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前半と後半で異なる視点の内容になっています。再編時には纏めなおすかもしれません。

後半:サイドストーリー シルク編 第7話

 タルタロスからの伝言を聞き、意気揚々と準備を始めたハデス。しかし彼自身はゲームエリア内に囚われており、エリア外に戦力を用意すること。そしてそれをパンドラに感知されずに進めることは困難な作業だった。


「本当は外部の手を借りるなんて反吐が出る思いなんだけど、今回は仕方ないね」

「目的は共通していると何度言えばわかるんですか。私だってできれば神獣と接触なんてしたくない。いつ殺されるかヒヤヒヤしてるんですよ」

「その割にはずいぶんと余裕そうに見える。僕に見せていない切り札の1つや2つあるんだろう?」

「切り札を使うのは私のポリシーに反するんです。危機に陥るのも、そこから巻き返すのも主人公の役目です。私のような立役者には荷が重い」

「主人公なんて物語の中の話だろうに」


 捉えどころがなく不気味で何を考えているのかわからない。そんなこの男がハデスの前に現れたのは数日前。ひょろりとした立ち姿にダボついた作業服を身にまとうその男は、パンドラと不仲だが明確に敵対しているわけでもない現実の勢力に属しているという。

 本来なら切って捨てるような相手だが、彼の提案は魅力的であり、今のハデスは断ることができずにこうして行動を共にしている。


――「ケルベロスを取り戻したいとは思いませんか?」


 提案の内容は簡潔だ。失った一大戦力を取り戻すチャンスを前に、彼は話に乗った。

 後から聞いた話だが、協力を持ち掛けた男の目的は、とあるプレイヤーをケルベロスから引き離すことにあるという。

 ハデスは当初その話をありえないと切り捨てようとした。それはケルベロスがプレイヤーというパンドラの勢力に手を貸しているはずがないという思いからくるものだった。しかし、そんなハデスの態度など織り込み済みだとでもいうように男は手土産と称した資料を広げる。燃やしてしまうこともできたその資料の誘惑に負け、ハデスはその資料に一度目を通してしまった。


「(ケルベロス……一体なぜプレイヤーなんかにかどわかされているんだろう?)」


 経緯を知らず、1人のプレイヤー「シルク」を利用して檻を出ようとしているに過ぎないケルベロスの半身に対して、ハデスは男から与えられた断片的な情報に踊らされていた。

 確かに利用されていると知りながらも献身的な態度を崩さないシルクに対してケルベロスの半身であるベロスの内に情が生まれているというのは事実だ。そしてそれを知っているからこそ男はシルクとベロスを引きはがそうとしている。とは言ったものの、半身がシルクに対して抱いている情は、自身の上位者であるハデスの命に逆らうほど深いものではない。彼の命令があれば容易にシルクを切り捨てる。しかし、今のハデスに真相を知る術はなく、断片的な情報によってハデスは正常な判断ができなくなっていた。

