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 ハルトは真っ暗闇の中で目を覚ます。

 次目覚めた時には毒が治療され、久しぶりに健康な体を謳歌できるかと思っていた。しかし残念ながらそんなことはなく、むしろ状態は悪化していた。

 まるで体そのものが無いかのようだった。指一本動かないその状態に彼は叫んだが、その叫びに声はついてこない。


 それもそのはずで、彼は本当に肉体を失い、精神だけの状態になっていた。


「(なんなんだよ……)」


 失意の中、早く目覚めすぎたのだと、これは明晰夢のようなもので、いつか意識が暗転して次目覚めるころには肉体を取り戻せると自分に言い聞かせ、気が狂いそうな状況に耐える。

 しかし、彼が信じるそんな未来はやってこない。彼の体はすでに奪われ、新たな主人の下で酷使されている。周りにいる者も彼がハルトではないと気づかず、あるいはおかしいと思いつつ踏み込めない。それは彼が他人とかかわりあうことを避けていた結果だった。

 唯一の理解者であるEは次第に大きくなる違和感に何とか彼がハルトではないと確証を得るが、それに気づくころには彼の呪いの力は偽物によって吸い上げられ、ラルクやミオに真相を伝えることもできないほどに衰弱する。


 しかし、真相を知らないハルトが真っ先に疑いの目を向けたのはEだった。


「(こんな暗いのか? こんな不自由なのか? 体が無いってことの意味を、俺は分かってなかった……)」


 もしかするとEは神殿の機能を知っていて、ここに連れてくるために俺を生かしていたのだろうか。そんな想像が脳裏をよぎる。肉体が欲しいだけならばそんな遠回りなことをする必要はなく、Eはただ長老の誘いに乗ればよかった。だが、その事実を知らないハルトは酷く苦痛を感じる何もない空間に漂う中で、そんな疑いの気持ちが芽生えた。


「(このまま精神がすり減って、自我を失うまで漂い続けるのか? それは嫌だ! そんなのってないだろ……)」


 俺はただゲームを楽しみたかっただけだ。そもそも神獣に毒を食らったことも、そのせいでひどく体調を崩したことも、呪いに体を蝕まれ、頭の中に他人の声が響くようになったことも、全部自分の意志ではない。

 ストイックな物量戦を繰り広げた防衛イベント。魔族と間違われ投獄されてからの脱出劇。恐ろしい攻撃を繰り出すアンダイングとの戦闘と、その中でのEとの共闘。デミの長老とタルタロスというタッグが仕掛けてきた罠を何とか乗り越えたこと。そういった通常味わえないスリルに多少興奮はしたが、だからと言って死にたいのかといえば違う。むしろもっと気楽にこの世界を楽しみたい。そんなゲームらしい楽しみ方ができないのは苦しい。

 そもそも現実に希望が無いからゲームにのめり込んだのに、その逃げ場すら真っ暗な袋小路にぶち当たり、何もかもが嫌になり、冷静さを保てなくなりそうだった。


 そんな苦境に立たされた彼だが、そういうときほど彼の悪運が生きるらしい。


『――生存者を発見』


 毒を身に受けても生き残ったり、呪いに蝕まれてもその呪いの根幹を成す人格が害のないものであったり、脅威に晒されてもなんとか生き延びてきたりと、危機に陥らずに済むという最善は叶わないなりに、彼はそれらの困難を乗り越えてきた。どうやら今回もそういう一件らしい。


「(なんだ? とうとう幻聴でも聞こえ始めたか?)」


 捻くれた彼はそんなことを考えたが、それは決して空耳などではなかった。

 真っ暗に思えたその場所で、それは淡い点滅を繰り返し、ハルトの精神は太陽を直視し目がくらんだ時のようにふらりとする。

 しかし、それは暗闇で急に懐中電灯を向けられたようなものであり、慣れてくるとまぶしさは感じなくなる。


「(あんたは、何だ? というか、俺はこの状態で対話できるのか?)」

『問題なく聞こえています。当機は対話が可能です』

「(せっかく誰かに見つけて貰えたのに、こっちの意図が伝わらないなんてことがあれば最悪だった。どうやら多少マシな相手に見つけて貰えたらしいな)」


 体があれば乾いた笑いが漏れていただろう。マシだと言っても良い状況には程遠い。Eとは別な声が聞こえてきたあたり、感覚が取り戻せていないだけで体は残っているという可能性が限りなく低くなったというのもある。気分はそれまでより悪くなることこそなかったが、良くなったとも言えなかった。


『残りの質問への回答です。当機は研究施設アークのメインシステムを管理するAIです。固有名称はありません』

「(なるほど。ってことはまだ俺はセカンドプラネットの中。それも神殿のシステム内部に取り残されてるってことかよ)」


 アークという名前に聞き覚えはないが、研究施設だというのなら神殿と呼ばれていたゼウスの残した研究施設、自分が神獣から受けた毒を治療すべく立ち寄った場所だというのが妥当な話だろう。他の可能性も考えたが、この状況より酷いものばかりが脳裏をよぎり気分が悪くなるばかりだったため、彼は考えるのを止めた。


「(管理AI……ってのも呼びづらいな。管理AIってことはこの施設そのものみたいなものだろうし、あんたはアークを名乗ってもいいんじゃないか? って、AIに言っても仕方ないのかもしれないが……)」

