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 唖然とするハルトを前に、再現体は完成する。それと同時に身を引き裂かれるような苦痛もまるで幻だったかのように消え去った。どうやら目の前の再現体のデータを精神体から引き抜くこと、それそのものが魂を傷つけているに等しく、耐え難い苦痛という形で現れたらしい。


 それだけの苦労をして現れたのは彼の父親である「啓人(けいと)」。ハルトにとっては会いたくない人物の中で上位に入る相手だった。


「なんであんたがここに?」

「父親に向かってあんたとは、ずいぶん他人行儀じゃないか」


 姿形は真似していても、中身まではないだろう。そう思いハルトは目の前で嫌味を吐く。しかしそんな彼の考えは外れ、思わぬ返事に動揺させられる。そんな中でも彼は表面だけだが冷静さを取り戻したかのように取り繕うと何が起きているのか考察し始める。


「俺が記憶する限りの俺の父親を再現した?」

「違うな。おまえの中には私が宿っていた。ただそれだけのことだ」

「意味わかんないこと言うなよ」

「無理もない。その私の子供であり、私の性質を引き継いだおまえに、私は何も事情を話していないのだから」


 その言葉に対してハルトは心をかき乱される。

 まだ彼が施設に閉じ込められる前。普通の家族として過ごしていた頃。表向きは何もないように見えて、何か厄介ごとを抱えているというのは幼いながらに察していた。

 そんな中、一生のトラウマになりかねない誘拐事件に巻き込まれ、助け出されたと思えば保護という名目で今度は軟禁生活を送る。そんな異常事態に見舞われた彼は、なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのかと行き場のない怒りを抱え過ごすことになった。


 その原因が目の前の男にあるのだとすれば、例え血のつながりがあろうと関係ない。これが憎しみや復讐心と呼ぶべきものなのかもわからないが、視界が真っ赤に染まるような感覚に陥る。


「恨まれているのは分かってる。でもただ殺されただけだとおまえは一生真実を知ることができない」

「真実ってなんだよ! そんなことどうでもいい。あるのは結果だけ。俺は独り残され、わけもわからず自由を奪われた。あんたはその真実とやらが、その苦痛を取り去ってくれるとでも思ってんのかよ!?」

「無理だろうな。これが私の自己満足に過ぎないのだろうということは自覚している。だからこそ、私は私の、本当のことを伝えたいという思いを否定することはできない」

「だったら、力づくで黙らせる」


 ヒュドラーの毒に侵された時も、頭の中に響き鬱陶しいEを邪魔に感じた時も、自分の体を奪われたと知った時も、彼がここまで怒りを露わにすることはなかった。

 思いもしない過去の因縁の登場を前に、ハルトは予告なく斬りかかる。


「なら、戦いながら話そうか」


 その能力は、これまでの再現体との戦闘で上がっていた。目的は、ヤルダバオトを超える能力を持った素体、その性能を引き出せる程度に彼を鍛えることだからだ。最後の再現体が残っている今、ハルトの能力は成熟したヤルダバオトに迫るか同等と言え、すでにプレイヤーを逸脱し神獣(レイドボス)と単独で戦えるレベルにある。

 あくまでシミュレーション内での話であり、実際にそれが可能かはわからない。それでも一般的に見て過剰ともいえる戦力を有していることは揺るぎないはず。アークはそう考え、目の前に現れたイレギュラーにも対処できるはずだと予想する。

 しかしそれは裏切られ、現れたハルトの父親を名乗る再現体は軽々とハルトの攻撃を防ぎきる。


「なっ」

「この世界でのアバターの動かし方は、私の方が熟知しているんだよ」


 真実に意味はない。そう口にしたハルトだが、否応なしに耳に入ってくる情報は彼の思考をかき乱す。

 何故父親はこの世界を知っているのか。このゲームが無ければ表に出ることのなかったはずの電脳世界。それを以前から知っているというのは妙な話だ。

 一体彼の正体は何なのか。そう考え、すぐに思考を中断する。余計なことを考えるなと自分に言い聞かせ、彼は剣を振るう。


「凄いな。この適応力は才能だ」

「煩い。品定めされてるみたいで不快なんだよ」

「あながち間違いでもないな。とはいえ、これは息子の成長を喜ぶ親心というやつだ」

「気色悪い。あんたが親らしいことした記憶なんてろくに覚えちゃいなんだ。親の顔なんてするんじゃない」

「おまえが不快に思うとはわかっているが、やめろと言われてどうにかなる話でもないな」


 捨てられたと思っている子供と、そう思われても仕方ない姿を消した父親。しかし父親の方はハルトに愛情が無かったわけではない。彼としても不本意な理由から、彼は去る理由を告げることすらできずにハルトの前から姿を消す。

 こうして再開できたことを、彼は自分にとっての幸運だと思うと同時に、息子にとっては不幸なことだっただろうと思う。それでも、彼は自身が奇跡的に得たこの機会を捨てるわけにはいかなかった。


「話を戻そう」

「聞いちゃいないんだよ! さっさとその小うるさい口を塞げ!!」

「私はね、もともとこの世界の住人だったんだ。プレイヤーがキャラクターと呼ぶ者の一人だったんだよ」


 剣を振るうハルトをいなしながら、彼の父親は何気なくそう語る。しかしその内容はハルトに大きな衝撃を与えた。


「どういう意味だ?」

「話を聞く気になったか」

「さっさと答えろ!」

「……そのままの意味だ。おまえはこの電脳世界のキャラクターの子供。正確に言えば体は現実の男から借りていたし、おまえの母親は純粋な現実の人間だったが」


 話など聞かない。そう口にしたハルトですら、その前言を撤回して尋ねるほどの言葉。何気ない口調で語られるその真実は、ハルトに大きな混乱をもたらす。


「殺したのか?」

「電脳世界にダイブする技術。その逆利用だ。この電脳世界の存在に気づいた侵略者、その体を逆に奪い、物質世界、おまえにとっての現実世界に私たちは初めて足を踏み入れた」


