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シルク宛ての依頼に書かれていた日。その前日の夜、シルクは胸騒ぎがして眠れずにいた。
『ずいぶんと緊張気味だな』
「これでも寝つきは良い方だという自負があったんだけれど。今日は妙に落ち着かないんだ」
『おまえの直感は危険なくらいだ。本来プレイヤーが認知しないこの世界の根底にあるシステムを引きずり出し、味方につけるくらいだからな。案外捨てたもんじゃないだろうさ』
「そんな評価を貰えるとはね」
予定では、ベロスとの軽口も今日で最後になる。半身を取り戻し、彼がケルベロスとして復活した際には、おそらく今のベロスからはかけ離れた存在となっているだろう。今となっては遠く感じるファーストリアでの戦闘を聞く限り、神獣たちはプレイヤーをこの世界を無粋に踏み荒らす侵略者として考え、徹底的に排除しようと立ち回っていた。その暴力が自分に向けられるとわかっていてなお、彼はゆるぎなくベロスに協力することを決めていた。
『……』
「とはいえ、さすがに明日に備えて眠るべきだよな。……って、反応が無いな。早く寝ろって言いたいならはっきり言ってくれ」
『いや、反応を返さなかったのには理由がある。集中力の要る作業をしてたんだ』
「話の途中だっただろ。そんなに急ぎの用事ができたのか?」
『鋭いな。その通りだ。そもそも、俺はおまえの直感について冗談でほめたわけじゃない。おまえの冴えてる勘は、どうやら過程をすっ飛ばして事件のにおいを嗅ぎつけるんだろう。今回もあたりを引いてるらしい』
「どういう意味だよ?」
『かすかだが、俺の半身の反応だ。位置まで特定はできないが、ゆっくりと、しかし確かに移動してる。神獣の気配としては異様に小さく、動いていなければ見逃してしまいそうだが、見つかればこっちのものだ』
「依頼は明日のはず……無駄足にならないといいが」
睡眠時間を削ってまで見に行くべきか迷ったが、このままだとベッドの上で無為に時間を浪費するだけだ。電脳世界は汗の処理も簡単で、寝る前の準備もすぐに済む。シルクは軽く自分に言い訳をして、宿の外に出ていく。
ベロスの指示に従い、気配を強く感じる方向へと歩いていく。どうやら痕跡を残さないために入念に隠されているらしく、観測の精度は悪い。そのため相手は着実に遠ざかっているのに、シルク側も時折立ち止まりながらの移動になってしまう。その一方で途絶える様子のない気配に杞憂では済まなかったらしいと覚える。そのうえで、相手は何かの都合で計画が前倒しにしなければならない事態に直面したのだろう。
それでも神獣の半身という荷物だ。夜中の移動は目立つうえ、荷物自体も大きい。取り逃がす心配はあまりせず、着実に目標を追う。
そんな相手だが、追っていく道順を振り返ると、気配は隠しているが入り組んだ道を進み逃げるようなそぶりはあまり感じられない。この様子ならそのうち相手の目的地も見えてきそうだと思いつつ、相手が追われていることに気づき、何か策を講じている可能性もあると緩みそうになった気持ちを引き締めた。
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時間は遡り、ラッキーと零音の2人が物を受け取った日。
受け渡しに現れた男は2人と別れた後、地味なローブを脱ぎ捨て、いつもの作業服姿に戻る。
キャラクター達の視界にはまるで映っていないような。そんな男は裏路地で一人笑う。
「せっかくの舞台をドラマチックにしてくれそうな小道具が手に入りましたね」
彼は以前にもセカンダリアで謀略を働いた存在だ。そんな彼がとった手段は、NPCを巻き込みシルクを焚きつけるというものだった。しかし、それはあの場にいたのがNPCしか居なかったからだ。
彼の残虐性は、精神体を持たないNPC達を見下し、道具と評価しているからではない。価値のあるものとそうでないもの。彼は自分の感性でそれを分け、価値あるもののためには犠牲を厭わない。
彼の情報網に入ってきた2人の情報。シルクと接触があるとわかった彼女たちを使うことで、彼を追い詰める。そうして彼から思考する余裕すらも奪い、彼の進む道を誘導する。
一度彼の望むシナリオから外れたシルクに対し、彼は主人公のわがままだと笑った。アドリブによる即興劇も大いに結構。しかし大筋から外れ、彼の思い通りの結末を迎えることができなくなるのはさすがに許容できない。プロットが使い物にならなくなる前に、彼はシルクが歩くべき道をはっきりと示し、それに従ってもらわなければならないと強く思うようになった。
人が人の行動を支配する。親が養っている子供に対して行ったり、企業や政治において強い立場の者が弱い立場の者に強いたりすることあるかもしれない。しかし、それらは多くが脅迫や洗脳と呼ばれ、健全とは程遠く、社会通念上は嫌悪される行動であると知られている。
しかし、それを理解していない。あるいは自分はその枠に囚われないのだと心から思っている者がいる。
彼もまたその1人であり、2人はそんな危険な相手に目をつけられてしまった。断ることもできたのに、誘惑に負けたのだと彼は言うだろう。だから自分は悪くない。本気でそう思っている。それどころか、彼は2人がずいぶんと滑稽だと笑った。
「さて、一時とはいえ共闘した相手との衝突は、彼からどれくらい余裕を奪ってくれますかね」
そう呟いたが最後、彼は路地裏の闇に溶けるように姿をくらませるのだった。
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シルクがベロスの指示で気配の元に追いついた後、彼は見失わないようにしつつも相手と距離を取り様子を伺っていた。
『ここまで近づけばはっきりとわかる。あれは間違いなく俺の半身だ』
「……思っていたよりも小さいな。運んでいる奴らの立ち姿も、傍目から見ると華奢で女っぽい。この世界じゃ身体能力が外見と一致しないこともあるとはわかってるが、それにしても軽いんじゃないか?」
『気配を抑え込んでる方法と何か関連があるのかもな。だが、軽いというなら好都合だ。協力者2人との合流も望み薄なこの状況。おまえ一人でどうにかできる見込みがあるなら好都合だろ』
協力者というのはエルヴォとネイルの2人のことだ。依頼書の内容を知る彼ら、特にエルヴォについてはシルクに対して、セカンダリア内部の厄介ごとに巻き込んでしまったと負い目を感じているらしい。とはいえ、やる気があるのはエルヴォだけ。ネイルはエルヴォに説得され、渋々協力しているという感じだった。
もともとは1人の想定。あてが外れたこと。2対1という状況。あまり条件は良くないが、想定の範囲内。敵がより多くの護衛を連れている場合や、明らかに強力な武装を着けているということもない。明日を待って相手が準備を整える時間を与えるよりもこの場で叩くべきだとシルクは判断した。
「2対1でも増援を呼ぶ暇はないか」
『相手の実力次第じゃ、どうせ増援なんて意味ない。相手は襲撃を明日だと思ってるんだろ?』
「そうだといいんだが」
ベロスと軽く会話を交わし、シルクは2人の運び屋に奇襲を仕掛けたのだった。




