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――「ああそうだ。君たちの装備では不安があるから、これを貸しておく。次の町に着いたら私の知り合いがいるだろうから、その人に渡してくれ」
深くフードを被った怪しげな取引相手に手渡された、禍々しさを感じる意匠の不気味な装備。しかし、高いステータスとこれと言って特徴のないアイテム説明文に、2人は疑いながらも手放すことはなかった。
しかし彼女たちは知らなかった。そのアイテム説明文は、元になった武器のものであり、本来の性質とは無関係なものだと……
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町の中という非戦闘エリアだが、半身とはいえ神獣の躯体があるなら話は別。ベロスと交戦したときのように臨時クエストとして周囲一帯が戦闘エリア扱いに変更される。神獣の半身を騙ることは難しいという判断から、ほぼ確実にこの制約はすり抜けられる。その判断でシルクは2人が町の外に出る前に攻撃を仕掛ける。
「パワースラッシュ」
「っ」
「何!?」
スキルによる強化を加えた斬撃。意識外からの奇襲により攻撃は命中したものの、相手の致命傷にはならかったらしい。攻撃を受ける直前に受け身が間に合ったらしく、大きく姿勢を崩しつつもなんとか一命はとりとめたようだ。
もう1人は、奇襲を受けたことに動揺しているのかすぐには構えを取らない。攻撃を受けた方も態勢を立て直すにはもう少しかかるだろう。そう考え、彼は動揺している相手に向かって斬りかかる。
しかし、そんな彼の脳裏には2人の声がどうにも引っかかる。どこかで聞き覚えのあるような。とはいえ知り合いに神獣の半身を運ぶような厄介ごとに首を突っ込む人はいないとその微かな躊躇を踏み潰す。
だからこそ、外套の奥に隠れたその顔を見た時、動揺は強く彼を苛んだ。
「なんで、君たちが……」
シルクが目にしたのは、かつて共闘したラッキーの姿。相手を理解した瞬間、振り下ろされるはずだった刃は宙で止まる。自分がしたことに恐怖を覚え、体が硬直する。ここに居るのがラッキーなら、先ほど攻撃をしたのは零音ではないだろうか。
人を攻撃してしまったことに対する罪悪感に苛まれるシルク。それに対してラッキーは、身構えた相手は予想していた衝撃が来ないことに疑念を持ち、恐る恐る伏せていた目線を上げる。
「シルク……?」
「ラッキーから離れろ!」
『なにぼーっとしてんだ! 避けろ!!』
「くっ」
どれくらい硬直していただろうか。それほど長い時間が経ったわけではないだろうが、倒れた零音が起き上がるには十分だったらしい。彼女の攻撃を食らう前に、なんとかベロスの呼びかけで正気を取り戻したシルクは辛うじて攻撃を回避する。
「くそっ、当たらないか……ねえラッキー、あんた大丈夫?」
「あなたこそ、さっき怪我したんじゃ……」
「このくらい、まだ平気」
「そ、そう。……あの、彼……」
「依頼を邪魔しに来た刺客か。通りでモノを運ぶだけで破格の依頼だったわけね」
まだ零音はこちらの正体に気づいていないらしい。そのうえ、正体を知るラッキーも、動揺からか上手く言葉が出てこない様子だった。
一方のシルクは、厄介な状況になったと歯噛みする。
「(2人が関わってるなんて想定外だ。偶然、にしてはできすぎてる)」
『早く取り戻せ。何してる?』
「……その荷物を置いていけ。そうすればこれ以上危害は加えない」
「はぁ? 何も言わずに先制攻撃仕掛けてきた奴が何を偉そうに。信用できないね」
零音の一言がシルクに刺さる。罠を疑い、相手の裏をかくことばかり気にしていた。それがこんな結果になるとは思いもしない。
しかし、彼の直感が囁く。これが偶然なんかであるものか。おそらく2人にこの荷物の運搬を依頼した誰かの意図。シルクがセカンダリアの探偵事務所で活動していることを知っているくらいだ。彼女たちがシルクの関係者であることくらいは調べていたということだろう。
「困ったな」
「お返しだっ!」
