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ケルベロスの半身がセカンダリアから運び出される日よりも前、エルヴォやベロスとの訓練の合間に、シルクは宿屋を訪れていた。
「いらっしゃい。何人部屋をご希望ですかな?」
「宿を取りに来たわけではないんです。ここに泊まっていた零音とラッキーの2人に会いに来たのですが」
「ほぉー、あの別嬪さん2人と知り合いかい。通りでわしの息子に興味も示さないわけだよ」
宿屋の店主はしきりに頷いているが、勘違いもいいところだ。しかし訂正しても笑って流されてしまいそうな雰囲気にシルクは黙り、店主が落ち着くのを待つ。
そんな店主とのやり取りも、エクストラ・オーダーによる影響なのだろうか。セカンドプラネットをただのゲームとしてみていた頃、宿屋の店主とのやり取りは随分と事務的だった気がする。確かに他のゲームにはないキャラクターのリアルな仕草はあったが、それでも彼らは与えられた仕事をこなすだけの存在に見えていた。
視点が変わっただけなのか、それとも実際対応が変わったのか。考えても分からないことばかりが募り、あまり気分は良くなかった。
「これでも親に似て面は悪くないと思ってんだが、いい年して浮いた話の1つも無くて……なんて、あんたに話すようなことでもなかったかい? まあ、気を悪くしないでくれよ。ちゃんとあんたの話も聞いてる。その2人ならまだこの宿に居るよ。いつも通りなら、帰ってくるのは昼過ぎ頃だろうね」
「わかりました。では時間を改めてまた来ます」
「あ、名前くらい名乗ってくれんかね」
「……そういえば名乗っていませんでしたね。僕はシルクといいます。2人にこの名前を伝えればわかってくれるかと」
そう言ってシルクはその場を後にする。
かつてセカンダリアを解放したときの仲間、その2人に接触しようと思ったのは、ベロスの言葉がきっかけだった。
――『もし相手の狙いがおまえで、神獣の暴走も厭わないってんなら、この町は主戦場になるだろうな』
よく考えてみれば当たり前だが、不思議と言われるまで失念していたその事実。それを認識した直後にシルクの脳裏を過ったのは、以前組んだ2人の姿だった。
「よく考えてみると、ファーストリアに戻るよう勧めて納得してもらえるんだろうか」
宿屋を出て表通りを歩く途中、不安が胸に巣食う。2人に事情を説明したとき、2人に危険が及ばないのか。そもそも自分が狙われているなら、接触を避けるべきではないか。しかし戦場になり、2人が巻き込まれる可能性を知っていて何も伝えないのは不義理ではないか。
内心以前聞いた宿屋から別な場所に居場所を変えていて、会えなければ気が楽だったのにという考えが過り、シルクは自分の薄情さに気づき顔をしかめた。
「本当に、最善が何かわからないな」
自分の優柔不断さは自覚している。セカンドプラネットのキャラクターたちを守るために命を懸けることに対して疑念を捨てきれない。だからと言ってセカンドプラネットでの生活が嫌かといえばそんなことはなく、むしろ現実に希望のない自分にはこの場所の方が心地よい気もする。
決断を先延ばしにできることであれば気も楽だ。無視するのは得意だった。しかし今回の問題は期限付き。会って話をするだけだが酷く気が重かった。
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その後、シルクの内心の葛藤とは裏腹に、2人との再会はあっさりと叶った。
「久しぶりだね。連絡の1つもよこさないから消えたのかと思ったよ」
「消える? まだログアウトの方法は見つかってないだろう」
「それが不思議なことに知り合いの何人か姿が見えないんだよね。逃げ場所なんてないはずなのに……」
ラッキーは内心どう思っているかわからないが、表面上は努めて明るく振舞いつつ、キャラクターを連れていてもプレイヤーとしては単独行動が多かったため知らなかった不可解な現状について知ることになる。
シルク含め3人は、セカンダリアを解放したプレイヤーとして主犯から目をつけられている。結果としてプロメテウスが送り込んだ救助用のAI部隊では力不足であり、彼らは救助されずにこうして今もセカンドプラネット内に取り残されている。
しかし、シルクを除く2人は、ほかのプレイヤーとの交流があったため、違和感の正体はわからないまでも、何か知らないところで起きていることは認識していた。
「そうなんだ。あまり他のプレイヤーの知り合いはいなくて」
「他の知り合い居ないんだ。じゃあ私たちに声かけたのも勇気が必要だったんじゃない?」
「多少は。でもあの時はセカンダリアに到着するために協力者を探していたから、誰に話しかけるとかそういうことはあまり気にしてなかったな」
「それって誰でもよかったってこと? 失礼なこと言ってる自覚ある?」
