、それしか戦闘経験を蓄積する時間は無かったが、強敵とのめぐり逢いやハルト自身の戦闘センスだろうか。すでにそれなりの戦闘力を持っていると評価する。
しかし、その評価とは裏腹に、まだ足りないと感じる。彼が自分の息子であるからこそ、彼はこの世界で神獣に狙われ続ける。それは宿命のようなものであり、その中で彼が生き残るには、まだその力は不十分と言わざるを得ない。
オリジナルが消息を絶った。その事実がここに居る啓人の危機感を煽る。生きていればきっとどんな手を使ってでも探し出し再会する。それができないということは消滅したのだろうと予想する。確かに肉体という枷は背負ったが、それでも有象無象に負けるような啓人ではない。それが倒されたということは、その脅威が彼に及ばないという確証はない。
「超えてほしいが、超えられたくない、か」
「何か言ったか?」
「……いや、なんでもない」
成長を見たい。それと同時に情けない姿を見せたくはない。同時に叶うことのない願いを抱えながら、彼は挑んでくる息子と戦う。
お互い軽い傷を受けつつ、戦いは続いた。
完成しているというよりは、所詮は過去のデータの再現体に過ぎずその枠組みを超えることのない啓人。それに対し戦闘経験の少なさゆえに未熟だが、戦えば戦うほどに順応するハルト。2人の差は少しずつ、しかし着実に縮まっていく。
それでもまだ啓人が優勢にある。ハルトがギリギリついていけるかどうかの力加減で戦い続けている彼は、ハルトの成長に合わせ出し惜しみしていた力を解放していく。その手加減は、実力を測ることを困難にし、ハルトは啓人の力が底知れないものだという印象を受ける。それでも彼の戦意は喪失せず、必死に食らいついていた。
「ははっ」
「何が可笑しいんだよ!」
ハルトが剣を振るい、啓人が盾でそれを受け止める。受け流すことも回避もしないのは余裕が失われつつあるからだろうか。啓人は自分の限界を感じつつ、今の素体でできる最高のパフォーマンスを発揮しても十分に食らいついてくるハルト、その成長に喜びを覚える。その歓喜から零れた笑いを不愉快に感じたハルトが吠える。しかし啓人はそれを気にする様子はない。
笑い、叫び、けれどその間も剣戟は止まらず、斬り結び、躱し、受け止め、受け流す。一進一退の攻防。ある種精神統一に近い境地に達し、互いに一歩も譲らず、その戦いは永遠に続くかと思われた。
しかし何事にも終わりは来るらしい。そしてそれが、綺麗な決着とはいかないこともあるだろう。
啓人は戦闘に没頭し、仮想空間の維持に割いていた思考すらつぎ込み始める。それは2人の戦いに無粋なタイムリミットを定義する。
それを察した啓人は、一瞬思考が乱れる。かろうじて拮抗していた実力が、そのわずかな隙によって崩れ、啓人はとうとう明確なダメージを負った。
「ぐぁっ……」
衝撃に揺らぎ、数歩後ろに下がる啓人。それは追撃の明確なチャンスだが、何故かハルトは次の手を打たない。
「どう、したんだ?」
ハルトと違い、この仮想空間の再現体を核として存在を許された啓人は、攻撃を受けたことで血を流すようにその存在を急速に弱らせる。その怪我による影響を最低限に抑える処置をしつつ、彼はゆっくり立ち上がる。そしてハルトに何故追撃しないのかという意味を込めて尋ねた。
「勝てばいい。そう思ってた」
ゆっくり、しかしこの場で2人が対面して初めて、ハルトは啓人の目を見て彼は話始める。
「でも違うんだ。それじゃ、足りない。手加減や意識が逸れたところを討っても心残りになるだけなんだ」
どうやら先ほど意識が逸れたことを察したらしい。だから追撃はせず、彼が立つのを待った。
「……あんたを超える。そして、俺は俺の過去に決着をつける」
ずっと、自分は不幸だと思ってきた。その不幸に甘え、与えられた日々を憂鬱に過ごしてきた。
行動すれば何かが変わるというのは幻想だ。変わらないことの方が多い。だからこれまでの自分が間違いだったのかと問われれば、それもまた一つの選択だったと割り切るだろう。
