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荒れ狂う魔力は嵐のように周囲の建物をなぎ倒し、一帯は零音を中心に酷く閑散とした風景へと変わる。
「収まったか?」
舞う瓦礫を防ぐように掲げていた腕を下ろし、嵐の中心に立つ相手を見る。その姿は、先ほどまでとは様変わりしており、赤と黒のドレスを纏っていた。
静かに佇むその姿は、一見すると優雅な印象を他人に与えるかもしれないが、シルクはその姿に得体のしれない不気味さを感じてしまう。
「……ああ、あんただったのか。どおりで何か引っかかると思ったんだ。なぁシルク、なんであんたがこんなところにいるんだ?」
そんな姿になって最初の一言は、シルクの予想外の言葉だった。そもそも言葉を交わす余裕があるのかわからず、どちらかといえばすでに自我を失い、半狂乱になって襲い来るのではないかと警戒していた。しかし実際はこちらの正体に気づき、冷静そうに言葉を紡ぐ。その姿は、いささか拍子抜けに思えるかもしれない。だが、彼女と相対しているシルクはその言葉に警戒心を強める。というのも、彼女の声色は冷めきっており、相手がシルクだと気づいたからと言って、裏切られた悲しみや怒りも、再開に対する親しみも感じられない。その様子は当事者のシルクにとって明らかに不自然だった。
「君たちが運ぼうとしていたものを手に入れる必要があったんだ。もちろん、攻撃するまで、まさか君たち2人だとは思わなかったが」
「確かにやたら高額な報酬のクエストだ。警戒してコソコソと動いていたし、そんなやつが知り合いだとは思わないだろうな」
嘘は見抜かれる。そんな予感と共にシルクは言葉を選び、ゆっくりと語る。それを零音は聞き終えると、彼女の内心を語る。
しかし、彼女の言葉はそこで終わりではなかった。「でもな」と、彼女はその後に続ける。
「私は裏切られた気分なんだ。顔見知りに襲われて、素知らぬ顔はできない。……さあ、武器を手に取れ。さすがに無抵抗の相手を撃つ気にはなれないからなあ」
獰猛な気配に息を呑むシルク。柄を強く握り、気を強く保つ。
「どうしても戦わないとダメか?」
「くどいね。さっさと武器を構えな。それとも私ごとき、無手でも勝てるって?」
どうやらもう何をいっても無駄らしい。シルクは諦め、武器を構えた。
「そうだ。それでいい」
「……やるからには全力だ」
町の一画を更地にしたのだ。衛兵が駆けつけてくるのも時間の問題だろう。とはいえそれは副次的なもの。それ以上に零音の未知の力を脅威に感じていた。
「――インターフィアー·ウィズ·タイム」
「――復唱」
シルクの代償を伴う能力は、確かに強力だ。それこそNPC相手であれば、ほとんど抵抗のしようがない。しかし、彼と同じプレイヤーならば話は別だ。彼と同じように代償を払うなら、この世界はその願いを平等に聞き入れる。
加速した時間の中、零音はその速度に追いつき、シルクの攻撃を受け止め、反撃まで繰り出した。
「危なかった……」
「それがさっき私の攻撃を躱した手品か。恐ろしいね」「軽々と対応された相手を前に言われたら、嫌味かと思うね」
なんとか反撃まではくらわずに済んだシルクだが、次も上手くいくとは限らない。今は、唐突に得た強大な力に零音自身扱いきれていない様子であり、多少の隙はある。しかし相性の問題なのか、すでに大まかな力の扱いは理解している様子であり、完全に適応するまでさして時間はかからなさそうに見えた。
「(さっきのは、能力のコピーか? だとしたら、エクストラオーダーは悪手か)」
「攻めてこないなら、今度はこっちからだ!」
闇雲に攻めても勝てないと判断したシルクは、次の手を考える。しかしすぐには良案など浮かばず、悩んでいる間に零音が攻めに転じる。
「――早く、強く」
加速する零音の攻撃に、シルクは必死で対応する。彼女の能力は、キーワードからして重ねがけできるのだろう。どの程度の制約があるか知らないが、下手に能力を使えば先程の力で対応される。それを嫌ったシルクは能力を使用しなかった。
「くっ、予想以上だなっ」
「防戦一方だなぁっ!」
エクストラオーダーを使わなければ精神体への負荷は無く、HPの損失や精神的な消耗はあるが戦闘の継続に支障はない。懸念材料の衛兵の登場もまだなく、時間稼ぎはできる。しかし、エクストラオーダーが使えないとなると、零音の指摘の通り攻めに転じる余力は皆無という状況だった。
「っ!?」ぁっ、息継ぎッ!」
「なんだ?」
そんな戦闘の最中、突然零音は苦しげに呻く。
突然の変化にシルクは対応しきれず、かろうじてとることができた行動は後方へ下がり距離をとる程度。その数秒で零音はすぐさま回復し、シルクは絶好の機会を逃してしまった。それでも零音の怒涛の攻めから抜け出すことは叶った。
「慣れないことをするのは、少し辛いね……でも、この程度で倒れないから」
「(負荷の影響が蓄積するタイプか? だとしたら、長期の能力使用で限界を超え、後から致命的な代償を払うことにもなりかねないが……)」
零音は多少呼吸を荒げつつも再度拳を構える。その様子にシルクもいささか緩慢な動作で構えをとる。その脳裏には先ほどの異常な消耗に苦しむ彼女の姿がよぎり、戦闘に集中しきれないほど強い懸念を覚える。
「(代償もなくエクストラオーダー並みの力が使えるはずない。でも、俺の手札じゃ彼女をすぐには倒せない……)」
