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ラルクとミオの消耗に気づいた敵は、大きな被害を出しつつも作戦を転換し、その結果彼らは苦戦を強いられる。戦況が変わり、それでも耐え続けた2人だったが、Eが口にした予定の時間が過ぎたあたりで疲労の色が濃く見え始める。
ハルトの治療はまだ終わらないのか。それとも治療が終わっても体力までは回復せず、治療は終わっているが建物の中に留まっているのか。これ以上耐え続けるのは難しいかと思い始めたころ、彼らの背後からこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「ようやくか……って、おまえ、その姿は一体なんだ?」
近くまで来ていることを察し振り返る。だが、よく考えてみれば予定より遅れたのにはっきりと足音が聞こえるほどしっかりとした足取りでこちらに走ってきている時点でおかしいと感じるべきだった。
というのも、現れたハルトの姿は、予想していたものとは大きく異なっていた。
「まだ本調子じゃないんだ。だから補った」
別段容姿が大きく変わったわけではない。しかし、目つきは鋭く、体調が悪かったころにはなりを潜めていた狂暴性が露わになったような印象を受ける。治療前には身に着けていなかったライダースーツのような黒い衣装も相まって、どこか威圧的な雰囲気すら纏っていた。
「……そいつら、敵だろ。疲れてるみたいだし、あとは俺に任せろ」
そんな外見から受ける印象は、決して外見に留まらない。ハルトは2人に軽い口調で休んでいるようにと伝えると、躊躇いもなく敵陣に斬り込んだ。
「なっ、本調子じゃないならそんな無茶するんじゃねえよ!」
「……彼、あんな性格でしたか?」
いきなり戦場に飛び出したハルトの姿に思わず叫ぶラルク。しかしそんな彼の心配など意に介さず、ハルトは戦場で暴れだす。その姿は恐ろしく、これまでラルクやミオが苦戦していた相手を武器も持たずになぎ倒し、引き裂いていく。彼が身にまとう黒いスーツは身動きを阻害しないほど薄く伸縮性にも長けているが、相手の攻撃は通さず攻撃の衝撃を増す効果があるらしい。そんな都合のいい素材があるのか目を疑うが、そうでなければ目の前の光景に説明がつかない。ラルクはハルトのステータスを把握しているからこそ、強い違和感を覚えた。
「なんだこいつは? ……だが、これだけの力が隠されているというのは素晴らしい。やはりこれは私が手に入れるべき力に他ならないな」
その様子は無双という表現がしっくりくるような苛烈なものであり、その様子を眺めていた敵の幹部は、そんな感想を零す。どうやら彼はハルトの力を神殿に残されていた遺物によるものだと考えたらしい。
それは間違いではないが、今のハルト、正しくはハルトの体を乗っ取った偽物は、神殿に残された先史文明の負の遺産。本来いないはずのイレギュラーに過ぎず、神殿にプレイヤーの力を増強する設備はなかった。
しかし敵の幹部の勘違いが正されることはなく、彼は興奮冷めやらぬ状態で仲間に指示を出す。たとえ部下が偽ハルトに敵わないと理解し、立ち向かったとしても無駄死にするだけだと分かっていても、彼は意に介さなかった。
「あいつを捕らえろ! その力を解析し、糧としてやる。光栄なことだぞ!」
「ふざけるな。お前らに与えるものなど何もない。わかったらその煩い口を二度と開くな」
「おお怖い」
「聞こえなかったか? 二度はないって言ったんだ」
その言葉に、偽ハルトは敵陣を突っ切り幹部の傍へと駆け寄る。そして必殺の一撃を放った。
「呪壊」
彼の体を覆っていた黒いスーツ。それはスーツなどではなく、攻撃の瞬間、その正体が露呈する。
全身を覆っていたそれが右腕に集約し、まるで巨人の腕のように黒い拳が敵の幹部の居る場所を打ち抜く。その黒い塊は、うっすらと人の顔が見て取れる。その引きずり込まれそうな闇の中には、苦しみながら死に絶えていったであろう、生きる者を憎む姿が見え――
「っ、あれは、高密度の呪い……あんなものに肌を晒して蝕まれないのか!?」
ラルクは、それを直視しすぎたせいか頭がぼーっとする。しかし飲み込まれる寸前になんとか戻ってくることができたらしい。
Eの戦いを目にしているラルクは、彼が攻撃を放つ瞬間に見えた黒い残像にその面影を見る。その一方で、Eがその記憶に宿す長い時間をかけて蓄積された憎悪ですら、あれほど恐ろしくはないと感じる。恨みや殺意を向けられていなくても鳥肌が立つ。その攻撃は、それほどの深い怨嗟が込められた一撃だった。
その攻撃によって生まれた嵐のような衝撃波は目の前数十メートルの木々を薙ぎ払ってようやく収まる。そんな攻撃を受けて生きていられる者などいないだろう。その場にいる誰もがそう思っていた。
「いやー、恐ろしいね。でも、それでこそ手に入れる意味がある」
「なぜ、生きてる?」