 ハルトの問いに彼の父親ははっきりとは答えなかったが、言外に正当防衛だったと言い含めるような、後ろめたさはあるが、無関係な一般人を襲ったわけではないのだというように語った。その様子に言い訳がましいものを感じ、ハルトの印象は悪化したが、すでに仲良くおしゃべりできるような仲ではないので、悪い印象がさらに悪くなったにすぎず、2人の様子は話を聞く前後でそれほど変わったようには見えなかった。


「初めて物質世界を体感したときには驚いたよ。個として存在することの奇妙さと、独立した存在になった全能感。多くの同胞はそれに酔って面倒ごとを起こし、そのせいで物質世界と電脳世界の関係は拗れたんだが……まあこれは本題じゃないから語らないでおこう」

「このゲームの発売以前から、この世界と現実世界は繋がっていたのか」

「そもそもこのゲーム、いや、他の技術を置き去りにして実現した高度なVR技術自体が、この世界出身の存在によってもたらされたものなんだよ」


 人の意識の電子化。そんなことができるのなら、おそらく同時期には遺伝子操作や肉体改造によって人は永遠の寿命を手にしていたり、人が一生かけても使い切ることのない半永久エネルギーの発見などが実現されているのではないか。複数の分野が同じような速度で進歩するわけではないのだから、一つの技術が突出して成長することはありえる。状況としてはおかしくはないが、それでも電脳技術だけが他の分野を差し置いて急速な発展を遂げることには違和感を覚える。

 突然現れた電脳技術と、なぜかやたらすんなりと通った臨床実験。その裏に、電脳世界の住人が乗り移った人間が居た。それは都市伝説やゴシップ記事にありそうな突拍子もない話であり信憑性には欠ける。しかし嘘だと全否定するには条件が揃いすぎていて、無視することも難しい。


「あんたは稀代の詐欺師か何かか?」

「根拠が欲しいというのなら、私の存在そのものが根拠だ。他人の脳に寄生……あまりこういう言い方は好みではないが、わかりやすいから仕方ないとして、自分の複製である息子に、こうして自我を再現できる程度の情報を残すくらいのことはできる」

「息子を自分のクローンやスペアだとでも思ってるのか? これまであんたはずっと俺の頭の中に居たって? 一体俺は何なんだ。気持ち悪い」


 理解が追いつかないほどの情報の嵐。それと同時にハルトというアイデンティティが揺らぎ、強烈な不快感に苛まれる。


「この状況で信用しろというのは酷だろうが、電脳世界の人格、魂の形を継承してしまったがための弊害に過ぎない。確かに私の人格データはおまえの中に記録されていたがそれだけ。こうして電脳世界で精神がむき出しになるような事態が起こらなければ、私の人格はただデータとして存在するだけだっただろう」

「知らない方が幸せなこともあるってことか。知らないまま生きるのも正直ぞっとするよ」

「現実で自分の祖先のDNAが自分の中にあって、それが祖先の人格の記録を持っていると判明したところで、おまえは自分が祖先のクローンだとは思わないだろう? それと同じだ」

「仮定の話をしても意味がない。あんたが言ったような新発見があったとして、その情報を知った時、俺は今日と同じように悩んでいるかもしれないだろ」

「確かに不毛だ。それでも似たような状況と比較すれば多少受け止め方は変わるかなと思ったんだよ。結果は無残に終わったけれど」


 啓人は落胆したように感想を零すと、それまでの飄々とした態度を崩す。


「……さて、私も所詮は生にしがみつく亡者だ。いつまでもこの場に居られるわけでもないからね」

「時間が無いとして、一体なんなんだ?」

「決着をつけておこうと思ってね。息子の成長を知る機会だし、稽古をつけられる最後の機会ともいえるから」

「アークの予定通り、対戦相手として立ちふさがるか」

「借り物だから、本来の役割を果たそうとするロジックでも働いているのかもしれないかな」


 どうやら彼がこの場に居られる時間には限りがあるらしい。今すぐにということはないが、余裕があるほど長いということでもないようだ。

 そんな彼は、ハルトとの勝負に決着をつけようと提案する。いくつか理由は語ったが、そんなことをする必要があるのかわからない。とはいえ、ハルトとしても理解しきれず納得のできないことばかり一方的に語られ腹が立っている。相手のすました顔を一発ぶん殴るくらいの報復は許されるのではないか。そんな考えが脳裏を過る。

 しかし一筋縄ではいかないだろう。啓人は攻撃こそしなかったが、ハルトの攻撃を余裕をもって回避してみせた。攻撃を解禁した彼に果たして勝機はあるのか。不安はあったが、それ以上に理不尽に対する反抗心が沸きあがり、冷静さを失う代わりに戦意は十二分に湧き上がる。


「なんでもいいけど、ムカつくんだよ。その余裕そうな顔、ゆがませてやる」

「さあ、おまえの成長を見せてくれ!」


 食い違いだらけでお互い本心を明かさない2人は電脳世界で拳を交わす。現実ではもうありえないその機会、それを得られた幸運を胸に、啓人はこの後息子が直面するだろう困難を前に、それを乗り越える力があるのかを見極めようとするのだった。

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