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零音の覚醒は、確かに彼の手によって引き起こされた。
現実では東御という名前を持つ彼だが、彼自身、セカンドプラネット内では名乗らず、のらりくらりと過ごし、そうしている間に与えられたコードネームはまともに思い出せなくなっていた。
そんな彼は、この世界を一つの劇場であると捉えていた。現実では有象無象に過ぎない人々の中から英雄が生まれる。彼は組織に属し、その演目を決める立場にある。
――彼自身はそう思っていたが、その誇大妄想は所詮彼の想像に過ぎない。この世界は残酷で、遊び感覚で踏み込んで無事でいられるような場所ではない。
それでも彼がその妄想を信じていられたのは、彼らの組織が「加護」と呼ぶ強力な能力によるところが大きい。スキルやアビリティに類似した、けれど別系統の技術により、彼らはこの世界での存在を不安定にし、他者からの干渉を最低限に抑えることができる。
しかしそれは過度な干渉ができないことの裏返し。確かに彼ら組織の能力者は、この世界において不都合なことからの干渉を避け、時に情勢を覆す暗躍ができるトリックススターだが、表舞台で騒いだり、演目自体を変えられるわけではない。彼らの立ち位置はあくまで舞台装置、あるいはそれ以下の小道具に過ぎず、自由の利く監督ではなかった。
それをはき違えた結果が今の彼の現状といえる。
過干渉に伴う「加護」の失効。それによる影響は、決してキャラクターから感知されるようになるというだけではない。
電脳世界は現実における痕跡よりもはるかに鮮明にログが残る。そのログを管理するファイルにアクセスできなくしている間は確かに安全だ。しかし、そのファイルが開示されれば、その内容を知った者たちの報復が待っている。
「久しぶりに見つかりましたね。もう狩りつくしたのかとも思いましたが、こうして元気そうな姿を見つけると、最近は迂闊な相手が少なかったと考えるのが妥当っぽいですね」
「誰だ」
「名乗るほどのものではありませんし、あなたたちに名乗るような名前も持ち合わせていないですね。さて、不意打ちしなかっただけでも優しさと思ってくださいね」
そんな彼の前に姿を現したのは、見た目はまだ若そうなキャラクター。その手には柄から刀身まで真っ青な長刀が握られ、傍には冷気を纏った式神が侍っている。
「ふざけるなよ、たとえ加護が無くとも戦うことはできる!」
「そうですか。なら、試してみますか?」
確かに彼は零音に力を奪われている。それでもセカンドプラネットの外から持ち込んだ技術は扱える。弱体化はしているが、スキルやアビリティといった枠組みの外にある力を使うことができるなら、例え自分のような来訪者ないし侵略者を討伐する戦力だとしても勝ち目がある。ハデスのような神獣や大量のキャラクターによる人海戦術を恐れ隠れていたにすぎない彼は、1対1であれば対処できると踏んでいた。
しかし、相手が持つ圧倒的なまでの余裕は彼を焦らせる。
自分は、何かを見落としているのではないだろうか。そんな不安がぬぐえない。それでも、彼が来訪者を狩る立場だというのなら、穏便に済ませることは叶わないだろう。ここでの無抵抗はそのまま死を意味していた。
「私に従え――スレイブドール!」
インベントリから取り出した糸を操り、相手に差し向ける。
「おっと」
相手はそれを躱すそぶりも見せず、その糸は相手に絡みつく。過去には半身とはいえ神獣を縛ったその力。油断か知らないが避けられなかったならこちらのモノだと彼はうっすら笑みを浮かべる。
しかし、相手は余裕を崩さない。確かに表情まではしばりつけられなかったが、その態度に違和感が残った。
「さあ、私に従え!」
「……?」
「……」
「……」
「……何も、起きない?」