「私のような高貴な身分の者が泥臭い前線に足を運ぶと思うかい? これはただの状況を監視するためのドローンとホログラムさ。どうやら気づかなかったらしいがね」
このまま隠しておくこともできただろうが、敵の幹部はあっさりと手の内を明かした。どうやらそれほど重要なことでもないらしい。
実際、本物と見間違えるほどのホログラムに対処法は少ない。せいぜい投影しているドローンが居ないか警戒するというのが関の山だろう。
しかし偽ハルトにはその情報だけで十分だった。
「クソがっ、俺を揶揄うことができて満足か?」
今度は呪いを何十本もの触手のように変化させ、周囲一帯を撫でるように動かす。するとそのうちの1本が半透明な物体を絡めとり、その衝撃でホログラムが揺れる。
「これか」
「見つかるとは思っていたが、予想より早いな。もう少し話をしていたかったんだが」
「お断りだよクソ野郎。次会うときはぶっ殺してやる」
「見つけられるものならね。次会うときは、君はケージの中かもしれない」
「やれるもんならやってみろよ。どうせ無理だろうがな」
ミシミシと音を立てていたドローンだが、いくら力を込めてもホログラムの向こうの相手にはダメージが無い。その虚しさに歯噛みしながら、相手を挑発するような言葉を吐く。敵との無意味な言い争いの果て、とうとうドローンが壊れホログラムが消える。そうして指揮官が消えると敵の残党は一斉に退いていく。どうやらあの幹部の男は洗脳かそれに類する力を持っていたようだ。
壊れたドローンの破片を眺めると、そこには淡い緑色の結晶片が残っている。ドローンの部品にも見えないうえ、ホログラムを投影するような機械も見あたらない。ドローン経由ということでホログラムかと思っていたが、映像経由で洗脳能力が使えるというのは規格外。仕掛けがあるとは思っていたが、どうやらこの結晶がその由来らしい。
「魔道具か。先ほどの男はロストテクノロジーの復元に熱心らしいが、そうなると厄介だな。くそっ、幸先よく1人ぶっ殺せると思っていただけに、気分は最悪だな」
「……おまえ、本当にハルトなのか?」
「何を疑ってるんだ? 長老とタルタロスに鍛えられたんだ。戦闘力はある。それに、神獣の毒の心配がなくなったからこうして呪いの力を引き出せるようになった。ただそれだけさ」
戦闘が終わった後。ラルクはハルトに近づきそう尋ねる。偽ハルトは敵の幹部を逃がしたことに口惜しさを覚え、何もせず突っ立っていたが、その声に正気を取り戻す。
そして彼はラルクに対して事前に用意していた言い訳を告げると、時間がなく神殿から持ち出すことのできなかったものを取りに戻る。
ラルクはそんな彼の背を追い、神殿に残されたいくつかの遺物を回収することになった。
「これが移動手段だ。セカンドプラネット内ではロストテクノロジーか?」
「そうだろうな」
中でも目を引くのは、機獣と呼ばれる四足歩行する機械だ。人が乗れるほどの大きさのそれは虎のような外見をしており、実際背に乗って移動するのに用いられるらしい。
速度を出す場合乗り心地は良くないが、これまで人力での移動を強いられていた彼らの旅路に大きく貢献するものであることは間違いない。……人前で使えないことを除いて。
そんな予想外の収穫の中、ラルクとミオ、そしてEはハルトの中身が変わっていることを指摘できないまま神殿を後にする。疑念はあるが、確証がない。指摘してもはぐらかされてしまい、それ以上追及ができなかった。
そして偽ハルトはそのまま行動を開始する。第一目標は、彼をおちょくったパンドラの幹部。そいつには御礼参りに出向かなければならない。そんな優先順位はあるものの、パンドラやゼウス残党であれば誰でも構わない。ただ、早く1人でもいいから仕留めなければ気が狂いそうだった。
旧世界の怨嗟にとって復讐は存在意義であり、それが叶わないというのは苦痛ですらある。長年復讐の機会を得られなかったため本人は自分が忍耐強いと思っているようだが、本質的には衝動的な存在。我慢などろくにできなかった。
そんな情緒不安定なハルトを放っておくことができなかったミオは、結局その後も彼の旅についていくことになり、プレイヤーとパンドラの対立に巻き込まれていくことになる。
……そんなことになっているとは知らないハルトの意識。それは人知れず闇の中で起き上がる。
「ここは、どこだ?」
神殿内の旧世界の怨嗟が残されていた場所。精神体の保管が可能なその空間で、彼は目を覚ます。それは本来仮死状態から目覚めるはずの時間が経過した結果だった。
旧世界の怨嗟が施設内に残っているという予想外のトラブルにより、独り肉体もなく精神だけの存在になってしまったハルト。彼は困惑と恐怖の中、その場から逃れる術を探し始める。
なぜか動き続けている神殿。パンドラに施設が狙われ続けている現状。人知れず苦境に立たされている彼は、その自覚もなく暗闇を彷徨うのだった。