「おい! 戦いに集中しないと、そのままぶっ飛ばしちまうぞ!」
「くっ、考える時間は与えてくれないか」
最接近してきた零音の攻撃を防ぎつつ、じりじりと後退する。
このままでは、次の隙を待つしかない。しかし、次に代償を払うとき、彼女のアバターや精神体が絶えるかどうかは未知数だ。どうにかしなければという焦りが冷静な思考を妨げ、目の前の攻防すら普段通りにこなせない。かすり傷が増え、プレイヤーなら本来ありえない流血や浅い傷の痛覚に顔をしかめる。
「もっと、力を……」
全力を尽くしたのかといわれれば、違うかもしれない。だが、努力を怠ったと言われても違うと答えるだろう。全力疾走など続けられるものではない。できる範囲で、常人として狂い壊れないという条件下では、それなりに策を取り、足りない部分は他人に頼ることもした。
それでも足りないというのなら、彼にできるのは希うことだけだ。たとえ自分の力でなくても構わない。誰かに与えられた力でも構わない。踏み込めば、この状況を覆すのは、自分でなくても構わない。彼は他人を見捨てられないが、それは他人を救う自分に酔っているからではない。かつては違ったかもしれない。けれど、今の彼には英雄という肩書は重く、自分には相応しくないものだと知った。
だから、目の前の、かつて共に時間を過ごした相手に何もできず、手遅れになるという結末さえ変えられるのなら、どんな方法でも構わない。その強い想いは、おそらくは祈りと呼ばれるものに似ていた。
『――まったく、鍛えてやっておいてそのザマかよ』
そして、その強い思いは、聞き届けられた。
この世界の神の名を冠する存在、その在り方は、この世界の住人の安寧を守り、願いを叶えるというもの。神のために世界が存在するという考えとは対極に位置し、それは、この世界が元は誰かの願いで作られた名残といえる。そんなセカンドプラネットの在り方そのものに適応したシルクは、ベロスという協力者の存在もあり、土壇場で大きな力を得る。
「(これは……)」
力を発揮した姿は、人と獣の融合体、犬耳や尻尾の生えた人型とでもいうべき形だった。これは、願いを聞き届けたベロスに依存する形といえる。
『半身を失っているとはいえ、これでも俺は神獣の一柱だ。その力は、この世界の理の外にいる相手に対する有効打になる。ただし、それは相手も同じ。この世界の枠組みから外れた力に対し、それを防ぐ術がこちらにはない。それに、この奇跡はそれほど長くは持たないものだ』
姿の変化とともに、一体化したベロスと思考のやり取りが挟まる。現実の時間にしてみれば一瞬の間に、ベロスは自分の力の性質とその使い方を伝える。その内容は、世界の仕組みに手を付けたにしては貧弱と言わざるを得ない。だがそれは当然のこと。シルクはこの世界の住人としては半端で、力を十全に引き出せるわけではない。そのうえ願いを聞き届けた神獣は、半身を失った不完全な存在だった。
『それでも、プレイヤー一人取り返すくらいできるだろ?』
「(簡単に言ってくれるよ。……でも、やってみせるよ)」
それでも希望は繋がれた。諦めかけていたシルクは気持ちを入れ替えると、ベロスとのやり取りを終え、目の前の戦闘へと意識を戻す。
先ほどの力の発動の瞬間、向上した身体能力を生かした加速で零音の攻撃を避けていたシルクは今、彼女の背後に立っている。しかしお互い背を向けあっている状態。攻撃するには振り返る必要がある。そんな状況で2人は、お互い躊躇うそぶりすら見せず攻撃を繰り出す。
「まだ隠し玉を持ってるとはね。さっきまでの私じゃそれを使うまでもなかったってことか?」
「どうして君はそう悲観的なんだ。……柄でもないが、戦闘中に目覚めた力だ」
「なんだそれ。ご都合主義展開の主人公にしかありえないっていうヤツだろ」
ほぼ同時に繰り出された攻撃で拳と剣が交差する。お互い一歩も引かない攻防の中、2人はそんな言葉を交わす。
『おい、俺の力を貸してるだけだ。おまえの力じゃないぞ!』
「(説明が面倒だっただけで、そのことは理解してる。これが自分の力じゃないことくらい、わかってる)」
そこに野次が飛んできたのをシルクは軽く返しつつ、攻防を続ける。
確かに彼女の繰り出す攻撃は素早く、それでいて芯がある。食らえば大打撃だろう。それでも乗り越えることはできる。赤い糸の異様な装備の効果を食い破る。
能力の連続使用に伴う反動以外に欠点はないかと思えた彼女の力だが、こうしてまともに抵抗できるようになると脆さも見える。装備依存なのか、ジャストブレードでの赤い糸の切断は着実に彼女の力をそぎ落としていった。
「(でも、油断ならない。あいつは一方的な展開は好まないだろう)」
しかし、シルクも余裕があるというほどではない。確かに有利にはなったが、それでも力の差は大きく開いているわけではない。一度のミスで覆される程度の優位に、シルク側の能力もベロス依存でそれほど長くは続かない。そこに不確定要素であるあの糸使いの姿が脳裏を過る。
――シルクが思い浮かべたその男、シルクと零音を争わせた張本人はその頃、酷く消耗した姿で路地裏に身を隠していた。
「ただの一般人が、何故こちらに干渉を?」
それは、彼の想定外。
力を与えるはずが、無理やりに根こそぎ力を引きずり出されてしまった。そんな彼は、キャラクター達から認知されないという特異技術の恩恵すらまともに使うことができず、今後どうすればいいのか途方に暮れていた。




