表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/104

53 / a-09

 作戦と言ってもそれほど明確なものはない。それでも何か敵について分かることが無いのかという話になると、表に出ていないケルベロスの半身に関するやり取りと、シルクの居場所を知っているということ。それくらいだろうか。

 とはいえ、それだけでも相手が特殊な技能を持ち、罠にはめたシルクを容易に倒すないし捕縛できると考えていることはわかる。


 大きな脅威を前にできることは戦力の充実。しかしベロスの話を聞くと、町の外の戦闘エリアに出ることは危険を伴うだろう。リスクを承知で外に出るか悩んでいるところに、ベロスとエルヴォ、1体と1人からそれぞれ異なる提案を受け、今の彼は訓練に励んでいた。


 ベロスからは、対魔獣用の戦闘技法を学んだ。内容としては魔力を絶つという技能で、今のシルクになら使えるだろうという話だ。

 ベロス自身にも効くらしいその技能について教わることになったのだが、彼はそのことをどう思っているのだろうか。軽く尋ねてもはっきりとは答えてくれず、シルクはそれ以上踏み込むのは止めている。おそらく彼自身もまだ葛藤があるのだろう。

 そんなシルクの推測通り、ベロスは屈託した気持ちを抱えていた。付け焼刃で叶うほど神獣が弱いということは無く、万全なケルベロスであればシルクなど敵ではない。だがたとえ少しでも自分を傷つけうる可能性を残すのは愚か者のすること。その道を自分で歩いているのは滑稽にも感じていた。それでも結局は彼に技術を教えているのだから、悩みこそすれ天秤は傾いているのだが。


 それに対してエルヴォからは武器の扱い方を指南された。これまでアビリティ頼りだった体術や剣術について体の動かし方から指南される。その際、プレイヤーが持つNPCに比べ高レベルのアビリティによってブーストがあり、彼は異常な速度で成長を遂げる。自分でも実感するほどの上達速度は本人も不気味に感じる。それと同時に、彼はアビリティの数値に影響を受ける体質について、本当にこの世界の住人になりかけているのだと実感した。

 とはいえ、上達したと言ってもそれはゲームとしてみればそれほど高いレベルではない。というのも、この世界にはアビリティの補助なしで斬撃を飛ばしたり、数十メートル先の標的に矢を当てたりと現実を知る者からすればありえないようなことを成すキャラクターが居る。それを思えば彼のアビリティのレベルでは魔力やアビリティの補助なしではそういった芸当はできない。短期間でよくここまで成長したとは褒められるだろうが、だからと言って最強からは程遠い。この世界ではまだ上級者程度の範疇に収まる実力だと言えた。


 そんなシルクを軽く押さえてしまうエルヴォもまた規格外だ。シルクにはまだ2つ、自己犠牲の上に使える切り札と、ベロスから伝えられた奇術が残っている。実戦であれば勝ちを拾うこともできるだろう。しかし逆を言えばそれだけしなければ勝てるか怪しい相手。ただの探偵ではないと感じているが、一体何者なのか。興味はあるが、深入りすれば関係は断たれる。そんな予感にシルクは今一歩踏み込めずにいた。


「……何か聞きたいことでもあるのか?」

「何のことです?」

「今日は踏み込みが一瞬遅れた。何を考えてた? 戦闘中にのんきに考え事をするような奴じゃないと思ってたんだがな」


 肩で息をしながら地面に横たわるシルク。それを大して普段と変わらない態度で見下ろすエルヴォは、少し迷ったようなそぶりを見せた直後、彼にそう問いかけた。


「なんでもないですよ」

「大して重要でもないことで太刀筋を鈍らせたのか? それならもっと厳しく接するべきだったか」

「そこまでされたら死にますよ。今の俺は何度でも蘇るプレイヤーじゃないんです」


 一度模擬戦の最中に大けがをすることがあった。この世界のアイテムには怪我を一瞬で治療する魔法薬があるため後遺症含めその後の行動に支障をきたすような問題は起こらなかったが、プレイヤーの体が本来持つダメージをHPが肩代わりして身体機能に影響が及ばないという効果は失われていると分かった。以前ベロスとの戦闘を終えた後病室で寝かされていた時にも感じてはいたが、はっきり意識の残った状態でそれが起きた時になってようやく強く実感させられた。


「死にたくない。当たり前の言葉だが、君からその言葉を聞くとどうにも安っぽく感じる。自分の命よりも他の何かを優先するような、そんな性質が君にはあるような気がしてならない」

「そんなことないですよ」


 その言葉でこの話は終わりかと思っていたシルクだが、エルヴォは黙ったままだ。そんな不気味な沈黙が続き、時間が過ぎたことで荒かった呼吸も落ち着く。

 寝そべっていた体を起こし、それでも訓練を再開する様子を見せない彼に、シルクもさすがに悩む。素直に話すべきだろうか。他人の素性が気になって集中を切らしたと知られれば叱られるかもしれない。そもそも尋ねたとして、答える義務はない。聞いたところで話したくないことなら語らないだろう。少し迷いながらもこの状況を打開するためには必要経費だと自分に言い聞かせ、彼は口を開いた。


「……わかりました。僕の負けです。正直なことを言うなら、これだけ強くなっても勝てるビジョンが見えないあなたの実力を前に、ふとこれだけの技量をどうやって身に着けたのか気になった。それだけです」