そして彼が感じたその違和感だと思ったものの正体は、素人でも気づく失敗であり、彼はそれに気づいている自分を騙す以外に道のない哀れな男だった。
「あ、ああ……」
「それですべてですか?」
「私は、こんな、ところで――」
「――それでは、さようなら」
彼を縛っていた赤い糸は彼に付き添う式神によって食いちぎられ、彼もまた、赤い糸の影響などないかのように長刀を振り上げる。
「なぜだあああああ!!」
……
「煩いですね。耳が痛い」
始末を終え、彼は一息つく。
彼、式神使いの精霊術師シキは、逃亡した魔族を追いながら、各地で彼の一族の役目である侵略者狩りを続けている。
その侵略者というのは、現実から来たプレイヤー、その中でもセカンドプラネット内に存在しない法則や技術を持ち込み、この世界の枠組みの中では裁くことが難しい相手のことである。
最近は、パンドラの作った枠組みが様々な勢力の干渉によって不安定になっている。結果としてシキは精霊術師の本来の役割を思い出し、今回の相手を仕留めるに至った。
しかし、キャラクターと一般プレイヤーの識別はまだつかない。まだ先の話だが、そうなれば大きな混乱が起きるだろう。
「しかし、始末すれば終わりとはいきません。さて、こいつが何をしたかの調査をしましょうか……」
そう呟いて、彼は痕跡の調査を始める。
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裏でそんなことが起きているとも知らず、シルクと零音は戦っていた。
零音の拳がシルクの頬を掠める。浅い傷跡だが、プレイヤーのダメージは攻撃が当たったかどうかが判定基準らしい。傷跡以上に大きな体力の消耗を感じつつ、その疲労感を気力で抑え込み、彼女の腹に蹴りを入れた。
「なかなかやるじゃない」
「まだついてくるのか……」
「当たり前でしょう? 勝負は最後まで分からないものなんだからね」
辟易とした表情を浮かべるシルクに対し、全力の勝負に心躍らせる零音。対照的な二人の対決は、始めた当初予想していたよりも長引いた。しかし、それでも決着の時が近づいているのを両者ともに感じていた。
「なあ、なんでこんなに楽しく戦うやつが、町に引きこもってなんかいたんだ?」
「今答えないとダメ?」
「……できれば答えてほしい。迷いは断っておきたい」
「何それ。答えを聞いたら逆に気負うかもしれないのにさ」
そんな戦闘の合間に、シルクは零音に問いかける。その言葉は、シルク自身も意識せずに零したものだが、予想に反して零音から反応が返ってきたために彼自身自分がなぜそんなことを知りたがるのか疑問に思い、そしてその答えを知るためにも零音の言葉を欲した。
「……わかった。答えてあげる。でも、これが最後。次があるとすれば、どちらかが1度倒れた後だけ」
「構わない。むしろ答えが返ってくるだけでもありがたいと思ってるよ」
「調子のいい人」
ため息をつきながらも、表情を改め彼女は話始める。
「といっても、語るほどの理由でもないわ。遊ぶのは好きだけど、戦うのは苦手なだけ」
「違いがあるのか?」
「プロレスとボクシングの違いは分かる? 技術によるパフォーマンスと強さを競う闘争。その差がわからない人には、私の気持ちは理解できないでしょうね」
わかるようなわからないような。シルクは頭を抱え、今の戦いを彼女は遊びと捉えているのだろうか。そんな気持ちになる。
しかし、それでも彼女がここに本気で立っているとは感じる。赤い糸に縛られ、本人の意思とは関係なく戦わされている。その可能性が脳裏から離れなかったが、その懸念は薄れた。
「話してくれてありがとう」
「何か得られたものでもあった?」
「多少は」
「人の話を聞いといてその感想はセンス無いわね」
辛辣な感想だが、確かにそうかもしれない。そんなことを思いつつ、シルクは構えを取る。そんな彼の様子を見た零音は、約束を守るつもりはあるらしいと思い、戦闘中に雑談をさせられた不快感が多少マシになる。