『提案について検討を開始……検討中……棄却する理由は存在しないと判断されました。以降当機に対して識別名称"アーク"の使用が可能です』

「(NPCが人間と大差ないくらい思考するんだから、現実のAIとは別物で柔軟な考えができるのか。これは考えを改める必要がありそうだ)」

『当機は本重要施設の管理を担う高性能AIであり、強力な権限を与えられています』


 ハルトの思考に対しアークはそう告げる。その機械的な口調でありながらどこか低スペックAIとは違うのだと張り合うような内容に苦笑しつつ、失礼なことを考えると見放されかねないなと危機感を抱いた。


「(わかった。あんたが高性能だってのは認めるよ)」

『理解して頂けたようで何よりです』

「(それで、そんな優秀なアークさんに頼みがあるんだが……今の俺の状態ってどうなってるんだ?)」


 話し相手が現れたせいかいつになく饒舌になったハルトは、本題に入るのが遅れる。そんな自分に対して、まるで初めて言葉を交わした時のEのようだと思う。あの時の彼が饒舌だった理由をこうして思い知ることになるとは思わなかった。


『精神体の状態で意識のみ覚醒している状態です。本来は知覚機能のない精神体は精神保護のため覚醒しない場合が多い傾向にありますが、どうやらあなたは例外のようです。この状態になりやすいのはミドルに多いと――』

「(もういい。どうやら面倒なことになってるということは分かったから、説明まではしなくていい)」

『承知しました』


 アークは何か言いかけていたが、今の状況が分かればそれで十分だとハルトは話を遮る。そんな彼の言葉に納得したのかわからないが、アークはそれ以上語ることはなかった。


『肉体を持っていた人格が、この空間で長時間自我を保つことは困難であり、覚醒には一定の危険が伴う一方、当機があなたを発見できたのは休眠状態ではなく活動していたためです』

「(……慰めてくれてるのか? よくわからないな)」

『当機は本来管理AIであり、コミュニケーション能力については最低限の機能しか保有しておりません。不快に感じる内容がありましたら謝罪させていただきます』

「(別に不快とかではないんだが……まあいいか。それで、この状況を打開する手段はあるか?)」


 ハルトもあまり人と話すのは得意ではない。AIに慰められたり謝罪されたりしてもどう受け止めればいいのかわからず困惑することになったが、そういった会話に興じている暇があれば現状の打開をするべきだろう。別に肉体を取り戻してからでも話はできるのだから。


「(というかそもそも俺の体はあるのか? 今の俺が幽体離脱みたいな状態だとして、アークさんの力でどうにか肉体に戻れるなら思いのほか楽な状況なんだが)」

『残念ながら、あなたの肉体は施設内に存在しません。識別コードが不明な未登録の存在により奪取され、持ち出されています』

「(察してはいたが、それでも事実を突きつけられると辛いな。しかも識別コードが不明ってことはこの施設に元からいた何かじゃないだろ)」


 本当は複数の精神体の残骸の集合体故に識別コードが壊れ、判別不能になっているだけなのだが、真相を知らないハルトには、施設外の識別コードを持たない存在、すなわちEが第一候補に挙がる。勘違いのまま、予想を肯定するような情報ばかりが提示され、彼はEに裏切られたのだと勝手に解釈してしまった。


「(近頃は友人みたいに感じていたけど、所詮は呪いか……人を憎んでるはずのものと親しくなれるはずがなかったのか)」


 感傷に浸っていたが、このまま一生を終えるつもりはないハルトは気を取り直し、アークへ次の質問を投げかける。


「(なあアークさん、この施設の機能を使って、俺に肉体を用意することはできないか?)」


 それは起死回生の一手であると同時に、この手以外の打開策は容易に見つからないだろうと思える手段。ハルトはアークの返答を固唾をのんで見守る。


『素体の製造施設の保存状態は良好であり、稼働に問題はありません。しかし、人間の精神体を格納できる素体の生成に必要な材料が不足しています。打開策を検討……ミニオンを製造し、材料の収集を行うことが可能です。施設外の状態によりますが、材料の収集に2週間ほどの期間を要します。素体製造にも2週間ほどの期間が必要になりますので、約1月の期間は現状維持となるでしょう』

「(長いな。パンドラの襲撃があるかもしれないから、悠長なことは言えないが、だからと言って他に選択肢もないのか)」


 そんなハルトの提案に対してアークは、可能だが時間がかかることを伝える。その返答にハルトはそもそも無茶な提案なのだから不可能ではないだけ良かっただろうと判断する。


「(……そういえばなんで俺にここまで協力してくれるんだ?)」

『当機は廃棄された施設です。使命を全うするためには管理AIに指令を出す管理者が必要となります。そして、当機はあなたを、この場で最も管理者にふさわしい人格であると判断しました』

「(現実で言うところのロボット三原則みたいなもんかね。人の役に立つことを使命としているのに、人に捨てられた。……分かった。俺を救ってくれるというなら、俺はあんたに役割を与える。それでいいんだな?)」

『提案を受理しました。当機は以降ミニオンの生産を開始しますので、対話能力が低下する恐れがあります』


 そうしてアークによるハルトの代替素体の生産に向けた稼働が開始する。

 たった一人のプレイヤーのために再稼働した過去の遺物は、かつて栄えた文明の技術を以って現代に蘇り、その脅威を知らしめることになるのだが、ハルトはそれを知る由もないのだった。

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