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 アークが生み出したミニオン「ハウンド」の1体は狩りを行っていた。


 そのミニオンの嗅覚は半径5m程度の範囲を感知できるが、その体格から相手に察知されることも多い。体格にしては静かではあるが、それでも100kgを超える体重ではどうしても足音がしてしまう。彼らがスキルを保有していれば話は違うのかもしれないが、精神体を持たない存在がスキルを保有することは今のセカンドプラネットでは不可能に近く、残念ながらそれは叶わない。

 とはいったものの、スキルが使えないからと言って魔力が使えないわけではない。そもそも巨体を支えるためには体内に魔力を循環させ、常に小規模な強化魔法を体にかけているのと似たような状態を維持している。それ以外にも、爪や牙に魔力を付加することで一時的に強度を増すことも可能である。それでもスキルのように斬撃を飛ばしたり、宙を舞ったり、ブースターもないのに空中で姿勢を変えたりといった超常的な力に比べると初歩的で簡単な能力しか扱えないという印象は拭えないかもしれない。

 それでも彼らの高い身体能力は脅威であり、並みのプレイヤーやプレイヤーが相手している魔獣には8割程度の勝率がある。


 そしてそれは彼らが単独行動している場合の話。ピクシスの影響下にある現状、単独での勝利に不安のある敵に対しては、他のハウンドやギガースといった増援が向かう。そうでなくとも勝てない相手を前にした際は逃走と情報共有を最優先とするため、消耗はあれど敗北は滅多にない。とはいえ、今後ミニオンが安定して量産できるとなれば消耗ありきでの作戦が増えるかもしれないが。


 今も山岳部を偵察していた他のミニオンが山羊型の魔物を2体討伐したという連絡が入った。その魔物を狙う大型の捕食者が付近にいる恐れがあることから警戒度は高いが、中~大型の獲物が多いため狩場としては適しているらしい。

 別な場所での戦果を羨む暇はなく、そのミニオン山の(ふもと)へと降りていく。


 小さな獲物を狩り、呑みこむ。大型の獲物であれば背に載せたり口に加えてアークに戻るのだが、麓の魔物は小型が多い。


 そんな狩りの最中、異様な気配を感じ毛が逆立つ。急いで振り向くと、そこには黒い影のような姿があった。


「霧の獣……まだ生き残りが居たのか……? あのプレイヤーや帰ってきたデミの報告では施設は停止させたと聞いていたが、どうやら違ったらしいな」


 その実体を持たない影のような存在は、デミを保護するために山の麓にある教会跡地を拠点にする神獣の1体「タルタロス」だ。ミニオンは狩りを続けるうちに、彼が管理する領域に足を踏み入れていた。


 そうしてタルタロスと対峙したミニオンだが、彼の放つ強者のオーラを感じ後退する。彼を仕留めればおそらく1体で目的を達成することは可能だが、そのためにはまだ戦力が足りていなかった。

 幸い敵がこちらの存在を感知する範囲は把握できている。何とかピクシスとの情報共有も終えた。とはいえ、この場から生き延びることができるのか。可能性は低いと言えた。


「しかしおかしいな。私たちを目にした瞬間襲ってくるような印象だったが、どうやら違うらしい。ずいぶんと慎重だな?」


 こちらの様子を伺うような発言に、少しずつ後退していた彼は一途の可能性を見出す。しかし、残念ながら相手はそこまで甘くなかった。

 後退しようと後ろ脚を下げると、まるで地面が無いかのように足が沈み込む。この周囲にぬかるみはないはず。何が起きたのか混乱しつつどうにか別な場所に足を延ばそうとしたが、足を引き抜くことは叶わない。それどころか先ほどまではしっかりと踏みしめていたはずのもう片方の足まで沈み込む。

 状況を理解したころには手遅れだった。


「何にせよ、霧の獣を逃がすわけにはいかないな」


 そのミニオンは神獣の力を知らなかった。それは底のない闇の中へと引きずり込まれ、魔力を纏い暴れてもその闇の中から生えてくる黒い蔦のようなものに絡めとられ次第に身動きが取れなくなっていく。