「さて、続きをしましょうか」
零音のその言葉を皮切りに再び打ち合いが始まる。拳と剣、本来なら簡単に勝負がつきそうだが、この世界は内部のパラメーターがものをいう。
激しい攻防の中、先に呼吸を乱したのは零音だった。
「ま、た……」
「今度こそ、終わらせる! ――オーバーラップ:ジャストヒット」
シルクはエンチャントの重ね掛けをした剣を振りぬき、零音の胴体を刃がすり抜ける。赤いエフェクトが散り、赤い糸が深く食い込んだアバターは大きく破損したが、それでも狙ったものだけを絶つという効果により、壊滅的なダメージは免れた。
「はは、強いね」
「これでも訓練したんだが、他人の力を借りてなんとか勝ったんだよ」
「力を貸してくれる人、居るんだ。……私も、君と再会したときにプライドなんか捨てて頼っておけばよかったのかなあ」
力なく膝をついた零音。彼女が身にまとっていた赤黒い色のドレスはボロボロに崩れ、元のアバターの衣装がその隙間から覗く。どうやら先ほどの攻撃であの男の能力からの解放は叶ったらしい。
『おい、そっちの目的が済んだなら俺の半身を回収してくれ』
「わかってる」
「え、何か言った?」
「……いや、こっちの話だ」
とはいえ、戦闘後の余韻に浸る暇はないらしい。ベロスからの催促を受けて零音たちが運んでいた荷台に目を向ける。
激しい戦闘の直後だからか頭が回らない。返答を意識するだけでいいはずが言葉が口から洩れていたらしく、零音が首を傾げる。それに雑なごまかしを入れ、シルクは荷台に近づいた。
「(これだけ苦労してこれじゃないってのは無しにしてくれよ)」
そう思いつつ、布を捲る。
そこにあったのは、大人一人くらいの大きさの黒い結晶だった。
「これが?」
『確かに感じる。それは俺の半身、それが封印されたモノだ。……通りで気配が薄いわけだ。この様子だと接触した程度だと取り込めないだろうな』
「結局徒労ってことか」
『いや、半身を取り戻したことに違いはないし、すぐにとは言わないが封印を解いていけばいずれ力は取り戻せる。……でも妙だな。俺が知性を主とした半身である以上、片割れは力を主としているはず。この程度の封印で抑え込めるとは思えないが』
どうやら目的のモノを発見することはできたらしい。しかし、万全な状態かといえば違うようだ。
厄介なクエストをクリアした報酬が、武器そのものではなく武器の素材だった時のような、確かに価値はあるが今度は鍛冶屋探しが始まるという感じに似た、足止めを食らった気分になるシルクだった。
『それはそうと、こんだけ派手に暴れたんだ。ここに居て大丈夫か?』
「え、ああ……」
「――居たぞ!」
そんなことを思っていると、少し離れた場所から怒鳴り声が聞こえてくる。振り向くとそこには鎧を着た兵士の姿が見えた。
「まずっ」
独りで逃げればどうということもないだろう。しかし、ここには動けない零音とラッキーがいる。片方は全力を出し切り消耗し、もう片方はシルクの攻撃で気絶している。どちらも自力での逃走は難しいだろう。
放っておくこともできた。しかしシルクは脳裏を過ったその冷酷な選択を捨て、全員で逃げ延びる道を選ぶ。
そんな彼は大急ぎで2人を荷台に乗せる。そうして2人がかりで移動していたその台車――それも2人分重量増加したもの――を押して衛兵から逃げる困難なミッションを開始する。
「ああもう締まらないな! ――インターフィアー・ウィズ・タイム」
なんで非戦闘時にこの力を使うことになるのか。そんなことを思いつつ、相性の関係か零音との戦闘時には使わなかったため多少余力があると錯覚したのだろう。彼はそれほど躊躇わずに力を使用する。
――その後、騒ぎを聞きつけた衛兵たちは関係者と思わしき影を追ったものの結局取り逃がしてしまう。そうして今回の事件は犯人不明という形で幕を閉じたのだった。