「敵わないと思ってくれているなら光栄なことだが、俺も最近は内心冷や汗をかいているよ」

「その割には息を乱すそぶりもないですが」

「持久力はあるが、太刀筋には自信が無い。たとえ息が乱れなくても、太刀を浴びれば人は死ぬものだからな。確かに持久力は強みだが、決定力には欠ける力なんだよ」


 そう告げる彼の顔には暗い影が映り込む。しかし次の瞬間にはその影はどこかへと消える。幻でも見ていたような気になるが、そうではないのだろう。彼は隙を見せない。そんな相手が素人の自分にも見えるほど暗い影を纏うのはそれなりの理由があるのだろう。やはり安易に踏み込むべきではない事柄だったと強く感じ、適当な言葉で煙に巻くこともできただろうにと少し前の自分の浅はかさを呪った。


「それで、俺の話が聞きたいのか?」

「――え?」


 しかし、それ以上に奇妙なことになったと感じる。


「面白くもない話だが、別に隠すようなことでもない。本当に聞きたいなら話してやってもいい」


――それで信用が深まるなら


 そう語るエルヴォの横顔には、先ほど見た影は映っていない。代わりに彼が普段浮かべている人間らしい表情は消え失せ、色をなくした瞳がこちらを見ていた。

 背中にぞくりとした感触が走る。その感覚に、シルクは自分が思っていたよりも厄介なことに首を突っ込んだのだと理解する。そのうえもう引き返すこともできそうになかった。


「ええ。僕は確かに聞きたいんです。誰の口からでもいいわけじゃなく、あなたの口から直接ね」

「わかった。とはいっても、俺が自分の話をしたくないのは、自分でも本当のことを言っているのかわからなくなるからなんだ」


 そう一言おいて、エルヴォは語り始める。


~~~~


 彼は昔、誰かに仕える騎士だった。少なくとも彼はそう思っているが、騎士だった頃の彼を知る者は不思議なことに誰もいない。そして何より恐ろしいのは、なぜなのか大切な主の名前が思い出せないこと。しかしそれでも彼は気高く、弱者を守るために自ら前線に出る無茶な存在だったということだけはなんとなく思い出す。それだけ強く印象に残っているということは、おそらくその態度に相当振り回されていたのだろう。騎士という立場から、彼の盾になるべく戦っていたのに、彼は盾を置いて前へ前へと踏み込んでしまう。もし彼が弱かったなら。あるいは、自分が彼に置いていかれることがないほど強ければどどれだけ願っただろう。その強い口惜しさもまた、嘘や妄想では説明がつかないほどのものだった。

 とはいえ、口惜しさを感じる必要はないのかもしれない。主の傍で鍛錬を続けることができたなら、いつかはその想いが叶う日が来たかもしれない。しかし、そうならないことは自分でもよくわかっている。


 心を閉ざし、記憶すらあいまいになるほどの辛い記憶。それは、主の死という恐ろしいものだ。


 彼は、エルヴォを置いて先に果てた。押し込まれている前線で、それでもなお彼は退かず、人々を逃がすために戦い、そして斃れた。その近くに彼は立っていたが、庇うことは叶わず、ただその瞬間を見ていることしかできなかった。


 しかしすべての希望が失われたわけではなかった。騎士としてあるまじき失態を前に、責任を取って主の後を追うべきだった。それを分かっていてなおそうしなかった理由。それは、彼が息絶える寸前、その最期に彼がエルヴォに何かを託したからだ。そう、確かに託されたはずだった。


 しかし、次に目覚めた時、その手には何も握られていなかった。主の声さえ朧気で、本当に何か託されたのかも定かではない。けれど、そのかすみがかった記憶は確かに自分のものだという強い自覚がある。

 まるで誰かに忘れさせられたような感覚を彼は呪い、そして真実を追い求めるように探偵という職業に落ち着いている。それが今のエルヴォという存在だった。


~~~~


 彼の話を聞いたシルクは、何か引っかかるものを感じる。記憶を失うほどの呪い。それが妙に気になったのだが、なぜ気になったのかまでは思い出すことができない。これも同化によるプレイヤーとしての記憶障害によるものだろうか。そんなことを思いながら、そのうち思い出すだろうと楽観的に考え、エルヴォとの対話に思考を戻す。


「おまえも俺の記憶を夢だと思うか?」

「わかりません。でも、凄腕の騎士だというなら、その実力には納得です」

「凄腕か……その評価が真実ならば、俺は今ここには居ないだろう。主を守って殉職しているか、彼を守り未だ騎士として在り続けていたはずだ」


 彼は自分を何も成せない中途半端な存在だと評価し、苦痛を滲ませながらごまかすように乾いた笑いを浮かべる。その様子にシルクは何も言えない。


「悪い。おまえに言ったところで解決しないことだったな」

「それは、そうですね。僕にはどうしようもないことです」

「……今日はこれで切り上げるとしようか」


 そんなやり取りをして、その日の訓練は終わった。


 その後も記憶に何か引っかかるような感覚が残っていたが、結局特に何かを思い出すことはなく、依頼に書かれた日がやってくる。

 その日は中断された訓練も、翌日からは何事もなかったかのように再開され、できうる限りの準備を整えたと思っている。しかし、得体のしれない相手を前に不安の拭えないシルクだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