 そんな彼はケルベロスを取り戻すために暗躍するのだが……


~~~~


 ハデスが暗躍を始めた裏で、シルクはベロスの本体を探っていた。

 しかし、全ての時間を捜索に費やしていたわけではない。というのもNPCたちは多少閉鎖的であり、よそ者であるプレイヤーの立場は低かった。聞き込みをしようにも無愛想な対応をされ続ける過程で彼はどうにかこの状況を打破する方法を考える。そうして何の因果かエルヴォとネイルの探偵事務所での手伝いを始めることになった。


 とはいえ、セカンダリアの中央に食い込めるような仕事はほとんどなく、基本的な仕事は探偵の仕事と呼べないような雑用ばかりになる。

 しかし、その仕事の中で彼が得た体験は鮮烈だった。


「(本当に、この世界のNPCは、中に人が居ないだけで生きているみたいだ)」


 雑草の生えた庭の芝刈りに、屋根の補修、子供を預かるなんて仕事もあった。そういった現実に近い仕事を請け負う中で、このセカンドプラネットがもう一つの世界であることを強く意識させられた。

 彼にはこれがエクストラ・オーダーに伴う半NPC化の影響なのか、それとも自分の(さが)なのかわからなくなっていたが、できれば何かに影響されて抱いた気持ちでなく、自分が心の底からそう思っていたいと願う。


 そんな日々が2週間ほど続いただろうか。初めは雑用ばかりで気だるげだった仕事も、町に暮らすキャラクターの名前や関係を覚えていく内にそれほど苦ではなく、むしろ楽しくなり始める。そんな頃にエルヴォから連絡が入った。


「指名依頼だ。それも、名前を公開していないおまえ宛てにだな」

「依頼人は?」

「差出人も書かれていない。正直いたずらと判断してもいいんだが、宛名が適当な名前じゃなくておまえなあたり、無視もできない」


 封の切られていない便箋には宛名だけが書かれている。どうやら開けずにとっておいてくれたらしい。この世界に信書開封罪があるとも、あったとして額面通りに適用されるとも思えないだけに、立場上検閲しようと思えばできるだろうエルヴォが中身を見ずにいてくれるのは、彼の誠実さの表れなのだろう。とはいえ、中身を見ていないのならどうして指名依頼だと分かるのか疑問に思うだろう。尋ねてみると、どうやら送られてきた便箋が依頼用の特別なもので、エルヴォには見分けがつくらしい。

 中身を見ていないとはいえ、さすがに内容は気になるのだろう。受け取ったシルクの手にある便箋をネイルがじっと見つめている。そんな中ではさすがに持ち帰って読むという気にもなれず、彼はその場で封を切った。


「差出人は、わからないな。内容は……」


 便箋の中には折りたたまれた1枚の手紙が入っている。軽く目を通すが、名前は見当たらない。内容を確認すると、セカンダリアで管理されている神獣について、この町から持ち出し他の町ないし町の外で保管する計画があること。そしてその実施日について書かれていた。その上で、計画を実行する立場の人々に任せていては安心できないため、移送について陰ながら支援してほしいという依頼となっていた。


「見なかったことにはできなさそうですね」

「移送か……おまえが気にしているあの魔物か、それともまだ見ぬ片割れか。あの魔物ならそれほど苦戦しないような気もするが、仮に得体のしれない方を移動するとなると不安はあるな」

「だからって探偵1組が裏でこそこそしながらできる範囲での支援をしたところで大した援護はできないでしょう? そもそもこの計画自体本当なのかどうかわかりませんし」

「差出人はそれがわからないのか。あるいはこれがおまえにだけ送られたものではないのか。はたまたおまえならこの状況を打開できると信じているのか……意図はわからないが、結局のところおまえ次第だ」


 エルヴォのその言葉にシルクは唸り、頭を抱える。

 仮にこの情報が本当なら、ベロスとの約束は二度と果たせないかもしれない。罠や危険を承知で向かうべきか、すぐには結論が出そうになかった。

 そんな中、因縁のある傷跡がズキリと軽い痛みを訴える。


「……そういえば忘れてたな」

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもないですよ。ただすぐに結論が出そうにないので、少し一人で考えさせてほしいと思います」

「わかった。……ただ、独断専行は無しにしてくれ」

「そもそも日付はまだしばらく先です。それに、考えるといってもできるだけ早く答えを出すように努力はするつもりですよ」

「そうか。おまえは他人を巻き込まないようにするんじゃないかと不安になるからな。根拠のないことを言って悪かった」

「そうですよ。最近はシルクも仕事が板についてきて、都合のいい……じゃなかった。ずいぶんと役に立ってくれるようになったんですから」

「おまえ、相変わらず他人を便利な道具みたいに思ってるらしいな」

「げっ……」