近接格闘タイプの零音だが、そのこぶしに着けているのは見覚えのない武器だ。どこか禍々しい赤と黒の意匠。その不気味な外見から嫌な予感を覚え、防ぐより避けるべきだと判断したシルクは後ろに下がる。
「砕波ぁ!」
余裕をもって回避した。しかし、そんなことは織り込み済みだったのだろう。直撃さえ避けておけば十分だという驕りの代償を払わされる。
地面に突き立てられた拳を中心に、地面が砕け、衝撃波が舞う。足場が悪くなり思わず態勢を崩し、シルクはもろに衝撃波を食らいその体を大きく吹き飛ばされ、家屋の壁に背中をたたきつけられる。
「かはっ」
「その程度かぁ!?」
確かに適正が近接戦というくらいだ。彼女は元々好戦的な性格なのだろう。しかし、そういった側面はパーティを組んでいた時はあまり表に出ていなかった。アグレッシブに攻め立てるその戦闘スタイルにシルクも認識を改める。
回避もままならないところに追撃が来る。しかし、その攻撃もエルヴォの攻撃に比べれば遅い。この程度に対応できないようであれば、そもそもこの場に1人で立つことはなかっただろう。
「――オーバー・ステップ」
相変わらず得体のしれない武器に触れることは躊躇われる。非破壊オブジェクトであるはずの町の床を破壊しているあたり、危険な代物だろう。回避のため、一瞬だが強力な速度上昇効果を持つアビリティを使い、シルクは窮地を脱する。
それにしても、彼女が持つ武器だが、使用者にどんな負担があるかもわからない。もとより半身さえ手に入ればそれでいいのだから、戦闘を長引かせる理由はないのだが、それでも早期決着が望ましいと判断する。
「なっ、どこに逃げた!」
零音が当たると確信をもって振りかぶったその拳は建物の壁を殴りつけ、一軒家を丸ごと崩壊させる。しかし彼女たちはまだこの世界を単なるゲームだと思っているのだろう。キャラクターが瓦礫に圧し潰されたかもしれない。そんな発想はもとよりなく、シルクはやりきれない気持ちになる。
とはいえ建物を庇う余裕はない。彼女たちもどこかで戦闘訓練を積んでいたのだろうか。そう思わせるくらい零音の動きは良く、シルクも簡単には捌くことができなかった。
しかし、警戒すべきは零音だけではなかった。
――「さあ、悲劇の幕を上げよう。『マスター・スレイブ』」
遠くからシルクを監視するその影が、更なる惨劇のために力を行使する。その宣言に、シルクの勘が警鐘を鳴らす。
「なんだ?」
『ヤバい気配だ。気をつけろ!』
そんな零音だけに意識を向けていたシルクだが、ベロスの一言に警戒心を強め、何とか予兆を察知する。
それは、零音と同様かそれ以上に禍々しい武器、かろうじて弓の形状をしているが、赤い糸が呪いの人形のように縫い付けられた不気味な武器を構えていた。
「――トリプル・ポイント」
そのアビリティ名と共に、シルクの右腕、胸部、左足にそれぞれマーカーが現れ、次の瞬間矢が放たれる。
捌かなければ。マーカーが出ているあたり、回避ができるとは思えない。そんな攻撃に、シルクは一つ目の切り札を切る。
「――インターフィアー・ウィズ・タイム」
時間干渉の力を数秒使う。剣で触れることすら躊躇われるため、地面に散らばった石材の破片を拾い、矢に投げつける。一射で3つの矢が風を切り、何かに誘導されるように飛んでいる。それを機能しなくなるまで破壊すると能力を解除した。
「っ、負荷は軽くないな」
訓練では使うことのなかった力に早速頼らされる。しかしそれも仕方ないだろう。
自分の正体を知るラッキーが何故攻撃を仕掛けてきたのか。その原因は見覚えのある赤い糸。虚ろな目をした彼女の様子に、この状況を作り出した相手に目星が付く。
「あの男……通りで胡散臭い依頼なわけだ」
こうなると零音に異常が現れるのも時間の問題だろう。単に誤解を解き、ベロスの半身を回収するという予定は崩れてしまった。どうやらラッキーの解放ができなければこの状況を打開することは叶わいだろう。
「やればいいんだろ」
一息つき、シルクは駆け出す。矢の間合いには入れない。次に番え終わる時には、またあの力を使わなければならなくなる。しかし、あの力は何度も使うものじゃない。電脳世界への依存が強まり引き返せなくなるリスクがあると同時に、完全に依存が出来上がってしまえば代償を払うことができず使用できなくなる。
