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 ヤルダバオトという新たな戦力の追加により、ハルトの素体に使用するリソースの回収は、彼の登場以前に比べおよそ30%効率が上がった。

 しかし、短期間でのリソース回収にはデメリットもある。


『付近の魔物の個体数が減少傾向にありますね』

「素体さえ出来上がれば問題ないだろ。なにかまずいことでも?」

『フィールドのリソースを管理するシステム"ガイア"に目を付けられるのは、利口な選択ではありません』

「それは一体何なんだ?」

『記録上は、この世界の環境を一定に保つ安全装置のようなものであると言われています。しかし、その実態はリソースの一極集中や過剰なリソースの消耗に対してペナルティを与えます』


 アークは、いわば世界の免疫機能ですと締めくくる。それに対してヤルダバオトはそんなものがあるならどうすればいいのかと問いかける。


『運搬にかかる時間や要員を考えると効率の低下はありますが、狩場を移す必要があるでしょう』

「それで対策できるのか」

『あくまで環境の維持がガイアの基底です。この一帯の魔物の配置や一区画あたりの個体数の維持に必要なリソースの急激な増加に反応する危険はありますが、逆を言えば別な区画にさえ狩場を移動すれば、感知されるリスクは減るでしょう』

「リスクが無くなるわけではないか」

『もう片方のリソースの一極集中の方は、こちらとしても対応しようがありません。現在のリソース量が基準値に置き換えられるまで待つというのも選択肢ですが、ゼウスの敵は多いため時間をかけるのは悪手だと判断しています』

「その意見には同意する。……とはいえ、私にできるのは今まで通り狩りをすることだけだが」

『期待しています』


 現状集まっているリソースは、素体の約7割程度。素体自体の培養は5割を超えたところであり、まだ時間はかかる。そのため急いでリソースの確保をする必要は無いのだが、場合によってはアークの防衛機構を用いて神獣の攻勢を防ぐことになるかもしれない。ヤルダバオトの成熟の時間を稼ぐことで、神獣を狩る。その場合、今リソースが潤沢にあるとしても、施設内に貯蔵しておくリソースは多いに越したことはない。

 ヤルダバオトは、アークと四六時中繋がっているからか、それとも生み出されるときにあらかじめ情報を付与されていたのか。彼自身も理屈は分からないが、施設の機能についてはある程度理解している。そのため説明されずとも自分のすべきことは理解していた。