けれど、この世界に来て、因縁のある相手とあるはずがないと思っていた再開を果たして、戦って。その中で自分の可能性に気づいた。理不尽に抗い、望みを叶える力、可能性が存在すると気づかされた。
「過去か」
「ああ。不満か?」
「不満。そう言い表すこともできる。けれど、私はきっと寂しいんだろうね」
「まだ親のつもりか」
「そう悲しいことを言わないでくれと言っても、無理なんだろうなあ」
こうならない未来もあっただろう。啓人がその出自を隠し通し、ただの家族として過ごし、そのまま最期を迎える可能性もあった。けれど、そうはならなかった。
ハルトは啓人を憎み、しかし剣を交えることで自分の成長に力を貸していることを察する。そして、自分の中にある怒りや悲しみに蓋をし、相手を見て言葉を交わす。啓人との関係を全て割り切ることができたわけではないので交わした言葉は棘のあるものだったが、それでも今までで一番会話らしい会話だった。
「あんたとしてはこうして穏やかに雑談していたいかもしれないが、どうにもタイムリミットが近そうに見える。構えろよ」
「最後は居合で決着をつけるって話かい」
「一瞬で決着がつくし後腐れもない。素人が考えるにしてはそれなりに良い案だろ」
「ああ。決着が分かりやすいのは良いね」
まだハルトはこの空間の維持がアークによって行われていると思っている。だから解れてノイズが走るように空間が不安定になっていることに気づいても啓人に原因があるとは思わなかった。それでも今からこの空間が正常に戻る見通しがないことは何となく察したのだろう。短期で決着のつく勝負を提案し、啓人はそれを受け入れた。
互いに構えを取る。合図を出す役は居ないが、静かな空間で互いの呼吸がリズムを刻む。
やがてどちらともなく、ほぼ同時に2人は踏み出すと一閃。
決着のついたあとは互いに背を向け合った状態。攻撃を食らった方も何とか少しは踏ん張ったが、やがて力なく地面に倒れた。
「勝てない、か」
「一撃にすべてを込めるのは、技術だからね」
「提案しといて負けるのは、結構心にくるな……」
仮想だが、一瞬の間に受けた衝撃は本物のように体を穿ち、倒れたのはハルトだった。とはいえ、啓人も無傷というわけではない。ハルトは始めから攻撃を真正面から食らう前提で相手を捕らえ、啓人は回避を捨てた動きに対応しきれず峰内ではなく本気の一撃を繰り出すことになった。
わき腹を大きく穿たれた啓人はふらつきながら地面に腰を下ろす。そこに仮想空間ゆえにダメージが無かったことにされたハルトが向き合う。
「あれがあんたの本気か」
「全盛期には及ばないけれど、今この場に居る私の本気だった」
「この上があるのか? そういうの、困るんだが」
「同格は、この世代にはほとんど残っていないとは思うけれど。現実でいうところの創世記の世界みたいなものさ」
「凄まじいな。できれば関わり合いになりたくない」
目の前の男がその生き証人であることから目をそらしつつ、ハルトは体が崩れ始めた啓人と向き合う。
勝てなかった。その事実に口惜しさはあるが、本気で戦ったこと。これまで余裕そうな態度を崩さなかった啓人に一矢報いたこと。それだけでも価値があったように感じ、抱いていた焦りや怒りは以前に比べるとだいぶ落ち着いていた。だからだろう。目の前で今にも消えそうな男と何気なく言葉を交わす。
「できれば私を超えてほしかった。けれど、意地を見せられたことにも満足していて、不思議な気分だ」
「負けた身で言うのもアレだが、致命傷を受けといて意地見せられたって言えるのか?」
「そこはまあ、指摘しないでくれると助かる」
――ああ、偽物とはいえまだ一緒に居られたらなあ……
それを最後の一言に、彼が消えていく。最後までろくな情報を言わない奴だった。そう思いながら、ハルトはその最期を見送り、彼が消えた跡を暫く眺め続ける。その間も刻一刻と仮想空間の崩壊は進んでいき、間もなく完全に崩壊した。
ハルトの意識は闇の中に放り出される。普段なら不安を感じる場面だが、かなり集中して戦闘を行った反動か頭が重く、恐怖よりも強い睡魔を前に、彼は闇の中で眠りにつくのだった。