厳しい戦いだと思いながら、シルクは剣を振るう。
「――エンチャント:ジャストヒット」
時間への干渉は負荷が大きく使用を躊躇った一方、こちらの力は影響は小さいため、訓練を積んでいる。今使用した力はその成果だった。
武器に光を纏わせる。見た目としてはそれだけ。アンデッド特攻の光属性のようにも見えるが、効果は以前のジャストブレードと大差ない。むしろ、真剣を核としているにも関わらずジャストブレード同様に物理ダメージを与えない点まで引き継いでいる点には強い違和感を感じるが、どうしてそうなるのかはシルク自身にもわからなかった。
武器に特性を付与したシルクは、まず後衛から倒すべきだと判断し、ラッキーへ攻撃を仕掛ける。糸に操られているなら自由意志がなく機械的。回避行動が下手なのではないかという予想に加え、アビリティを用いて撃ち出される追尾性能を持った矢への危機感が大きかった。
「よそ見してんじゃねぇ!」
「悪いけど、構ってる場合じゃないんだ」
攻撃を当てる予備動作でフェイントをかけ、引っかかった零音を躱してさらに1歩踏み込む。
さすがに自分に狙いをつけていると気づいたのか、次の矢を番える動作を止め、ラッキーは後方へと下がろとする。
このままでは追い込めない。そんな可能性が脳裏を過るが、すぐにそれを振り切り、さらに1歩踏み込む。この程度の状況は訓練の中でも体験し、力を使わずとも状況を打破する力がある。出し惜しみすべきではないが、アビリティに頼りきりになることもまた危険だ。過去の弱い自分の影に囚われていたが、克服しなければならないだろう。
「より早く、より先へ!」
体を迸る閃光は夜の闇を切り裂き、雷鳴のように激しく、斬撃は瞬く間に通り過ぎる。
「どう、して――」
意識を奪われたラッキーは、振り返ろうとするが間に合わない。その前に赤い操りの糸が糸くずとなって散った。
ベロス同様、赤い糸からの解放は叶った。しかし、自由意思を奪われていた反動だろう。彼女は膝から崩れ落ちる。物理ダメージの入らないジャストブレードでの攻撃ゆえに、意識が絶えてもリスポーンにはつながらなかったようだ。
まず一人。そう一息つきたくなる気持ちを抑え、剣を構えなおしつつ零音に向き直る。
「……なあ、あんた、彼女に何したんだ? 答えろよ」
そして、抱いたのは軽い後悔だ。目をそらし逃げ出したい。そう感じるほどの迫力を前に、実力では勝っているはずなのに気圧される。
どうしてこんなことになった。シルクがそう考えるのも無理はない。彼の目からは、ラッキーは零音に依存し、零音は自立しているように見えていた。しかしその考えは間違っていたらしい。零音もまたラッキーに依存し、その依存相手を失うという恐怖は彼女を追い詰め、狂わせてしまった。
この閉ざされた世界で気を許せる数少ない相手を失う恐怖、その強い感情を反転させた怒りはシルクの想定を超えるものだった。
そして、その反応が想定外だった人物がもう一人いる。遠くから舞台を眺めるその男は、そのドラマチックな展開に満足気に笑みを浮かべ、1つ、余計なお世話を働かせる。
――「おもしろい。彼以外にも逸材がいるとはね。これだけの力、キャスト替えしても見劣りしないか? さあ君が主演を続けるつもりなら、乗り越えて見せてくれ『ドレスアップ』」
「あああああ!!」
「これは、悪手を引いたか?」
『半身を回収して逃げろ。そいつはヤバい』
「荷台は1人で運ぶにも限度がある。それに、もう遅い」
籠手に絡みついた糸が脈動するように蠢き、腕から体へと伸び、零音を包む。糸の影響を考えれば一刻も早く止めに入りたいが、荒れ狂う魔力を前にして近づくことも叶わない。
ようやく相手を直視できるようになったのは、変化が終わった後。半NPC化して初めての命の危険を感じる相手に、背筋が凍るような危機感を覚える。
「それでも、これは自分の役割だ」
彼女を止めるのは自分の役目だと、シルクは自分に言い聞かせるように呟くと、倒れたラッキーを気遣う様子もない、理性を失ったようにも見える零音を前に剣を構えるのだった。