 これといった障害はなく、目的の達成まで順調に進んでいる。油断することなく既知の脅威に対策も講じた。しかし、イレギュラーは起こるもの。行動範囲を広げるという選択は、彼との接敵を早める結果となる。


~~~~


 ハデスはシキと別れた後、自らの眷属の中でも強力な個体を呼び寄せる。と言っても眷属の中で最も強力なケルベロスは未だ封印されたままであり、残る眷属は戦闘向きとは言い難い。それでも神獣が数体、一か所に集まるというのは恐ろしく、徒人であれば彼らの威に中てられただけで卒倒しかねない空間となっていた。

 眷属が少ないことについて、ハデスは番人であり、その逸話は他の神に比べ非常に少ないことがあげられる。そのため眷属と呼べる者が少ないのは致し方ないことだろう。

 しかし、逸話の少なさに対してその名は広く知れ渡っている。死という恐怖の象徴を司る故にその存在は無視できず、恐れるあまりその真名を呼ぶことすら躊躇われ、プルトンをはじめとする別名で呼ばれるほど畏怖される冥府の支配者だ。個としての能力と、死の権能は比類ない力を持っている。

 とはいえ、その力が絶対の効力を持つのは彼の支配領域内での話。生と死という明確な境界線を越えて現世に降臨することは決して容易ではない。というのも現世、ひいては地上はゼウスの領域であり、海はポセイドンの領域だ。他の神の領域に踏み入ることは均衡を乱す行為であり、ペナルティが発生する。ハデスほどの存在であれば顕現に制約はないが、存在を維持するだけにそれなりの力を消耗することは間違いない。


 ケルベロスが居ない彼らの軍勢は、名を持つ者は現世と冥界の橋渡し役であるカロン、冥界の庭師であるアスカラポスのみ。それ以外は、生きている間に神の寵愛を受けることが無かったもの。冥界に落ちてなお自我を保ち続け、下位の名もなき神獣となった者が3体ほどという構成になる。これ以下の個体は、地上に出ただけで体が崩れ落ちてしまうため、戦力にはならない。


 たった6体だが、そのすべてが比類ない力を持っている。並みの相手であれば抵抗する間もなく倒されるだろう。

 そして彼らも、それが事実であると疑わなかった。

 慢心というよりは、この世界ではそれは当たり前のことであり、キャラクターは神獣に勝てず、彼らは力ある存在として崇拝され、同時にキャラクターを災厄から守護し、その比類ない力で秩序を保っている。そんな存在に、自分の力を疑うという選択肢は無かった。


 それでも多少の警戒心は抱いている。それは今回の敵が、かつての大戦で辛酸を舐めさせられた相手、その生き残りだと思われるためだ。警戒していなければ、おそらくハデス単身で乗り込んでいただろう。




――「なんだ?」


 地面が割け、そこから現れる冥界の勢力。それに対面したのは、10体ほどのミニオンを引き連れたヤルダバオト。彼もまた未成熟なりに力を伸ばし、上位に迫る力を得ている。

 しかし、その実力は本物の上位、低級の神獣には及ばない。唯一目の前に現れた存在の危険性を告げていた。


「……頼めるか?」


 ヤルダバオトの一言は、気遣いなどではない。彼らミニオンが逃走時間を作れるかどうか。ただそれだけの確認のために隣に居た個体に目配せする。

 彼らにも最低限の意思はある。そして下手にはっきりとした自我を持つほどの知能が無いからこそ、彼らの意識は原始的な本能に紐づけられているところが大きい。生存のための危機意識。人が進化と引き換えに失ったものを未だに持つ彼らは、目の前に現れた脅威が勝ち目のないものであることを感じとる。そんな中で彼らに下された命令は、死にに行けと言われているに等しいものだった。

 彼らの中に、命令を拒絶しようとする意識が芽生える。だが、彼らを縛り付ける行動規範はその本能を握りつぶし、ヤルダバオトを生かすようにと彼らに命じた。


 そんな彼らを前に、ヤルダバオトは謝罪などしない。命じたのは自分だ。であれば、彼らを憐れむ権利など自身にはない。狡猾で残忍な悪魔だからこそ、合理的な判断に躊躇いは無い。それでも彼らに同情の念が僅かにでもあったとして、それに対する彼の誠意は、この場でその選択が最善であったことを行動で示す。それだけだった。


「霧の獣か。幸先が良いね」


 そんな戦々恐々とするミニオンを前に、ハデスはそう告げる。

 余裕に満ちた上位者の風格を前に、通常であれば侮られていると感じ、憤る場面かもしれない。しかし圧倒的な強者が口にすればそれは過言ではなく真実だ。


 しかし、ヤルダバオトやミニオンはなぜハデスをこれほどまでに恐れるのか。他の神獣と対面したプレイヤー達も同じような恐怖を感じていてもおかしくない。そう思うかもしれないが、彼らがより強い恐怖を抱くのは、相手が死の権能を持つハデスだからという点が関係している。


 前提として、この電脳世界での死は、素体の死とデータの死があり、後者は復元の可能性の無い完全な消滅にあたる。通常素体を破壊され行動不能になっても完全消滅はしないのだが、死の権能を持つハデスであれば相手を完全消滅させることができる。彼らミニオンはそのことを本能的に察し、これまで感じたことのない恐怖に彼らは苛まれているわけだ。


 だからこそ、彼らは接敵直後、刃を交え実力確認をする前に逃走という選択をした。

 しかし相手もそう簡単に逃がしてはくれないだろう。

 ヤルダバオトは果たしてアークに辿り着くことができるのか。命がけの逃走劇が始まるのだった。

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