 完全に闇に呑まれる寸前、それが感じたのは、本来自らの死を厭わないミニオンにはあるはずのない恐怖だった。


~~~~


 ピクシスは、1体のハウントの反応が消えたことを確認する。それと同時に山の麓の一角を禁足域に指定し、ミニオンの行動範囲の再設定を行った。

 そんなピクシスを筆頭とした彼らミニオンだが、彼らの行動にハルトの意図は介在していない。それは、ハルトと一時的ではあるが協力関係にあったタルタロスや、彼が守っている教会とそこに暮らすデミ達に対する配慮を彼らが持っていないことを意味している。そのため、仮に神獣と善戦できるだけの戦力が揃っていた場合、タルタロスとミニオンによる総力戦が起き、仮にタルタロスがその戦いに敗れたなら、教会跡地に暮らすデミたちもまた襲撃を受けていたことだろう。

 今回は辛うじてその危機は回避されたのだが、だからと言って万事解決かといえばそういうわけでもない。


――タルタロス側は、霧の獣の出現を重く見ていた。

 とはいえ、今のタルタロスの力は制約が多い。そのうえデミを守らなければならないという立場上、霧の獣を狩るために教会を離れることも叶わない。となると、彼は外部の力を頼らざるを得なかった。


「――君が連絡を寄越すなんて珍しいじゃないか」

「それだけ面倒な案件になる」

「久々に連絡を寄越したと思えば面倒ごとか。それは嫌だなあ……ただでさえ番犬が不在で心もとないというのに」


 タルタロスが連絡を取ったのは、傍観主義的な側面を持つハデスという神獣だ。底なしの闇に繋がる場所を管理する彼は、かつての大戦以前、タルタロスとの親交を持っている。

 とはいえ、他の神獣にそのことを知られるといささか面倒なことになる。デミを保護する立場のタルタロスは他の神獣と対立することも多く、その争いに巻き込まれるのはごめんだとハデスは彼との交友を隠し、タルタロスもまたそれを許容していた。

 そんなハデスに連絡を取ったのは、タルタロスの話を聞いてくれる神獣が彼くらいしかいないという点が大きかった。

 そんなハデスだが、彼の配下にあるはずのケルベロスが不在のため勢力としてみれば弱く、神獣の中の影響力はそれほど大きくなかった。


「霧の獣が現れた」

「随分と困ったことだね。僕は無視できない案件だ」


 それでも彼に話を通したのは、彼がこの話を無視できないと踏んでのものであり、その予想通り、話を聞いたハデスの態度は一変する。

 ケルベロスが不在とはいえ、セカンドプラネット内の生と死を管理する存在だ。それが機械ではなく思考もするのに魂のない存在というイレギュラーを許すことは彼の沽券にかかわる。かつての大戦でケルベロスを失っても戦いを続けた彼にとって、それはかつての自分の行いを無に帰されたような腹立たしさがあった。


「それで、僕は何をすればいいのかな?」

「私は役目から場を離れることができない。だからこの案件はそちらに任せようと思う。無理そうなら他の神獣にでもそれとなく話を通してみてほしい」

「確かに僕も今はおいそれと持ち場を離れることは難しい状況だ。プレイヤーとかいう死んでも蘇るこの世界の規律を無視した連中の対処をしないといけない立場だからね。とはいえ、その案件を他の奴に任せることができないのは、君でもわかるだろう?」

「予想はしていたが、あまり賢い選択とは言えないだろう」

「それでも譲れないものがあるわけだ」


 そうして霧の獣、もといミニオンの討伐はハデスに委ねられることになるのだった。

【用語解説】

・霧の獣

 ゼウスが生み出した人造魔獣であるミニオンについて、その正体を知らない神獣側が付けた呼び名。

 精神体を持たず、倒すと灰のように崩れ落ちて死体が残らないことから、実体のない獣という印象があり、それが転じて霧の獣と呼ばれることになった。

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