 ネイルが失礼なことを言い、ばっちり聞こえていたのにわざわざ言い直したが、正した内容がマシになったかといえばそうでもない。本音で話すのは美徳とされることもあるが、こういう場合は違うだろう。

 エルヴォにぎろりと睨まれたネイルは一瞬硬直したと思うと脱兎のように部屋から抜け出し、エルヴォはそれを追いかける。今となってはシルクも慣れたが、初めのうちは困惑させられたと彼は振り返る。

 しかし、自分が部屋を出ていく前に環境が整ってしまった。独りになった部屋でシルクは待たせるのも悪いだろうと意識を傷跡に向けた。


『話は大体理解してる』

「(僕の情報は筒抜けか)」

『本来は眷属に対して使う力だからな』


 噛まれた傷跡を介して思念を伝えてくるのはベロスだ。あの時は単に意思疎通ができるようにする効果しかないと思っていたが、実際は離れていても意思疎通ができるようになっていたらしい。そのうえ、先ほどの会話の内容まで知られている状況。シルクとしてはあまり気分のいい話ではなかった。


『ほとんどの情報は手に入る。例外は心の中くらいだな』

「(単に意思疎通ができるようになるだけだと思ってたよ。なんか騙された気分だ)」

『そういうな。俺だって好きでおまえの私生活を盗み見てるわけじゃないんだよ』

「(わかってる。……で? わざわざそっちから連絡してきたってことは、この依頼について、君の判断を聞かせてくれるんだろ)」


 結論を急ぐシルクに、ベロスの返事が遅れる。呆れから姿の見えないベロスがため息をついたのだろうと感じながら、それでもシルクは返事を求める。


『なんで俺よりおまえが焦ってるんだよ……わかった、結論を言えばいいんだろ。俺の予想であって実際のところはわからないが、今回の依頼は情報自体は正しいが、罠でもあるだろうな。相手は、おまえをおびき出すって目的のためなら、俺の半身を表に出すことも厭わない』

「(移送の支援という話が嘘ってことか? でもなぜ僕がターゲットにされるんだろう。僕にそんな価値はないと思うが)」

『以前はそうだった。けれど今のおまえはプレイヤーとミドルの中間の存在。それも一般的にデミと呼ばれる連中とも違う異質な存在だ。引く手あまただろうよ』

「(必要とされているといっても内容による。実験動物の成功例のような扱いは嬉しくないな)」


 知らない間に自分の価値が望まない形で上がっていたことを知り困惑するシルク。しかし、話を聞いたことで自分が狙われていることには納得したようだ。


「(でも狙うなら町で依頼をこなしている時でもできるだろ。わざわざ依頼で呼び出すなんて……)」

『相手はおまえが町でのんきに依頼をこなしてるなんて考えてなくて、あくまでおまえに届く宛先しか知らなかった……なんて、そんなわけないか。となると、戦闘制限か』

「(聞いたこともないな。その制限というのは何なんだ?)」

『具体例で説明するのが手っ取り早いんだが……そうだ、以前昔なじみのヒュドラーが暴れたと聞いているんだが、プレイヤーのおまえは何か知ってるか?』


 神獣という存在に対する理解が浅かったということだろう。ヒュドラーという名前にシルクは顔をしかめ、あまり思い出したくはないと思いつつ、ベロスにどう説明するか少し悩む。とはいえ、下手に取り繕っても仕方がないとそれほど気負わず大まかなところは話すことにした。

 といっても、彼は戦場には居なかった。なので知る情報は大雑把なものばかりになる。


「(知る知らないも何も、僕がセカンダリアを目指して強行軍をした原因だからもちろん覚えてる。防衛イベントなんてものが開始して、ファーストリアが危うく落とされかけたらしい)」

『まさかあいつが敗退するとは思わなかったから当時は驚いたもんだ。……それはそうと話の続きか。なんでヒュドラーの話を出したかといえば、おまえの言う防衛イベントについて知りたかったからだ。

 おまえは町の中で起きた戦闘には防衛隊による鎮圧が行われる仕組みを知ってるか? あれなんだが、神獣の襲来時だけは停止する。もし相手の目的が防衛隊の邪魔無しでおまえを倒し回収する気なら、おまえが襲われなかったのは町の中でのんきに依頼をこなしてたからだな』


 思わぬファインプレーを見せていたシルクだが、そんないつまで経っても町を出ないシルクの態度に、彼を狙う相手は我慢の限界が来たのだろう。そんな推測をしたからか、シルクは今回の相手が短気、あるいは時間がなさそうだなと思った。


「しかし、そうなると罠だとしても何もせず黙って見過ごすわけにもいかないか……」


 本当に手を借りたい相手からの依頼である可能性や、移送の話が嘘であり、ただおびき出されて終わる危険もあるが、一番まずいのは知らない間にベロスの半身が手の届かない場所に隠されることだ。乗り気はしないが、書かれている日にちまでにできる限りの準備を整えなければと思うシルクだった。

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