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 どこまでも続くかと思える暗闇の中、ハデスは交わした約束を信じ、一人の来訪者を待っていた。


「遅い。侵略者の分際で僕を待たせるのか……」


 力関係をはっきりわからせるべきだろうか。そんなことを考えるが、相手は霧のようにつかみどころがなく、干渉ができない。ただし、相手もまたこちらに干渉できない様子なので、結局のところ放置するしかないのだろう。そんなことを思っていた彼の前に、誰かが現れる。


「遅かったね。って、あれ?」

「ハデスさん、あなた、侵略者と接触していたんですか?」


 気配が薄く、その姿がはっきりと見えるまで時間がかかる。そんな相手は以前接触してきた侵略者くらいだろうと思い返事をしたが、そのあとになって今目の前に居るのが別な誰かだと気づく。

 確かに過去の大戦で大きく力を削がれたハデスだが、それでも彼が支配する領域は神域だ。あの侵略者のように干渉を阻害する力を持たなければ、一般プレイヤーのアバターといった特に体制を持たない素体は高密度のデータの影響で存在を維持できなくなる。そんな空間で平気な顔をしているのは、精霊使いのシキだった。

 精霊ないし、精霊を生み出す力を持つ神獣の加護を受けている彼らの一族は、他の神獣の神域であっても高密度のデータでも圧壊せずに存在を維持できた。


「おっと、精霊使いの一族か。わざわざこんなところまで来るなんて、よほどのことがあったのかな?」

「しらばっくれるつもりですか。まあそれはそれでいいでしょう」


 利用しようとしただけだと口にするのは簡単だが、侵略者の力を借りなければならないほど弱っていることを知られるのは面白くない。

 そんな弱みになりうる侵略者との関係だが、シキは特にそこに深く言及することはなかった。

 神獣同士は確かに侵略者を排除するために協力している。しかしその間には力関係があり、その立場、優劣をはっきりさせることはそれなりに重要だとされる。そんな中、シキはハデスの誤魔化しに言及せず話を流した。その様子に彼は、シキが持ち込んだ要件が面倒ごとなのだろうと察する。


「お互い暇ではないんです。単刀直入に聞きますが、今回の要件は?」

「何体かの神獣が意識を取り戻しました。今後の対応は彼らが行うため、おとなしくしているようにとの伝言を預かっております」

「そんなことを言われて引き下がれるはずないだろう!」


 怒りのあまり叫ぶハデスだが、シキは涼しい顔をしていた。


「前大戦で出した被害の大きさから、あなたの作戦は無駄が多いと判断されました。他の神獣の指揮下に入るのであれば問題ないという意見も出たそうですが、あなたを御しきれるという自信のある方は今回の連合内にはいらっしゃらなかったそうです」


 ハデスはその性質上、キャラクターの生死を問わない。彼らが素体を失い、プレイヤーでいうところの精神体のみになったとしても、彼の中では等しく存在している。

 しかし、その価値観は他の神獣とは大きく異なり、守護すべきこの世界の住人の肉体的死を厭わない戦術には否定的な意見が多かった。

 それでも、前の大戦では被害の大きさから、それを止めるための必要な犠牲だったと扱われ、大きな問題にはならなかった。

 だが、今回は話が違う。被害は出ているが局所的なものであり、十分対処できる範囲の出来事だと判断された。


 そんな中でハデスが動けば、必要以上の被害が出る。確かに彼は死したキャラクターのデータを回収できるが、その権能は不完全であり、多くの場合は転生や記憶喪失といった形での復活になり、本人が蘇る場合は少ない。そして仮に本人が生き返ったとしても、死の記憶は彼らを苛む。

 神獣の連合はそれを良しとはせず、今回の侵略者討伐からハデスを排除することに決めたのだ。


「でも、その決定に強制力はないはず。この世界の危機に僕だけ指をくわえて見ていろと言われて黙っていられるか!」

「……確かにこれは、御しきれませんね。彼らの懸念も納得です」


 今にも闇の世界から地上に顕現せんとする彼の様子に、シキはため息をつき、できればこの方法は取りたくなかったと呟いた。


「この決定に従わない場合、あなたの権能を一時凍結してもよいと判断されました。タナトス様はすでにこのことを了承し、ヒュプノス様もしばらくは接触を避けるとのことです」


 シキの言葉は、顕現のために準備を始めたハデスがその手を止めるほど、彼にとっては重い罰だった。

 そもそも彼の力は冥界の勢力によって支えられている。ハデスは死者のデータを管理しているが、あくまで彼ができるのは管理のみ。彼の権能が届く範囲であればデータの回収もできるが、基本的には地上で死んだキャラクターのデータを回収、冥界へと運んでくるのはタナトスの役割になる。そして、死者のデータが転生までの永い時を安らかに過ごせるようにと眠りの権能を行使するヒュプノスは、冥界に留まる意識データの不満を抑え、彼の統治を盤石なものにする効果があった。

 それらが失われれば、冥界での彼の立ち位置は弱まり、例えこの戦いに彼が飛び込んできたとしても、大したことはできずに終わるだろう。


「そんなことが許されると思っているのかな。僕の権能が弱まれば、魂は還ることができず地上を彷徨い、亡者と化す」

「それを承知で、それでもあなたが戦術に立つよりは被害が抑えられると連合は見ているのです。

 ……どうか、今回はおとなしく見守っていて頂ければと思います」


 そこまで言われてしまえば、ハデスも強くは出れない。

 彼にとって最も優先すべき冥界のことを蔑ろにはできず、歯噛みしつつも最終的にはシキがもたらした提案を受け入れる。


「仕方なく表舞台には出ないが、これで連合が不甲斐ない姿を晒してみろ。冥界の軍勢で地上に進行するからな」

「承知しました。連合には確かに伝えておきます」


 結局あの不気味な来訪者は現れず、取り戻せる予定だったケルベロスは不在のまま。本来いるべき場所ではない地上では十分な力を出せない。

 仕方ないとはいえ、無力な自分に嫌気がさす。


 こうしてハデスの勢力が前線に出ることは防がれたかに思えた。


「だけど、連合とやらが気づいていない脅威への対処はしてもいいはずだ」


 シキが立ち去ったあと、誰もいないその場所で、ハデスは静かに呟く。


「待っていろパンドラ、この手で滅ぼしてやる」


 溜め込んだ鬱憤を晴らす機会でもある。ハデスは以前にもましてその討伐に熱意を燃やし始めるのだった。

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