黙ったままの零音に対して、積極的だが以前とは違いアニメキャラのような語尾や独特のイントネーションをつけずに話すラッキー。別れる直前のイメージを引きずっていたシルクは困惑したが、それは相手2人も同様だろう。おそらく自分も自覚がないだけで雰囲気は変わっているだろう。それくらいの経験をしている自覚はあった。
「……ねえ、雑談は終わったかな? 無駄話しに来たなら帰ってよ。というかそっちも暇じゃないんでしょ。なんの要件?」
「ちょっと、少しくらい愛想よくしたらどうなの?」
「は? あんたもいい子みたいに振舞ってるけど実際余裕ないくせに。何? シルクに取り入って現状をどうにかしてもらおうとか思ってんじゃないの?」
「うっ……」
シルクがふと長考し、会話が止んだところに零音が冷えた声で彼に尋ねる。その態度にラッキーは不満を抱き、口論が始まったが、零音の指摘にラッキーが言葉に詰まり会話が終わる。どうやら今回は零音の勝ちらしい。
しかし彼女たちもまた厄介ごとに直面しているようだ。この調子だとファーストリアに戻るよう説得できるのか。抱えている問題にもよるが、それが解決するまで他のことはできないか、解決を手伝わされる未来が見え、今後の展開に不安を覚える。
それでも説明しなければ話を先に進めることができない。シルクは軽く深呼吸をし、改まった態度で2人に事情を説明した。
「……なるほど。イベントの情報をいち早く手に入れたから共有してくれたわけね」
「ど、どうしよう。この町が戦場になるなら早く逃げないと」
「シルクが私たちを騙す理由も、わざわざ会って話をするほど暇そうでもない。本当のことだと思った方がよさそうだね」
「理解が早くて助かる。とはいえ、俺が伝えられるのはそれだけだ。あとは2人が自分で判断してくれ」
「そんな無責任なぁ……いうことだけ言っておいて、あとは自分たちでやれって……どうせなら私たちを逃がす手伝いくらいしてくださいよ!」
「ラッキー、図々しすぎる。情報を伝えてくれただけでも感謝するべき。……まあ、もう少し手を貸してくれたならと思う気持ちはあるけど」
「すまないが、僕にも役目がある。それを放棄することはできないんだ」
「わかってる。ほら、ラッキーも未練がましい顔してないでさっさと行くよ」
シルクは自分の性格から、話を聞いてしまえばどうにかして2人に協力しようという気持ちが沸くだろうと思う。だからこそ零音の気遣いがありがたく、ラッキーの強い押しに動揺した。
2人が今何をしているのか。深くは知らないがおそらく2人では苦労するようなことなのだろう。リスクを嫌う質だと思っていたが、心境の変化か、あるいは資金難による致し方ない行動か。深入りしないと決めたのに、脳裏にはいろいろな可能性が浮かんでは消えていく。どうやら目をそらそうにも興味までは消せないらしかった。
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そんなシルクと別れた2人は、ある人物と会っていた。
「ほんとうにこれを町の外に持ち出すだけでいいのよね?」
「この金額、桁を間違えてるなら今のうちに言って」
「そんな滅相もない。ちゃんとお支払いします。何ならすでに前金は払っていると思いますが?」
別にあなたたちでなくても良いのだと、前金を返してくれるなら今からでも断ってもらって構わないとその深くローブを被った怪しげな男はそう告げ、その言葉に2人は口を閉ざす。
「……否はないようですね」
「依頼は、果たすわ」
「期待していますよ。それでは次はファーストリアでお会いしましょう」
そう言って立ち去る男を、2人はただ見送ることしかできない。
すでに前金には手を付けている。確かに運搬依頼であれば荷物を守るための装備を揃える必要があり、そのために資金は必要だ。しかし2人の資金の消費具合はそれだけでは説明がつかない。
2人はいつか助けが来るだろうと楽観的に身構え、これと言って質素な生活などせず、その一方でギルドの依頼をこなすでもなく、盗賊団の首領を討伐した資金を浪費していた。その生活が続きしばらく時間が経った頃、とうとう2人は資金難に直面した。
もしその時に彼女たちがシルクに会っていたら、金の無心をしたかもしれない。そのくらいに2人は追い詰められ、だからこそ多額の前金が支払われるという怪しげな依頼に手を出してしまった。
「荷物を運ぶだけ。中身を見ず、急いで運べば襲われる危険も少ない……よね?」
「盗賊だって今はだいぶ減っていると聞くし、仮に出てきてもあの首領よりは弱い。私たちは大丈夫」
2人は自分たちに言い聞かせるようにそう言い、荷車に積まれた箱に布をかぶせる。
町を出るのは奇しくもシルクが言っていた町が襲われるという日だ。依頼の指示通りとはいかないが、前日にでも持ち出せば戦闘に巻き込まれることはないだろう。荷物の運搬なのだから、到着日は気にしても出発日は気にしないはず。
依頼人に確認もせず勝手にそう決めてしまった2人。その行為の結果を知るのは、もう少し先の話だ。




